自然の不思議…花びらの透きとおる花と遭遇。雨の「風吹大池山開き」
もくじ
水と縁深い「風吹大池」の山開き
冬の北アルプスは雪に閉ざされ、冬山の装備や技術がなければ入ることができません。5月から6月、雪が解けて山小屋や登山道の整備がされると、ようやく山のシーズンが始まります。北アルプスで最初の山開きは5月末に行なわれる白馬大雪渓や白馬岳へ登る「貞逸祭」。この時期でも、アイゼンなど冬山の装備が必要となります。
今回参加した「風吹大池山開き」はそんな装備も必要なく、気軽に楽しめる山岳イベント。雪解けとともに春を待ちわびた花たちが一斉に咲き始め、その花を見ようと多くの人々が集まります。梅雨時期のため、「神秘の湖」といわれる原生林に囲まれた青い湖面や、日の光を浴びて咲く花たちの姿を見たくても、日にちの決まった山開きに実現できるとは限りません。水にまつわる伝説が語り継がれる風吹大池。そこには、雨の日にしか味わえない自然の不思議と魅力がありました。
毎年6月の第4日曜日に行われる「風吹(かざふき)大池山開き」。梅雨の時期ということもあり、高確率で雨が降ると聞いていたけれど、やはりこの日も1日雨予報。
風吹荘で受付と式典を行い、ここからマイクロバスで土沢(つんざわ)の登山口へ向かいます。
天候のせいもあってか参加者は少なめでした。カッパを着込み、大雨にならないことを祈りつつ、落葉が敷きつめられた登山口を出発。
足下の花たちに案内されて
風吹大池への登山道には、可憐な植物が次々と現れます。
ふちどりのように見える赤いガクが白と緑に映える「アカモノ」もそのひとつ。濃い緑色の葉の中、つり鐘型の白い花が地面を這うように咲いていました。
小さな白い丸い形の花に、まばらな穂のような花弁を出す「マイヅルソウ」。ハート形の2枚の葉が、鶴が羽を広げて舞っているように見えることからこの名が付いたのだとか。
雨を喜ぶ植物を眺めて雨の登山を楽しむ
こんな日は、雨を喜ぶ植物たちの表情を眺めるのもいいもの。足下のコケもこんなに美しく生き生きと輝いています。
五感で自然を実感
鳥のさえずりに顔を上げると、大きなブナやトチ、カエデなどたくさんの樹木が。天然のミストシャワーが新緑の香りとともに顔にかかって気持ちがいい。
登山道の脇に、ひときわ目を引く大きな花がありました。絹の傘のようだと名付けられたという「キヌガサソウ」。白い花びらに見えるのは外花被片で、花はその中に小さくあるのだとか。その外花被片と葉の数は同じで、株によって6〜12枚と違いがあるそう。
今年はこの辺りの「ミズバショウ」がきれいだと聞きました。
残雪の隙間や雪の跡に残る水分の多いところに咲く「ミズバショウ」。春先にも雪が降るなど今年は積雪量が多かったけれど、残雪が多いことと花の咲き具合に関係はあるのでしょうか?
自然の不思議と魅力を目の当たりにする
大きな葉から花が飛び出すように咲いている「サンカヨウ」。雨が降るなどして水に濡れると、白い花びらが透明に変化して行く不思議な花です。写真を撮ろうとすると、まさに花びらが透明になっていました。晴れた日にサンカヨウの花の説明を聞いたことはあったけれど、実際に透明になっているのを見たのは初めてです。この自然の不思議と魅力は雨の日のご褒美!
目的地に到着。山開きの神事と振る舞いを
残雪を登りきったところにある風吹山荘に到着。
すると、待っていたかのようにさらに雨が降り出しました。
小屋から少し行ったところに、北アルプス最大の湖「風吹大池」が。どんよりとした雲に覆われ、残念ながら神秘的とはいえませんが、参加者全員で大池に向かって安全祈願神事を行い、タケノコ汁の振る舞いをいただきました。
風吹大池の姿を上から眺めようと天狗原へ。天狗原は、ワタスゲの群落。まだ時期が少し早くて花は咲き始めでした。一面に咲き誇った「ワタスゲ湿原」が見られるのはもう少し先だそう。
湿原の先に見下ろせる場所があり、靄の中に浮かび上がる大池を望むことができました。オオシラビソとダケカンバの原生林に囲まれ、たっぷりの水をたたえた風吹大池は壮大で幻想的。ところが写真を数枚撮っているうちに、靄に包まれ見えなくなってしまいました。自然の何かが作用しているかのように……。
今年はまだたくさんの雪が残っていて大池一周はできないとのことでしたが、シラネアオイの群生を見に少しだけ周囲を歩くことに。高山植物の中でもその可憐な姿が人気の「シラネアオイ」。ブナの木の根元に美しく咲いています。雨が激しく、薄い花びらは水の重さで広がることができずに下を向いていました。その脇には、鮮やかなピンク色の「ショウジョウバカマ」も。
湖面にポツンと見える大きな岩。
以前読んだ「風吹大池にまつわる伝説」が頭に浮かびました。
——- 昔、干ばつに困った人々が雨乞いをするために神主を頼み、村中総出で風吹大池へ登った。池の中には大きな岩があって、そこへ神主に渡ってもらい雨乞いの祈祷をした。祈祷が終わる頃、池の中から大蛇が現れてその岩を三巻まいた。神主は恐ろしさに気絶してしまい、池の中はみるみる水かさが増して大雨がやってきた。その後、神主は死んでしまったという ——-〈『北安曇郷土誌稿』参考〉
風吹大池の山開きが雨に降られるのも仕方がないことだなぁと思いながら、下山しました。
本格的な雨の中、神秘の湖を後に
下りはさらに雨量が増して来ました。雨に濡れながら歩くことってそうそうないけれど、雨が木々や葉、地面にあたる音、土や木々が雨を吸う匂い……自然のなかにいるのが、心地よく感じられてきました。
山開きや地元が主催するイベント登山は、ガイドが付く安心感だけでなく、ちょっとした特産品や振る舞いをいただけるなどの特典があることも参加する良さのひとつ。朝、受付でいただいたのは「来馬温泉風吹荘」の入浴券。ありがたい特典で、ゆっくりと疲れを癒しました。
雨の山開きに参加して、雨でも登山は楽しめることを改めて教えられました。
次はぜひ、晴れた空の下の風吹大池を見に行こうと思っています。
毎朝眺める北アルプスに元気をもらってます。
神奈川県生まれ、長野県在住。スポーツメーカー勤務から、スキー雑誌の編集・ライター、情報誌のDTP、CATV撮影編集、地方誌編集・ライターなどを経て、やっぱりライター。