山小屋らしい「ここにしかない相部屋をめざして」北アルプス・徳澤園|#03 山小屋ネクストジェネレーション
近年、改装してより快適に過ごせるように進化した山小屋が増えているのをご存知ですか?
改装に至る経緯は山小屋によって様々で、ただ古いことや、建物の老朽化だけが理由ではないのです。ある意味“次世代”とも言える山小屋にお邪魔して、改装にまつわるストーリーをインタビューする当連載。
第3弾は、北アルプスの玄関口、上高地から2時間ほど歩いたところにある『徳澤園』。斬新でおしゃれな改装は、ファッション誌からの取材依頼もあるほど。いつ、どんな経緯で改装したのか直撃訪問してきました!
山域:北アルプス
収容人員:約120名
改装した年:2006年頃より毎年一部分ずつ改装
改装したところ:おもに客室
もくじ
いまや個室よりも予約が殺到! 話題の“相部屋”が誕生するまで
――改装が毎年恒例の行事になっているとお聞きしました。
改装は趣味で、かれこれ10年くらい継続してやっています。直近でいうと、2016年春に相部屋の「KARAMATSU」、2017年春に同じく相部屋の「HOTAKA」を改装してリニューアルオープンしました。
――こんなおしゃれな山小屋(しかも相部屋)は、前代未聞ですよね。
今までは山岳雑誌の取材がほとんどでしたが、マスコミの方もおもしろがってくれて、『FLaU(
フラウ)』という女性ファッション誌の方も取材に来てくださいました。意図していないジャンルから注目されるというのも、とても嬉しいです。
――改装のキッカケは何ですか?
今から15年ほど前のあるとき、ご年配のお客様からこのような問い合わせがありました。「奥さんを山小屋に連れていきたいけれど、膝が悪くてベッドにしか寝られない。洋室はないだろうか?」と。当時、山小屋に洋室という発想は誰もなくて、僕も山小屋で贅沢する人なんかいないだろうと思っていました。でも、そういったお客様の声を耳にして、これまでなかった洋室を作るのは面白いから、これを機に改装してみよう、と考えたんです。
――反響はありましたか?
その翌年、予想していた以上に予約が入り、洋室が大人気になったんです。お客様が望んでいるのは、これだったのか!と。登山は修行じゃないけれど、辛いことが多い。きっと肩の力が抜けるような場所を、登山のどこかで求めているんだと気が付きました。あまりにも洋室が人気ですぐに予約がいっぱいになってしまうので、和室だった部屋も洋室に改装し、現在は洋室が3部屋あります。
――もっと洋室を増やそうとは思わなかったんですか?
上高地から徒歩2時間のところにある“徳沢”という場所は、観光の方と登山の方が、唯一混在している場所なんです。訪れる方によっては、山小屋であり、旅館であり、民宿であり、ペンションであり、ホテルであり、求めるものが異なります。そのため、宿としての立ち位置が難しいのですが、徳澤園はそれらの集合体といいますか、さまざまな用途のお部屋をご用意するようにしています。
――なるほど。相部屋も改装しようと思ったのはなぜですか?
いまやどこの旅館に行っても和室があるし、ホテルには洋室がありますよね。でも、相部屋って山小屋らしい特性だと思うんです。上高地は年々インバウンドの方が増えていますが、そのうち徳沢まで足を運んでくださる9割が欧米の方で、その方たちが選ぶのは和室か相部屋なんです。和室に泊まりたい気持ちは分かるのですが、相部屋を選ぶ理由ってなんだろう?って不思議に思っていました。
あるとき話を聞いてみたら、「日本を旅行していれば和室に泊まる機会は多くある。でも、相部屋に泊まる機会はそうない」って言うんです。それを聞いて僕はハッとしました。ここは上高地だし、山小屋でもあるし、これからは相部屋を見直そう、力を入れていこうと。そう思ったのが、2015年頃です。
――近頃は街中にゲストハウスが増えていますが、とはいえ、人の多く集まる観光地や繁華街に偏りがち。泊まりたいと思っても、なかなか機会がないのかもしれませんね。
そもそも東京、大阪、京都じゃなく、徳沢まで足を運んでくださる欧米の方々は、もっとアンダーグラウンドな日本を知りたいはずなんですよね。
改装は楽しい。だけど、受け入れてもらえるかは常に不安
――ほかに意識している、こだわっているところはありますか?
改装をキッカケに、お客様が何を不満に思っているのか、うちに何を求めているかを徹底的にリサーチすることにしました。そうする中で、まず大前提として「登山は修行じゃない」ということ。誰しも窮屈で臭くて蒸し暑い空間で寝たいわけじゃないんです。
――相部屋だとそれらが顕著になりますが、でもそれって仕方のないことだと思っていました。
相部屋での問題は3つあります。ひとつめは「音」。おもに、いびきです。ふたつめは「温度」。部屋に人が増えるとすごく暑くなるし、逆に人が少ないと寒い。そしてもうひとつが「ニオイ」。汗臭さなどです。でも、この3つさえ解決することができれば、快適な相部屋ができるんじゃないか?と思い、試行錯誤を重ねました。
――完成してみてどうでしたか?
