人と道具のストーリーをつくる、京都「風街道具店」
惚れ惚れするバイイングセンスと同業者をも唸らせる戦略で、今熱い視線を集めるショップ「風街道具店」。カリスマ性のある店主のセレクトを享受する店かと思いきや、そこには訪れる人々が紡いだストーリーが隠されていました。
京都に佇むアウトドア道具と生活雑貨のお店「風街道具店」をご紹介します。
もくじ
珍しい物を手にとれる場所に。オンラインからオフラインへ
記憶に残る店名と洗練された世界観で人気のショップ「風街道具店」。雑誌掲載やInstagramのフォロワー数からも、注目度の高さを伺えます。人を惹きつける店づくりの秘密は、店主・米良さんのバックグラウンドに関係がありました。
米良さんが店を始めるまでのおよそ15年間、会社員として従事したのがEC事業です。仕入れと売上の管理をメインに、商品撮影から注文処理に至るまでのネットショップ運営にまつわる幅広い業務を経験。EC業界のノウハウには、一日の長がありました。
その経験を活かし、独立後は海外輸入品などを販売するネットショップ「風街商店」の運営をスタートさせます。独立の理由を尋ねると、一言「若気の至りですね」とこぼし場を和ませてくれる米良さん。退職と子どもの誕生のタイミングが重なり、家にいながらパソコン一台でできる身軽さから通信販売を始めました。
会社員時代に商材として扱っていたのは、PC周辺機器やスマートフォンケースをはじめとしたITガジェットや文具。アウトドア用品は未開の分野であり、メーカーとの付き合いも皆無でした。それでも商材としてアウトドア用品を選んだのは、ECで培った勘が働いたからです。
「ちょうど独立した頃にInstagramを知ったんです。キャンプをやってる人の投稿がどんどん上がってきて、見たことのない商品がいっぱいあったんですよ。僕がそう感じるなら、同じように感じる人が他にもたくさんいると思って」。
勝算を見込んだポイントをそう振り返る米良さんが、企業人時代に相手にしていたのは珍し物好きなガジェットマニアたち。目新しい商品を集めれば人が来ることを、経験から心得ていたのです。
アウトドア用品の仕入れルートを開拓する中で、とあるメーカーから取引条件として求められたのが実店舗の運営でした。
「思えば取り扱いたい商品の多くはネット上では存在しているものの、実際に手にとれるお店を僕自身見たことが無かったんです」。この気付きが、販売の舞台をオフラインへ移すキッカケを与えました。「対面で説明して商品の良さを伝えていくのもアリなのかなぁ」と背中を押される形で、実店舗をオープンすることを決断します。
生活に非日常を届ける。小さな街の道具屋さん
仕事ではもちろんのこと、趣味においてもアウトドアには接していた米良さん。普段使っている愛着ある物をアウトドアシーンで使うことで、日常とアウトドアの境界線が曖昧になるおもしろみを感じていました。
「キャンプで使える物と生活雑貨を融合させたら……と思いを巡らせて、行き着いたのが道具屋さんをしたいなという想いです」。
「風街道具店」という名前は、この着想に由来します。「風街」は、米良さんが思い描く空想の街。自由な空気感をまとい、心地よい風が吹く、人々が活気にあふれる街です。「そんな街の小さな道具店になれたら」との願いを込め、前身である「風街商店」から「風街道具店」に屋号を変更。2018年2月5日に実店舗をオープンさせました。
他にはないラインナップを生む、開拓力とストーリー
「キャンプの道具と、普段の生活の中で使いやすい物、 長く愛用できる道具」というコンセプトのもと、風街道具店にはアウトドアをより日常に近付けるありとあらゆる品々が並んでいます。
その通好みなラインナップから、さぞアウトドアフリークなのかと思いきや、米良さんはいつもの飾らない語り口でこう答えます。「アウトドアは幅広くやっていたものの、めちゃくちゃキャンプに特化していたわけではないんですよ。どこで仕入れるのか最初は全くわかりませんでした」。
付き合いを始めたメーカーからの紹介や展示会情報で、今でこそ輪が広がった取引先。はじめはInstagramで気になる物を販売する個人宛に連絡をとるなど、独自に開拓を行っていました。量販店ではなかなか目にすることのできないオリジナリティあふれる品揃えは、この軽やかな目利きと開拓力に起因するのかもしれません。
