ずっとずっと先の稜線を歩いている豆粒のようなハイカーを、遠くから眺める。かなり先を歩くその人は、いま自分が歩いている道と同じ道を歩いている。コツコツと歩き続ければ、ずっとずっと先を行くあの人に、いつかぼくも追いつける――。目指すピークに先に立っている人がいたら、下から見上げてみる。一歩一歩を踏みしめながら登り続ければ、目指すあの頂に、やがてぼくも立つことができるのだろうか――。

そんな風に道を歩く行為を「人生」に置き換えてみると、やる気というか、ささやかな希望のようなものを覚える。特に悩み事や迷い事があるときは“地道”に山歩きしながら、壮大な風景に挑む豆粒のようなハイカーを探し、それを遠くから眺めて自らを励まして元気をもらうのだ。自己満足全開だけれど、こんな登山が、ぼくは嫌いではない。

この日は本沢温泉にテントを張ってから稜線に上がるという、前に何度かやっているお気に入りのコースだった。不要な荷物はデポできるので、とても身軽である。長い稜線につく道を軽やかに歩きながら、人生もこんな風に歩めればいいのになーと独り言ちる。もくもくと湧き上がる夏の雲は空高く、今日は山を覆うことはなさそうだ。すっきり晴れやかな風景を前に、悩める心もいつしか晴れやかになっている。

天狗岳からは、北・南・中央の日本アルプスを見晴らす展望のよさに加えて、南北に荒々しく連なる八ヶ岳の起伏がよくわかる。岩がちな東天狗の荒さに対して、隣り合う西天狗は優しい雰囲気。同じ山なのに対照的で面白い山容をしている。すぐそこには硫黄岳の爆裂火口壁があり、絶壁に沿って目線を上げると、蒼穹の空に月まで明るかった。ここが惑星地球であることを直に感じられる、とてもダイナミックな山域。何度歩いても感動が大きい道だ。

夏の天狗岳は「稜線を歩くハイカー」を眺めながら歩くのが楽しい。連なるいくつかの山々のピークが近いため、あっちこっちのハイカーの様子がよく見えるのだ。そもそも天狗岳が東と西のふたつピークを持って隣接しているのだから、それぞれの山そのものが、お互いを見つめ合っているかのようでもある。

山にいると雄大な景色ばかりに気を取られがちだけど、よく近くを見てみると、あっちのピークには10人ほどいるし、そこまでに至る稜線には3人のハイカーが楽し気に歩いている。これだけ雄大な大地の中に、ぼくらは小さくとも確かに存在しており、大自然の営みに楽しませてもらっているのだ。そんなことを自覚して、嗚呼、人間ってなんてちっぽけなんだろうと、気持ちが大きくなっていく。山あるある、である(ない?)

根石岳を経由し夏沢峠でひと休みしていると、フィフィという鳴き声とともにオスのウソがぼくの頭上にやってきた。野鳥を姿で識別することはちょっとだけできるものの、鳴き声で識別するのはとても難しい。そんな中、声でわかる数少ない鳥がウソだったものだから、ぼくはとても嬉しくなった。

ここから先は、これぞ八ヶ岳!とでもいうべき苔むす原生林を歩いて下る。目線を下げると緑の美しい森が広がり、目線を上げれば真っ白な雲と真っ青な夏の空が眩しい。2500mラインの稜線は気持ちよく歩けたけれど、標高を下げてくると汗が噴き出すほど暑くなる。たまらない気分に耐えながらも、久しぶりに浸かる本沢温泉「雲上の湯」で汗を流すことを想像すれば、途端にウキウキになる。

さっぱりしてテントに潜り込んだら、撮った写真を眺めて今日の忘れがたい道を振り返ろう。もちろん片手にビールは欠かせない――と、山旅も終盤になると、悩み事なんてすっかり忘れてしまっていた。だから山歩きはいいのだと、あらためて思うのだった。

<アクセス>
公共交通ならJR小海線・小海駅からバスで稲子湯へ。または小海駅からタクシー、車なら中央自動車道・須玉ICより本沢温泉入口へ。駐車場あり。
大内 征

低山トラベラーです。山旅は知的な大冒険!

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大内 征

物語の残る低山里山、ただならぬ気配を感じる山岳霊峰を歩き、日本のローカルの面白さを探究。文筆と写真と小話でその魅力を伝えている。NHKラジオ深夜便「旅の達人~低い山を目指せ!」レギュラー、著書に『低山トラベル』『とっておき!低山トラベル』(二見書房)がある。自由大学「東京・日帰り登山ライフ」教授、.HYAKKEIオフィシャルパートナー。

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