「玄関口として、誰もが快適な場を提供したい」北アルプス・徳沢ロッヂ
近年、改装してより快適に過ごせるように進化した山小屋が増えているのをご存知ですか?
改装に至る経緯は山小屋によって様々で、ただ古いことや、建物の老朽化だけが理由ではないのです。ある意味“次世代”とも言える山小屋にお邪魔して、改装にまつわるストーリーをインタビューする当連載。
第2弾は、北アルプスの玄関口、上高地から2時間ほど歩いたところにある『徳沢ロッヂ』。ここが山の中だとは思えないほど、おしゃれでモダンな空間が広がる徳沢ロッヂは、いつ、どんな経緯で改装したのでしょうか。直撃訪問してきました!
山小屋の名前:徳沢ロッヂ
山域:北アルプス
収容人員:約70名
【山小屋DATA】
改装した年:2016年4月にリニューアルオープン
改装したところ:全館
もくじ
一世一代のフルリノベーション! 時代に合った山小屋を
――室内に入ってビックリしました。以前の装いとまったく違いますね。
外見はこれまでと同じですが、客室、ラウンジ、乾燥室、トイレ、大浴場など、内装すべてを改装しました。ラウンジは拡大して吹き抜けにするなど、間取りも変えています。暖炉も倍の大きさにし、断熱材を入れたりして館内すべてを以前よりも暖かくしました。
――吹き抜けのラウンジも素敵です。
もともとラウンジは今の半分のスペースしかありませんでしたが、従業員用の部屋を移動して壁を取っ払い、2階にあった客室も一部なくして吹き抜けをつくり、ラウンジを拡大させました。改装してからはあまり宣伝していなかったので、以前来たことのあるお客様にはたいへん驚かれますね。
――どうして改装したのでしょうか?
きっかけは、2014年の秋から2016年にかけて行った、耐震補強工事です。中を全部壊して、壁にX字型の鉄骨ブレースを入れるという、大がかりな補強工事です。ここは松本市市営の山小屋なのですが、安全面を考慮して、公営施設はすべて耐震補強を行うという公約が2013年にできたんですね。その時に、壊すんだったら、このタイミングであちこち快適に整えたいと思ったんです。
――こだわった点はありますか?
まず、シンプルさです。おしゃれで、シックで、かっこよく、でもスッキリとシンプルに。個人的な好みでもあるんですが、あまりごちゃごちゃさせたくなかったので、シンプルさはテーマに掲げていました。
そして、なるべく公営の施設に見えないよう、小屋の雰囲気にもこだわりました。例えば、ライト。以前は蛍光灯でしたが、すべての部屋を温かみのある電球色に変えました。山を知らない人なら蛍光灯にしてしまうかもしれませんが、山小屋の空間には、電球色の方が断然似合うと思ったんです。
――洗練されたモダンさも感じます。室内の設計はどのように?
公募で設計者を募り、その結果、地元の古民家再生を行っている会社にお願いすることにしました。最初に設計案をいただいて、そこから話し合いを重ねて決めていく形ですね。たまたま設計士さんに登山をされる方が男性女性ともにいらっしゃったので、わたしたちも積極的にアイデアを出し、「登山者にやさしい施設にしよう」と、男女の視点、登山者の視点どちらも入れて作っていただきました。
――例えば、どんなアイデアですか?
相部屋の折りたたみテーブルやギアネットなんかは、まさに僕のオーダーです。それに、今はみんな携帯電話もカメラも充電が必要なので、コンセントがいっぱいあった方がいいなと思い、各部屋に24時間使用できるコンセントを設けました。もちろん、相部屋も各スペースに2口のコンセント付きです。
――天井のギアネットは、この手があったか~!と思いました。
前に山小屋で横になっているとき、天井を見上げながら、ここにネットがあって、荷物が入れられたら便利だな~と、閃いたんです。また、そういった収納力に加えて、インバウンドの方も考慮して、相部屋の各スペースは長辺が2m以上になるように意識して作りました。体格のいい方でも、これなら多少快適に過ごしてもらえるのかな、と。
ハイカーならではの些細な気配り
――あちらこちらに、登山者に嬉しい気配りがちりばめられていますが、古畑さんも山経験者でしょうか?
はい。高校生の頃は、山岳部に入っていました。でも、小さい頃は山が大嫌いだったんです。親父が遭対協(※山岳遭難防止対策協会)にいたので、家族旅行は全部山ばかり。「海に行きたい、海に行きたい!」ってずっと言っていました(笑)。徳沢ロッヂの前の道も、昔はイヤイヤながら歩いた記憶があります。
――大嫌いだったのに、山岳部に入った理由はなんですか?
槍ヶ岳へ登った時に、「山っていいかも」って思ったんです。それで、高校生になってもう一度山に登りたいと思い、山岳部に入りました。ちなみに、最初に山へ登ったのは4歳の時で、場所は、地元・木曽の御嶽山。当時は連れていかれた感じですけどね(笑)。20代になって、就職してからまた山に行かなくなりましたが、御嶽山だけはたまに登っていました。
――今はどうですか?