海外メーカーやガレージブランド、所有欲を掻き立てられるギア、時を忘れて眺めてしまう世界観づくり……店主の感性は多くの支持を受け、店はオープン当初から賑わいを見せました。しかし、風街道具店はただセレクト品を陳列するショールームにとどまりません。客との関わりを通して、新たな切り口が加わることになります。
「“これ買ったから次あぁいうのを欲しいんやろな”と、僕が勝手にお客様のストーリーを考えるんです。うちのお店にわざわざ来て椅子を買ってくれたなら、次はテーブルが欲しいやろうなぁ。焚き火台を買ってくれたなら、次は焚き火で使う小道具があったらいいやろなぁと。ただそれの繰り返し。幅広く品揃えしていそうでいて、実のところピンポイントで“あのお客様のために仕入れている”という商品もあります」。
特定の誰かを想定して仕入れたことを、当の本人に伝えたことはないのだそう。
「その人が次来てくれた時に“欲しかったやつ入れてくれてるんや”というドキドキ・ワクワク感をただ演出したかっただけなので」とその動機はあくまでもシンプルです。「店が大きくなるにつれ色んなご要望や対応があり、その想いを100%貫けてはいない」と常に真摯な姿勢は崩さない米良さん。「来てくれるお客様と一緒にストーリーを築いて、成長していきたかったんです」と胸の内を明かしてくれました。
主役を引き立てる。心弾む出会いの仕掛け人
持ち主となる客と道具とのストーリーを紡ぐ。そのスタイルは、商品セレクトだけではなく客との向き合い方にも反映されています。魅力ある道具は数あれども、それをどう使うかは持ち主次第。風街道具店で綴られるストーリーの主役は、訪れる客一人ひとりです。
「大切にしているのは、とにかく正しい情報を伝えること。わからないことは正直にわからないと答えて調べます。そうしている内に答えられることが増えてはいるけれど、商品知識の多さが重要だとは思っていません。お客様と道具との出会いの場を提供できることが大事なんです」。
道具と持ち主がこれから織りなす日々。風街道具店は、その始まりをエスコートする立場にいます。だからこそ変に媚びたところがなく、それでいて尊重された居心地の良さを感じさせてくれるのかもしれません。
「ネットショップは人と会わないじゃないですか。お客様の顔が見られない。通販は通販のやり方があって、実店舗は実店舗のやり方があるんやろうなとは開店前から思っていました」。
未経験である実店舗を始めるにあたり、認知向上と集客のために米良さんがまず取り組んだのが無料でできるブログとInstagramでした。細やかな発信は、間もなく多くの関心を呼ぶことになります。その評判は海を越え、コロナ禍以前は台湾やアメリカから来店する人もいるほどでした。
道具の一つ一つに思い入れがあり、キャッシュトレイなどインテリアの隅々にも気を配る米良さん。今も尚、仕入れからブログ、Instagram、ネットショップまでの全てを担っています。「最近さすがに手が回らなくなってきて」。そんな状況を受け加わったのが、現・店長の丑嶋さんです。
接客は対話。新たなスタッフと共に物語は続いていく
「風街道具店には、多種多様な道具が並んでいます。一見縁遠い物に感じたとしても必要になるシーンが人それぞれのタイミングで必ず来るので、その時に思い出してもらえるような接客を心掛けています」。そう話す丑嶋店長は、パッと花が咲いたような明るさの持ち主。数々のストーリーを綴ってきた風街道具店に、また新たな風を吹き込みました。
客一人ひとりを尊重するマインドは、丑嶋さんの接客スタイルにも現れています。客がゆっくり品定めをしている時、使うシーンに思いを馳せている時、丑嶋さんはあえて接客に付くことはしません。それは「本当に必要な物を買って欲しい」という気持ちからだと丑嶋さんは話します。
「商品の説明をしたら一旦考えてもらう時間をつくるようには気を付けていますね。“この商品がある生活はどんな風かな”、“次キャンプに行く時に要るかな”と、お客様が頭の中でイメージを膨らませている間はその場を離れるんです。“こんな場面になったらどうしたらいい?”みたいなイメージした先にある質問が出てきた際には、また一緒にお客様と考えていきます」。
同じ目線に立ち、付かず離れずの距離感で心を寄せる。そんな姿勢は、通り一遍な接客にはない心地良さを感じさせてくれます。風街道具店で交わされる客と店員のやりとりは、接客である前に人と人との会話です。相手があってのコミュニケーションだからこそ、商品を売って終わりではありません。
