低山も3000mを越える南北アルプスも、もちろん海外のトレイルだって、季節に合わせたお酒を携えて臨めば山行はもっと楽しくなる。テント泊に小屋泊り、山で過ごす一日をとっておきのものにしてくれるお酒のおはなし。

マウンテンバイカーからアツい注目を集める、西伊豆・松崎町の“YAMABUSHI TRAIL ”。江戸時代末期からこの界隈で盛んだった炭焼きのための作業道、および庶民の生活道として使われていた古道を、マウンテンバイクのフィールドとして再生させたトレイルである。元々は平安時代に拓かれた生活道であり、周辺には宝蔵院という、弘法大師が開いた霊場もあることから、山伏たちの修験の道としても使われていたようだ。江戸時代には7本の街道と、街道と集落をつなぐ細かな生活道が張り巡らされ、山に設けられた炭焼き窯で焼いた炭を里に下ろすのに使われていたとか。

 かつて賑わった生活道も、終戦後のインフラの整備や炭焼きの衰退とともにすっかり廃れてしまった。倒木や土砂、落ち葉に埋もれて廃道となっていた古道の整備をたった一人で企画し、実現させてしまったのが松本潤一郎さんだ。
 そもそもこの松本さんが無類の道好き・歩き旅好き。中学生の時に自宅のある横浜から紀伊半島へ、ヒッチハイクの一人旅を始めたことを皮切りに、17歳でアンナプルナ・サーキットを目指し、一路ネパールへ。以降もインド、中国、パキスタン、アフガニスタンを旅し、ヒマラヤ山脈やカラコルム山脈のトレイルをひとり、歩いて巡った。

 松本さんが道に魅せられたのは、それが人や物資を運ぶための手段というだけではなく、人々の生活を支え、人と人との交流を促し、文化や歴史を運ぶものでもあったから。道を歩けば、そこに息づいた歴史や物語を知ることができる。西伊豆の古道には、海外のトレイルにも負けないくらいの魅力的な風景と半世紀も前に途絶えてしまった人々の生活の痕跡があった。それを掘り起こすことにロマンを感じたのだという。

 チェーンソーと鍬を使い、手探りで整備した古道は現在、7ルート・40kmにも及ぶ。今年からは念願だったハイキング・ツアーもスタート。マウンテンバイカーだけでなくハイカーも楽しめるようになったというので、早速案内してもらった。
 まずは海岸からすぐにアクセスできる標高550mの富貴野山へ至るトレイルへ。漁港の近くで名物のさつま揚げをトレイルのおやつに購入する。
 西伊豆の山歩きの魅力は、何と言っても海と山の近さにある。低山ながら眺望のいいポイントでは、駿河湾の向こう側に日本平も、時に南アルプスまで眺めることができるのだ。

 広葉樹の雑木林の中につけられたトレイル沿いに、炭焼き窯の跡や整備の途中に松本さんが掘り出したという馬頭観音、江戸時代の年号を記した石碑や地蔵を見つける。整備時には江戸時代の通貨もいくつも掘り出したとか。人の行き来の激しかった往時を偲ばせるエピソードだ。

 道中、松本さんが携わっている森林整備の話を聞いた。聞けば、トレイルの整備で出た間伐材を薪や建材として地元に提供しているという。かつて伊豆近海では良質のカツオが水揚げされており、伝統的に伊豆田子節(カツオ節)を造っていた隣町の田子は、「西の土佐・薩摩、東の田子」と呼ばれるほどの産地だった。田子に古くから伝わる手火山式焙乾製法には、地元の山から切り出した雑木の薪が欠かせない。幹が太い広葉樹は燃やしたときの香りが良いのだ。また、海と山が近い西伊豆では土砂災害から漁場を守るため、定期的に木を切り出して山の整備を行わなくてはならなかった。森林整備が地場産業を守っていたのだ。

 富貴野山の展望台からの眺めがあまりに素晴らしかったので、ザックをおろして休憩する。
“YAMABUSHI TRAIL ”歩きのために用意したのは、潮風の香りと最もマッチする(と思っている)シェリー。シェリーとはスペインのアンダルシア州にあるカディス県ヘレス・デ・ラ・フロンテーラ(ヘレス地区)とその周辺で造られる酒精強化ワイン(醸造過程で、ブランデーなどのアルコールを加えてアルコール度数を高めたワイン)だ。要は白ワインの一種で、ポートワイン、マデイラワイン(ともにポルトガル)とともに「世界三大酒精強化ワイン」に挙げられる。

 紀元前1100年ごろ、カディスに定住するようになったフェニキア人が故郷からもたらしたワインを元に造ったのがシェリーだといわれている。シェリーが有名になるのは、カディスが港町として大いに栄え、ボルドーをフランスに奪われたイギリスが新たなワイン産地を求めて南下するようになってから。その後、マゼランがヘレス産ワインを携えて世界一周の旅に出たことで、その名が知れ渡るようになった。酒精強化ワインがアルコール度数を高めるのは酸化や腐敗を防ぐため、味わいに個性を持たせるためなど様々な理由があるが、特にシェリーやポート、マデイラはイギリスへの輸送中の品質を守るためだったと言われている。シェリーは旅する酒なのだ。

 シェリーは醸造地域やブドウの品種、醸造方法によって超甘口から辛口まで、いくつかの種類に分けられる。また、ソレラシステムという独自の熟成方法を取っており、熟成のあんばいも重視される。
 今回は香りが高くて辛口の「オロロソ」というタイプをチョイス。アルコール度数も高めで、どこかブランデーを思わせるコクとまろやかさがあるシェリーだ。おつまみは、松崎町のさつま揚げ専門店「はやま」の手作りさつま揚げ。魚の白身と塩だけで仕上げたというふわふわのさつま揚げとオロロソは相性抜群。ちなみにこのオロロソ、鉄イオン(Ⅲ)を含むため、生魚とのペアリングもおすすめである。

「アルマニセスタ」というのは、シェリーの造り手ではあるが市場に出さない小規模生産者のことを指す。エミリオ・ルスタウは1896年、道楽でアルマニセスタになったシェリー好きの弁護士が創立したという変り種のメーカー。1980年代になると、消えつつあるアルマニセスタの中から優れた生産者だけを選りすぐり、そのワインのストックをボトリングすることを思いつく。造り手の名前を表示して市場に登場した個性的なシェリーは一躍人気を博し、エミリオ・ルスタウはスペインを代表するシェリーメーカーに成長した。

 山の上に居ながらにして海の風景を眺め、できたてのさつま揚げとシェリーに舌鼓を打つ。そんな西伊豆ならではのトレイルを楽しんだあとは山を下りて海辺を散策。駿河湾に突き出した小さな山、弁天島をめざす。島をぐるりと回れる遊歩道を歩いて、頂上にある厳島神社をお詣りする。

 気がつけば西日も傾いてきた。トレイルも海も夕焼けも、そして潮風とシェリーのペアリングも楽しめる。西伊豆はこの時期、最高の外遊びをもたらしてくれる。

倉石 綾子

お酒があれば、山行はもっと楽しくなる!

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この記事を書いた人

倉石 綾子

フリーライター。旅、お酒、アウトドアを主軸にした記事を雑誌やウェブメディアで執筆する。飲み友だちと共に、アウトドア×日本の四季×極上の酒をコンセプトに掲げる酒呑みユニット、SOTONOMOを主宰。現在の遊びは夏場のトレッキングとマウンテンバイク。冬はバックカントリースノーボードと最近始めた雪板、少しだけ雪山登山も。

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