作っているときはものすごく楽しいけれど、改装を計画するとき、お披露目するときはいつもドキドキしてしまいます。カプセル型の相部屋をとってみても、ここまでこだわったものは山小屋では日本初だと思うので、「お客さんどう思うかな?」「受け入れてくれるかな?」という不安が常に頭のなかにありますね。
間取りのヒントは、ハチの巣だった!
――「KARAMATSU」は独特でカラフルなデザインですよね。
この六角形、じつはハチの巣を見たときに閃いたアイデアで。以前仕事で養蜂場に行ったとき、ちいさな巣箱に帰っていくたくさんのハチを見て、うちの相部屋に似てるなって思ったんです。次から次へとハチがどんどん巣に入っていくんですが、パーツごとにうまく収まっていて、めっちゃあいつら快適そうなんですよ(笑)。そんなに広い面積ではないし、共有部分もない。それって山小屋でいうところの相部屋にそっくりですよね。そこで、思い切ってハチの巣みたいな形にしよう!と。
――なんとおもしろい着眼点!
結局、六角形の意味を成してはいないんですが、ハチの巣から得たインスピレーションでこういった相部屋が生まれたわけです。
――独特の形に加え、鮮やかな見た目もかわいいですね。見ているだけでなんだかワクワクします。
もうひとつビジュアルでイメージしたのは、僕がこどもの頃憧れていた『トム・ソーヤの冒険』に登場するハックの家。ハックの家はいわゆるツリーハウスで、木の高いところにありました。そこで、ハチの巣とハックの家の特徴を融合させて、このような空間になったという(笑)
「お客さまの声」から、よりニーズに合った改装は続く
――ここまで大掛かりな改装だと、とても大変だったのでは?
大変ではありましたが、いつも一緒に改装をしている地元の大工さんたちは40代で僕と同世代。みんな愉快な人なので、いつも楽しくてしょうがないです。壁の色とか塗ってもらっていたらどんどん楽しくなってきちゃって、童心にかえったように「もっとあーしよう、こーしよう」と、夜遅くまで話し合うことも多いですね。
――お客さんの反応はどうでしたか?
おかげさまで好評をいただいております。2017年は洋室や和室の個室よりも先に相部屋から予約が埋まっていくという、今までは考えられなかった事態にまでなりました。でも、運営していく中で「KARAMATSU」にも唯一の欠点が出てきてしまったんです。
――欠点とは?
「ハシゴに登りたくないので、下の段にしてほしい」というリクエストを多くいただいたことです。そこで、翌年改装した「HOTAKA」は、上も下も差が出ないよう、ハシゴではなく階段を設置しました。階段にすることで収容人数は減ってしまいますが、お客様の声を最優先にして誕生したのが「HOTAKA」でした。
――今後の目標や展望はありますか?
2018年春は、個室の洋室「ニリンソウ」をもっと贅沢なお部屋にリニューアルします! ウッドデッキに床暖房、マッサージチェアなど、北アルプスにたった一つしかないお部屋です。山で味わったことのないご褒美的な空間にするので、ぜひ楽しみにしていてくださいね。
取材のあとがき
今回の取材、改装のお話以外でとくに印象に残ったのが、「不便」と「不快」を分けて考えるということでした。不特定多数のお客様が泊まる場所、かつ、山の中という日常とはかけ離れた環境なわけですから、日々いろいろなご意見が届いていることは明白。
上條さんは、こう話します。
“「広間でカラオケがしたい」とか「消灯後も飲みたいからアルコールを販売して」など、「不便」に関してのご意見というのは、物理的に不可能なこともあり、受けることができません。でも、「布団のニオイが臭い」、「ごはんが不味い」といった「不快」に関してのご意見は、僕たちの努力でいくらでも向上できる。だから、徹底的に直すようにしています”と。
実際、「夜中もずっとスマホを充電したい」というお客様の声に応えるため、消灯後は使えなかったコンセントを、一部では24時間使えるように仕組みを改善したのだそうです。
そういった日々の積み重ねや努力が、今の徳澤園の居心地の良さや、わたしたちの快適につながっているんだろうな、そんなことを今回の取材を通して感じました。
北アルプスはこれから徐々に雪解けの季節となり、やがて本格的なアウトドアシーズンを迎えます。この夏はぜひ、徳澤園で思いっきり羽根を伸ばしてみてはいかがでしょう? なかでも繁忙期はあっという間に予約でいっぱいになってしまうそうなので、早めの予約がおすすめですよ。
(写真/茂田羽生)
春夏秋冬、日本の美しい山を求めて歩きまわっています。
音楽プロダクションの制作、アウトドアショップの販売員を経てライターになる。のんびり日帰りハイクからガッツリテント泊縦走、トレイルランニング、ボルダリング、スキーと四季を通してフィールド三昧。アウトドア媒体をメインにライター活動をする傍ら、アロマテラピーインストラクターとして「山とアロマ」をテーマに、神出鬼没なワークショップを展開中。