30代になって、同僚に「山に連れていってほしい」と言われたのをきっかけに、また山へ行くようになりました。そうする中で、縁あってここのお話をいただき、40歳の時に徳沢ロッヂの支配人になりました。以前は松本市内のホテルに勤めていたので、「山の中だけどいいの?」とか、「すぐに辞めちゃうんじゃないか」と、市の関係者の方々は心配に思っていたみたいです。
――いきなり山での生活、しかも事業を任されながら暮らすというのは、かなり大変だったのでは?
もちろん大変なことはありますが、僕はもともと山を知っていたし、山小屋を見たことも泊まったこともあったので、生活する分には大丈夫でしたね。
――ちなみに、改装にはどのくらいの期間を要しましたか?
約1年です。2013年に耐震補強の診断を受け、2014年11月から2015年いっぱいまで工事を行いました。冬場は雪で工事ができないのでお休みして、2016年4月に完全リニューアルオープンしています。
テント泊の人も、気兼ねなく利用してほしい
――お風呂は外来入浴のサービスがありますよね。シャンプーやボディソープも使えるので驚きました。
はい、お風呂はおひとり様800円(大人)でご入浴できます。近年は利用してくださる方が増えたので、湯船と脱衣所も広くして、洗面所も2つに増設しました。シャンプーなどに関しては、浄化槽のおかげです。徳沢ロッヂにも浄化槽が入ったので、環境を壊すことなく使えるようになりました。
――特に徳沢エリアは閑静ですし、過度な看板もないので、なんとなく入るには敷居が高いとうか、汚い恰好で入っちゃいけないんじゃないかな、と考えてしまうのですが。
そんなことないですよ。テント泊の方や、散策でここまで来られた方など、外来の方にも「今度ここに泊まってみよう」と思ってもらえたら嬉しいので、気兼ねなく足を運んでいただきたいです。
――お風呂だけの利用でも、ここのラウンジを使えるとお聞きしました。
はい、お使いいただけます。さっぱりと汗と疲れを洗い流して、ここでひと休みするのもいいですし、ご当地ビールや、地元の食材を使ったスイーツなどの食事もご用意しているので、お風呂上りに召し上がっていただくこともできますよ。
――湯あがりのビール、スイーツなんて最高です!
甘味なら、長野産のそば粉を使用したシフォンケーキとくるみのパウンドケーキ、アルコールを飲みたい方は、穂高ビール、信州産井筒ワインがおすすめです。ぜひご賞味ください。
テコ入れは、現在進行形
――ほかにも驚いたのが、足元のセンサー感知です。歩くとダウンライトがつくので、消灯後も安心してトイレに行けました。
これはリニューアルオープンした後、センサー機能を付け加えた部分です。当初は、真っ暗よりもいいかなと思い、消灯するとダウンライトが点くシステムにしていました。でも、お客様からは「真っ暗にならないか」という声をいただくことがあったのです。多少明かりが漏れてしまうこともあるので、なかには気になる方がいらっしゃった。そのためセンサー感知にして、歩く時だけ点灯するように改良しました。
――本当に、徹底されたユーザー目線ですね。
改装した後も、実はちょこちょこと手を加えています。実際、ダウンライトのように、改装する前よりも改装後に気が付くことがたくさんありました。ラウンジに置いた大型のテレビはずっと画面を付けておくつもりでしたが、出来上がったラウンジに置いてみたら、この空間に合わないよねってなって。台風や地震があった時にだけ流すようにしています。
――今後の展望はありますか?
これは変わらず心掛けていることですが、この素晴らしい上高地、そして北アルプスを、日本だけでなく世界中の方々に見てもらうため、これからも徳沢ロッヂはそのための基地として快適な場を提供していきたいと思っています。みなさん、ぜひ上高地に遊びに来てください。
取材のあとがき
どのお部屋も居心地のいいものでしたが、中でもわたしが一番ビビっと来たのが、この光景。これは、2階の通路から見た景色です。
天井からは昔ながらのホヤを使用したぬくもりのある照明が灯り、窓越しにこもれびの射す樹木が立ち並ぶ。下を向けば、暖炉がパチパチと音をたて、天高の吹き抜けからラウンジを見下ろすこともできます。
徳沢ロッヂにおだやかな時間が流れているのは、立地を生かした空間デザインと、お客様に対する古畑さんらスタッフさんの心遣いからでしょう。
小屋明けの春が早くも待ち遠しいものです。みなさんもぜひ、訪れてみてはいかがでしょうか。
営業期間:2018年4月26日~11月4日(予定)
予約電話:0263-95-2526 (受付時間:土日祝日を除く午前10:00~午後5:00)
Website:
http://www.m-kamikouchi.jp/tokuzawalodge
facebook:
https://www.facebook.com/Tokusawalodge
(写真/茂田羽生)
春夏秋冬、日本の美しい山を求めて歩きまわっています。
音楽プロダクションの制作、アウトドアショップの販売員を経てライターになる。のんびり日帰りハイクからガッツリテント泊縦走、トレイルランニング、ボルダリング、スキーと四季を通してフィールド三昧。アウトドア媒体をメインにライター活動をする傍ら、アロマテラピーインストラクターとして「山とアロマ」をテーマに、神出鬼没なワークショップを展開中。