紅葉の当たり年だったある秋の鳳凰三山を、今日も鮮やかに思い出したばかりだ。ついさっき、ちょうど中央道を走っていたので、いつものように「オベリスク」を目視で確認したところだったのだ。雲の切れ間からちょんと牛の角のように出っ張った尖塔を見て、あの気持ちのよい絶景の尾根道をまた歩きたいと、ウズウズした。

ずいぶんむかしのことだけど、オベリスク見たさに地蔵岳のみを日帰りでピストンしたことがあった。初めての鳳凰で、ただただ疲れるばかりだったことを覚えている。鳳凰三山の美しい稜線歩きの真価を味わうなら、山小屋に泊まって計画と気持ちにゆとりをもち、地蔵岳・観音岳・薬師岳の三山を縦走しながらじっくりと「鳳凰の翼」を辿るのがよい。

その後、この山をあらためて歩いたのは、紅葉が抜群にきれいな年だった。麓の山道はこの世のものとは思えぬ色彩を放っていて、目が慣れるまでいささか時間がかかったほどだ。とはいえ10月も後半だったため、山の上では紅葉のピークをやや過ぎており、冬の訪れを予感させるとても冷たい空気が流れていたのだった。

山中ですれ違うハイカーは一人もいなかったが、鮮やかな紅葉のおかげか秋特有のもの悲しさを感じることもなく、とても楽しい山歩きだった。鳳凰小屋に着いてみると、他に1組しか宿泊客がいなかった。偶然にもぼくの故郷・宮城からやってきていた若い夫婦だったので、仙台や大崎といったローカルな山の話題で盛り上がった。とても楽しい夜だった。小屋番がこっそり出してくれたウイスキーは早起きした身体には抗いがたい浸透力で、したたかに酔って早々に寝てしまい、夜明け前に目覚めたときには、その夫婦はすでに出発した後だった。

夜明けにあわせて地蔵岳に登ることから二日目はスタートした。当然だけど、時間にも気持ちにも、そして体力にもゆとりがある。身心が充実した状態でオベリスクに再会を果たし、それから観音岳と薬師岳を辿る天空のトレイルをのんびり歩いた。

すぐ横目には、名だたる高峰が連なっている。甲斐駒ヶ岳、仙丈ヶ岳、北岳、間ノ岳といった南アルプスの名峰が立ち並ぶ山容は、まるで巨大な屏風のようだった。日本でも最大級の屏風。地蔵岳から観音岳へ登り返すあたりで振り返ると、ちょうどオベリスクの背後に八ヶ岳と金峰山が雲の上から顔を出していた。名峰の山岳展望には困らない山だ。

オベリスクとは地蔵岳山頂の巨岩のことで、ときに「尖塔」と訳される。まるで鳳凰そのものの尖ったくちばしのような岩で、山名由来のひとつとされている。八ヶ岳の権現岳も巨岩だし、金峰山の山頂の下にも五丈岩という巨大な磐座がある。磐座好きのぼくとしては、この「巨岩トライアングル」をいっぺんに眺められる贅沢なポジションは最高のご褒美だ。

観音岳は、鳳凰三山の中で一番高い。ここから薬師岳に向かう稜線は、日本の高峰TOP3を左右に従えながら歩く贅沢な尾根道が続く。富士山、北岳、間ノ岳をとらえながら、遮るものが存在しない天空の稜線を歩いていると、後ろからトレイルランナーが駆け抜けていった。こんにちは、としか言葉を交わせなかったが、歩いているだけでこれだけ気持ちのよいトレイルなのだから、走ったらなおのことだろう。

ふと、ランナーたちが追いかけてきた余韻を背後に感じて、ここまでの道を振り返ってみた。観音岳からは高低差の小さい、滑らかな山稜のラインが続いている。まるで翼を広げた鳳凰を思い起こさせるではないか。優雅な雰囲気がある道だ。3つ目のピーク、薬師岳に別れを告げたら、そこからは長い樹林の道のりを下ることになる。足休めに立ち止まって、さきほどまで眺め歩いた極上の風景を頻繁に思い出してしまう。

そういえば、再会したオベリスクを夢中で撮っていたときに、印象的な雲が、鳳凰のくちばしの真上を覆った。それはまるで「鳳凰」そのもののような雲だった。とても気に入っている一枚を見返しながら原稿を書いているからか、なんだか鳳凰に呼ばれている気がしてきた。つぎのオベリスクとの再会は、鳳凰の翼を歩けるのは、いつのことになるだろう。

<アクセス>
青木鉱泉の場合、JR中央本線・韮崎駅より山梨中央交通バスでおよそ1時間。車は中央自動車道・韮崎ICからおよそ40分ほど。青木鉱泉に有料駐車場、近くにトイレあり。
大内 征

低山トラベラーです。山旅は知的な大冒険

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大内 征

物語の残る低山里山、ただならぬ気配を感じる山岳霊峰を歩き、日本のローカルの面白さを探究。文筆と写真と小話でその魅力を伝えている。NHKラジオ深夜便「旅の達人~低い山を目指せ!」レギュラー、著書に『低山トラベル』『とっておき!低山トラベル』(二見書房)がある。自由大学「東京・日帰り登山ライフ」教授、.HYAKKEIオフィシャルパートナー。

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