世界のトレイルを歩いた男が、西伊豆の古道を切り拓いた理由—YAMABUSHI TRAIL TOUR—
温泉とマリンスポーツが盛んな静岡県西伊豆で、今新たに注目されているスポーツがある。
マウンテンバイクだ。
西伊豆は歴史的な街並みが残る街、松崎町。ここには山、海、川など豊富な自然があり、マウンテンバイクで駆け抜けるのにぴったりである。
そんな歴史あり、自然ありの西伊豆松崎町でマウンテンバイクツアーを行っているのが“YAMABUSHI TRAIL TOUR”。
国内外から注目される同ツアーや、立ち上げるまでの背景を知るべく、代表の松本さん、ガイドの平馬さんのもとへとうかがった。
もくじ
人と関わりのある“道”に魅せられて
17歳の松本さんは、ネパールのトレイルを歩いていた。
そこには他国との交易に使われている”道”があった。その道は現地で暮らす人々の生活の根幹となっており、はるか昔から現在も交易に使われている。そんな人と強く関わりを持っている”道”に興味を持った。
その後も松本さんは、お金を貯めては東南アジアや中南米など世界中のトレイルを練り歩く。さらには南米23,000kmをオートバイで縦断。その姿は、文字通りトレイルの虜になっていた。
これからもそんな旅を続けるため、そしてより長く海外にいるために、日本料理の技術を学んで海外で働こうと決意。その修行のため西伊豆松崎町に移り住んだのだ。
松崎に移住後は板前として修行をする傍ら、休みの日は釣りやシーカヤックに打ち込む日々を送っていた。
世界を旅した男が選んだ、西伊豆松崎町という地
ダイビング、シュノーケリング、シーカヤック、SUPなどマリンスポーツが盛んなこの街だが、その魅力は透き通った海だけではない。
歴史的な景観が残る街並み、美しい山々、町を横切る川、絶品の海鮮、温泉。そのすべてがコンパクトに揃ったこの松崎町に、一度訪れると誰もが魅了されるだろう。
世界中を旅した松本さんも、その例外ではなかった。
松本さんが松崎に移住して少し経った後、地元のお年寄りからかつて使われていた「炭焼きの道」の話を聞いたという。
江戸時代に、炭焼きで使われていた山道。広葉樹を山のなかで窯に入れ、炭にすることで軽くし、燃えやすくする。それを山からソリや馬で下ろして江戸に出荷していた。そのための道だった。
時の流れとともに使われなくなったその道は、整備されずに社会から取り残され、荒れ果てた古道となっていた。
大のトレイル好きの松本さんである。その古道に興味を持った松本さんは、 「面白いマウンテンバイクコースになるのではないか」と古道の再整備を決意。
すぐに企画書を作り役場に持ち込んだ。
最初は一人で西伊豆古道再生プロジェクトを開始、開拓を進めていった。そのうちに彼の行動に同調する仲間がだんだんと集まっていき、今はチームで古道を整備している。
ゼロからはじめた、マウンテンバイクツアー
そうして松崎町に拠点を作ったのち、伊豆半島の山を基盤とした観光事業を行う株式会社BASE TRESを設立。マウンテンバイクで松崎の街並みや再生した古道を走るマウンテンバイクツアー”YAMABUSHI TRAIL TOUR”を開始した。今では年間2000人がこのツアーを利用する、松崎町の魅力の一つとして人気を博している。
整備とあわせて松本さん自身で山から切ってきた広葉樹。その壁に囲まれた店内は木のぬくもりを感じる。
所狭しと並ぶマウンテンバイクや壁にかかったカラフルなヘルメットが冒険心を駆り立てる。
自然のものとアウトドアギアに囲まれて、アウトドア好きの私にとってはとても居心地の良い空間だ。
西伊豆のマウンテンバイクツアーを体験
マウンテンバイクとは、その名前の通り山道などでアウトドアレジャーやレースに利用される山を走る自転車のことだ。
太くてゴツゴツしたタイヤと、サスペンションと呼ばれる装置が路面からの衝撃を吸収してくれるので、未舗装の凸凹道でも難なく走ることができる。
YAMABUSHI TRAIL TOURでは参加者に合わせて、レベル別の3つマウンテンバイクツアーを用意している。
EPIC RIDE・・伊豆半島最高レベルの圧倒的なトレイルを堪能できる玄人向けツアー
FUN RIDE・・再生した古道を走る、本格的にマウンテンバイクを体験してみたい方向けのツアー
EASY RIDE・・未経験者や、体力に自信がない子供や女性でも気軽に参加できる街中をめぐるツアー
半日から1日フルで楽しむプランなど、参加者のニーズに合わせてカスタマイズしてくれる。リピーターの方は1泊でゆっくりと街とマウンテンバイクを満喫することが多いそうだ。
歴史を感じる街並みをマウンテンバイクでめぐる
まずは松崎町の街並みをマウンテンバイクで案内していただく。
ガイドをしていただいたのは、YAMABUSHI TRAIL TOURでトレイルマネージャー&ガイドを担当している平馬さん。気さくで丁寧で優しい方だ。
