感謝と希望を料理に込めて。北八ヶ岳『白駒荘』山小屋再建の物語
火事で焼失してしまった建物を9ヶ月で再建し、10ヶ月後には営業を再開した山小屋があります。不慮の事故を乗り越え、誰もが驚く速さで小屋を建て直したその人は、一体どんな人なのでしょう。北八ヶ岳・白駒池の湖畔に建つ白駒荘を訪ねました。
4代続く老舗山小屋の試練
八ヶ岳中信高原国定公園内にある白駒荘は今年で創業97年。茅野市で温泉旅館を営んでいた辰野茂氏が峠を越えて現れ出た湖の美しさに一目惚れし、ここに山小屋を建てたいと、国から水利権を獲得したのが始まりです。
現小屋主の辰野廣茂さんは4代目。2015年に先代が不慮の事故で急逝したのを受け、後を継ぎました。そして、先代が30年前に建てた新館の改築を行った2017年の年の暮れ、無人だった山小屋で火災が発生。新館と浴室棟の2棟を全焼するという災難に見舞われました。
事故の処理が終わり、再建をしなければと思ったものの、国定公園内の建築申請には許可までの煩雑な手続きがある上に、工期や費用など多くの問題が立ちはだかりました。何度もめげそうになったという辰野さんを救ったのは、お客さんからの励ましの声でした。
「60年前に来たとか、30年前とか、本当に大勢の方に、“思い出がある場所なので、ぜひとも再建をしてほしい、応援してますから”ということで温かいメッセージをたくさんいただきました。やっぱり致命的ではない、自分の命を持っていかれた訳ではない、体を生かしてもらったという事は、そこから頑張れよ、っていうことだと思ってやって来れました。」
大勢の人の支援に後押しされ、再建のために奔走した辰野さん。国定公園内の建築物としては驚異的な早さで許可申請が整い、再建工事が始まりました。マイナス20度の厳冬期に行われた焼け跡の撤去作業は、長年付き合いのある大工さんでも音を上げるほどの厳しさ。けれど、前の建物の基礎がしっかりと残っていたことが工期の短縮に繋がり、白駒荘は火災から9ヶ月後の2018年10月にリニューアルオープンに至りました。
「人のご縁があり、許可も一早くおりたのは、先代、先々代が積み上げて来たものがあったおかげです。一番大事な財産は、建物とかそういうものではなくて、人の想い。97年の歴史があって、これだけの人に囲まれていたんだなと改めて感じたということが一番大きかったと思います。」
感謝の心を料理に込めて
こうして再建から2年目の冬を迎える白駒荘。お客さんに恩返しをしたいと、辰野さんが特に力を入れているのは、料理です。
白駒荘の料理の主役は、自家栽培の野菜。先祖代々、茅野市にある自家菜園で野菜作りを行っています。
「“自分たちが来る事が一番の支援になるだろう”とおっしゃってくださる方がたくさんいらして、リニューアルからの1年間にも大勢のお客様にみえていただきました。やはりその恩返しをしなければいけないと思いますし、既製のものではなく、自分が手掛けた野菜で料理をお出しできて、またお客さんに喜んでいただけるのが本当に嬉しいです。」
野菜作りは、お母さんの幸さんを中心に、試行錯誤しながら新品種の栽培などにも挑戦しているそう。廣茂さんご自身も頻繁に畑に通い、水やりをしたり、生育状況を見ながら料理のメニューを考案しています。
料理長は、弟の守茂さん。廣茂さんの奥さん・娘さんとともに、厨房を支えています。ワインやコーヒーについても詳しい守茂さんは料理とともにお酒も楽しんでほしいと、長野県内のワイナリーからワインを取り寄せています。普通では手に入りにくい稀少なワインもあり、お客さんに好評です。
「本当に、すべてのお客様に感謝ですね。今年はこんなお野菜ができましたよ、今日はこんなお野菜が取れたのでこんなものを作りましたとか。夕食の前には必ず挨拶させていただいています。」
白駒の自然の豊かさを伝えたい
辰野さんのもう一つの顔は、苔の森のガイド。2008年に日本苔体類学会により“日本の貴重なコケの森”に指定された白駒の原生林で、月に1度、苔の森観察会を行っています。
2009年に湖畔に建つもう一軒の山小屋・青苔荘のご主人と一緒に立ち上げたという観察会。初回は誰も来ず、周囲から白い目で見られたものの、蘚苔類学会の先生を招いて座談会を行うなど地道に活動を続けました。そのうちに、若い人の間でも苔が注目され始め、現在では全国各地から毎月20〜30人が観察会に参加していると言います。その活動が2017年の信州ディスティネーションキャンペーンでの吉永小百合さんのCM撮影にもつながりました。
苔を通して改めて白駒の自然の豊かさを知ったという辰野さん。
「苔は、本当に奥が深くて面白いですよ。この森では倒木を持ち出すことが禁止されているんですけど、それは倒木更新が行われているからなんです。倒れた木の上に苔が発芽し、菌が作用して分解する。苔がこの原生林を担っているんです。」
と教えてくれました。
一方、山岳ガイドでもある弟の守茂さんは、夏はボート、冬はスノーシューを履いて白駒池の真ん中へ行き、満天の星空を眺めるという散策ツアーを担当。兄弟で役割を分担しながら、白駒の自然の楽しみ方を多くの人に伝えています。
火事という困難を乗り越え、新たな船出を切った白駒荘。そこは、再生の感謝を込めた料理と、白駒の自然をこよなく愛する辰野さん兄弟の笑顔に出会える素敵な山小屋です。
<住所>
長野県南佐久郡小海町
<TEL>
090-1549-0605(小屋直通衛星電話)
<宿泊概要>
参考料金:1泊2食 9,800円〜
※カード利用 不可
定員・収容人数:100人
<ウェブサイト>
http://yachiho-montblanc.com/
信州を拠点に山と暮らす人々のなりわいと温もりを伝えます。
野鳥好きな両親の影響で、幼い頃から奥多摩や秩父の野山で遊び、大学時代は、北アルプスの山々を眺められる松本市で、山登りの楽しみを覚える。出版社、編集プロダクション、観光協会勤務などを経て、ライター・編集業を生業に。
現在は、長野市戸隠在住。二児の母として、今後は親子で登山が楽しみ。