「ちょうど午前中にも以前テントを購入されたお客様が、“テントのポールに合うランタンを掛ける物が欲しいんだ”と店にお越しくださったんです」と、丑嶋さんは顔をほころばせます。
「ご購入いただいた際には、ぜひ感想を聞かせてくださいとお声がけしています。実際に使った感想を聞くのは大変勉強になるんです。“こうなっていたらもっと良かったよ”といった意見も必要ですし、満足なご様子も伺えたら嬉しいですし。次同じ物を検討する方へプラスで情報を提供することもできますね」。
風街道具店は2021年9月6日に二度目となる移店をし、店も客層もさらに広がりました。「ファミリーキャンプやソロキャンプをこれから始めようという方がお見えになることも増え、それがとっても嬉しいんです」と話す丑嶋店長。実に生き生きと楽しそうに、道具と人とのストーリーを紡いでいます。
移店で叶える供給体制とスタッフの働きやすさ
実店舗オープンから約8ヶ月を経て行った一度目の移店は、売り場面積やトイレなどの設備面をより快適にする狙いからでした。今回の移店には空間の快適性にプラスして、新たに二つの目的が加わっています。
一つは品不足の解消です。アウトドアの業界が様変わりし、需要に対して供給が間に合っていない状況が続く昨今。仕入れる際には大きなロット数が求められるようになりました。現在店舗があるのは、以前は企業の倉庫だった建物。在庫を確保するバックヤードスペースを設けるには打って付けでした。「来てもらったお客様に品切れとご案内することが多かったので、ある程度数を用意して改善できれば」と、米良さんは移店の経緯を話します。
「スタッフが働きやすい環境にしたかったというのが、もう一つの理由です。元々は僕一人で働いて、一人で何もかもが完結するスペースでした。スタッフと働くことになり、僕は居心地が良くてもスタッフにとってはそうではないだろうと思ったんです。特別店を大きくしたかったわけではなく、スタッフが働いて楽しいとか、うちのお店で働くことが生活の糧になるような環境づくりをしたい気持ちがありました」。
そんな折に舞い込んできたのが、元々交流のあった椅子の張替え屋「ibuki」に隣接する空き物件の情報でした。米良さんはその機を逃さず大家さんを口説き、スタッフと働く新たな環境に身を移します。
不便さえも楽しめる。無駄な物で育む豊かさ
新たな地でスタッフと共に歩み出した風街道具店。これからどんな物語が描かれていくのか米良さんに尋ねました。
「道具屋として道具の良さもデメリットも伝えたいし、愛着を持って使える提案もしていきたいです。アウトドアって非日常を味わえる楽しさがあるなと思っていて。不便さを楽しむことができるんです。風街道具店にあるのは、結局無駄な物ばっかりなんですよ。色んな道具があるんですけど、基本要らん物だらけ。どんな椅子だろうがどんなテントだろうがなんでもいいわけですよ、楽しめる力が個人にあれば。めちゃくちゃめんどくさい物も置いてあるんですけど、お客様がそれを楽しむ手助けができればいいなと」。
同じ道具でも、持つ人によってその先に続くストーリーは如何様にも変わります。風街道具店を訪れる面々の中には、一気に大人買いする人もいれば、小遣いの中でやりくりしてちょこちょこ買い足していく人もいて、その有り様は正に千差万別。一人ひとりのストーリーをただつくっているだけだと、肩肘張らない物腰は終始変わりません。
差し当たっての願いは、スタッフが楽しく働けることだと米良さんは続けます。「スタッフが楽しく働いてくれれば、お客様も楽しいかなと思うので」。
気取らず、驕らない米良さんの人柄が投影されたかのような、いつも新たな風吹く道具店。ページを開く度に胸躍るような、自分だけのストーリーを見つけてみてはいかがでしょうか。
風街道具店 アウトドアの道具と生活雑貨のお店
住所:京都府乙訓郡大山崎町大山崎西高田10-1-B
TEL: 075-874-5411
営業時間:12:00~20:00(平日)、10:00~18:00(土日祝)
定休日:木曜
http://www.kazemachi-tools.com/
家族のアウトドア事情で東京から関西に移住。
制作会社、インハウスを経てフリーランスとして活動中。