お店をスタートしてすぐに松崎町の歴史的な景観が見えてくる。
最初に立ち寄ったのは『明治商家・中瀬邸』。
なまこ壁と格子戸が印象的な中瀬邸は、明治20年に呉服商家として建てられた。現在では伝統工芸品や歴史的資料の展示、観光案内のほか、地場産品のお土産、喫茶コーナーとして運営されている。
他にもなまこ壁という壁塗りが施された商家や壁が連なっている『なまこ壁通り』や、漆喰芸術の殿堂『伊豆の長八美術館』、無料休憩所として開放されている『伊豆文邸』などがあり、明治情緒を感じることができる。
映画やドラマなどのロケ地になることも多いのも納得の古き良き町並み。
その一帯を抜けると、山々をバックとした田園風景が広がり桜並木の下をマウンテンバイクで駆け抜ける。
本当に心地よくて、松崎町の魅力にどんどん惹かれていった。
山に入る前に立ち寄ったのが、伊那下神社。龍谷水神社から湧く神明水をいただく。
冷たい水が運動後の体にしみる。
さて、お腹が空いた。
昼食は、1日ツアーの際にいつも訪れるという『民芸茶房』で絶品の海鮮料理を堪能。
松崎港の目と鼻の先にある店内は心地よい潮風が流れ込む。魚のはく製や漁村の雰囲気の漂う木調の店内。
刺身と炭火焼ひものに季節の小付、小鉢、酢の物、揚げ物、みそ汁、ご飯、つけものが付いた<美味しいランチ>はこの店一番の人気メニューである。
新鮮な刺身と焼きたての魚がとても美味しい。
西伊豆の古道をマウンテンバイクで駆け抜ける
腹ごしらえを終えたら、お待ちかねの古道のトレイルツアーへ向かう。町にはコースに合わせて開拓した複数の山があるそうだ。
車に揺られること20分。
事前にしっかりと講習を受けて、山道でのブレーキのかかり方や運転時の体勢などを練習する。
毎週のように山歩きをしている私であるが、山道をマウンテンバイクといういつもと違うアプローチで山に入ることに、ワクワクが抑えられない。
早速ペダルを漕ぎだすが、はじめは無意識に力が入り、ハンドルをギュッと握ってしまう。なるべく脱力しリラックスすることが障害物を越えるコツ。
少し走って慣れてくるとまだ気は抜けないが、少しづつ周りを見る余裕が出てくる。
普段は歩いている山の中を自転車で駆け抜ける。
海が見えたり、細い尾根を通ったり、急カーブがあったり、木の根っこや石を越えていったり、この爽快感とスリルはマウンテンバイクならではの楽しみだ。
コースの途中で、何度か仏像が並べられているのを目にした。写真はこの地域で大切にされていた馬を祀る馬頭観世音。平馬さんによると、これらも古道の整備の中で発掘したものだそう。今自分たちが踏み入れている道は、古人も歩んだのだと思うとグッとくるものがある。
標高数百メートルの山を一気に駆け下りた。ものの10分前まで山の中を走っていたのに気付いたら海にいた。
山と海の距離が近い。このコンパクトさこそ、西伊豆松崎町の魅力だ。
浜辺を自転車で走る経験も初めてで、自分が走ると砂浜に残るマウンテンバイクのタイヤの線に心踊る。
マウンテンバイクツアーなら松崎町の魅力をまるっと体験できる
ここに来るまで、私の伊豆のイメージといえば温泉しかなかった。
しかし今回のマウンテンバイクツアーの取材を通じて、西伊豆松崎町の本当の魅力を知ることができたように思う。
初めてのマウンテンバイクは爽快かつスリリングで本当に楽しかった。
今回私たちが走ったコースは数年前まで人が寄り付かない古道であった。
かつて炭の出荷に使われていたその道は、松本さんらの手によって再生され、今やマウンテンバイクのコースとなり人々の心を魅了している。また、道が歩きやすくなったことで、松崎町の地元の方も以前より山に入りやすくなった。過去と用途は違えど、松本さんが世界を歩いて興味を抱いた”人と関わりを持っている道”に違いない。
豊かな自然があり歴史が残るこの西伊豆松崎町だからこそ、松本さんの思いを形にできたのだ。今後もこの道が、人々に素晴らしい体験や感動を与え続けることだろう。
今では海外からも注目されているYAMABUSHI TRAIL TOUR。山、海、川、文化。その全てが揃った松崎町のマウンテンバイクツアーで、いつもと違うアウトドアな1日を体験してみてはどうだろうか。熱い想いから切り拓かれた”道“が、あなたの新たな行き先を示してくれるかもしれない。
住所:
静岡県賀茂郡松崎町松崎379-2
TEL:
0558-36-3737
MAIL:
yamabushi.trail.tour@gmail.com
日本全国若者登山者ネットワークを作ります。
1992年生まれ。ACTIBASE代表。アウトドアを好きになりすぎて、自分でブランドを立ち上げたいと会社を2年間で退職し、現在はガレージメーカーで修行中。メンバー400人越えの若者向け登山グループ運営。『アウトドアx日本』をテーマにモノ作りに奮闘中。