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やがて、大きな森になる。本当の自分に還る家【「感じる」暮らし Vol.2】

自然の中で、暮らしたい。

いつからか、そう思うようになった。

都会のマンションは、便利で機能的。でも、ときどき窓を開け放って、思いきり深呼吸したくなる。この小さい窓のむこうに見えるのが、隣の建物ではなくて緑の山だったら、どんなに気持ちがいいだろう。森の中の一軒家で、「静かにしなさい!」と子どもたちをしかる必要もなく、おおらかに見守ることができたなら。

もしかすると、私たちの毎日は、ぜんぜん違うものになるのかもしれない。

きれいに整っているよりも、自然にまかせた感じにしたかった

岐阜県岐阜市。路線バスにゆられ、「となりのトトロ」が葉っぱの傘をさして立っていそうな小さい停留所で、バスを降りる。このあたりは、ずいぶん柿の木が多いみたいだ。

今年最初の台風が通り過ぎたばかりで、柿の実も雨に濡れている。柿畑の角を曲がると、うっすら霧がかかった緑の山を背景に、絵本に出てきそうな三角屋根のログハウスがあらわれた。今日、お話を聞かせてもらう松井さんのお宅だ。BESSの家はふしぎな存在感を放っているから、はじめて訪れる場所でもすぐにわかる。

三角屋根の家、BESS「カントリーログ」の白い扉が開いて、やはりジブリ映画の登場人物みたいなやさしい雰囲気の女性が姿をあらわす。今日の物語の主人公、松井香織さんだ。夫の啓介さん、娘の奏(かなで)さん、環(めぐり)さんと4人で、3年前からこの家に住んでいる。

松井啓介さん、松井香織さん、娘の奏(かなで)さん、環(めぐり)さん

ご夫婦の案内で、庭を通って玄関へ向かう。ふかふかの芝生。れんがを敷いたアプローチ。門柱や柵にからみついた葉っぱたち。一見、自然に見えるけれど、近づいてみると、細かいところまで手をかけられていることがわかる。

玄関と裏庭へ続く色とりどりのタイルはお手製
門柱に生い茂った植物 一房の蔓からここまで大きく育ったとのこと
芝生も自分たちで敷き詰めて手入れしている

「私も、夫もジブリのアニメが好きで。映画の世界観と同じように、きれいに整っているよりも、自然にまかせた感じにしたかったんです」と香織さん。3年前は何もない更地だったところから、啓介さんと2人で芝生や木を植え、レンガを敷き、ひとつひとつ理想の庭を作り上げてきた。

施工当初の松井邸

完璧に整えられた美しい庭を見ると、自分が入ることで調和が乱れるような気がして、つい気おくれしてしまう。でも、松井さんちの庭は何だかとても居心地がいい。背のびしなくても、ありのままの自分でそこにいることを許されている感じがする。

この家に引っ越してきて、いろんなことを許せるようになった

家の中に入ると、木の香りがした。無垢材の素朴な風合いに包まれた吹き抜けのリビングで、お姉さんの奏さんと、妹の環さんが、思いおもいに好きなことをして遊んでいる。

吹き抜けの玄関は太陽の光が燦々と差し込み家族の温もりに溢れていた

こんな素敵な空間でのんびり子育てができたら、きっとイライラして子どもを怒鳴ってしまうことなんかないんだろうなあ。

ドアを開けた瞬間から仄かにお香がかおった
無垢材の床

「そんなことはないですよ。子育ては予想もつかないことの連続で、つい叱ってしまうこともあります。でも、この家に引っ越してくる前と比べたら、いろんなことを許せるようになったと思います」と香織さんは話す。

啓介さんと香織さんが結婚したのは9年前。啓介さんの仕事は転勤が多く、2年おきに岐阜県内の社宅を転々とした。5年前には、長女の奏さんが誕生。子どもは好奇心いっぱいに動き回るけれど、集合住宅では、音を立てることにも気をつかう。社宅の周りには、自然も少なかった。自然豊かな環境で子ども時代を過ごした香織さんは、次第にストレスを感じるようになる。啓介さんと、どちらからともなく「そろそろ家を建てようか」と話し合うようになったそうだ。

台所横の黒板には長女 奏さんの2学期の予定
棚には家族の絵が貼られていた

もともとログハウスや木造の家に興味があった2人は、知人に教えてもらったBESSの展示場「LOGWAY」を訪れる。カントリーログの中に入ったとき、直感的に「この家がいい」と思った。三角屋根の外観、素材の風合い、吹き抜けの開放感など気に入ったポイントはいくつもある。「かっこいいだけじゃなくて、家族の将来の様子が具体的にイメージできたんです」と香織さんは言う。子どもが大きくなったら、ロフトに机を置いて勉強するようにすれば、親が1階にいても目が届くよね、などと話しているうちに、2人はカントリーログを建てることを決めていた。

2階のロフト
ロッキングチェア

おじいさんとおばあさんが植えたみかんの木

今、松井邸が建っている場所は、もともと啓介さんのおじいさん、おばあさんが何十年も暮らしていた土地だった。おじいさんとおばあさんが亡くなり、空き家になっていた場所に新居を建てたいと啓介さんから言われたとき、香織さんはとまどった。啓介さんにとっては、子どもの頃から遊びに来ていたなつかしい土地。でも、県内の少し離れた地域で生まれた香織さんにとっては、まだあまり馴染みのない場所だった。

「何度か訪れて、遺品を整理したりさせてもらっているうちに、自然が豊かな周りの環境も目に入るようになって。少しずつ、いいかもしれないと思うようになったんです」

いよいよカントリーログを建てることになり、おじいさんとおばあさんの家が解体されて、啓介さんと香織さんは驚いた。家の裏手に柿畑が広がり、遠くの山までひろびろと視界がひらけていることを、初めて知ったのだ。「ここにカントリーを建てたらすごく素敵なんじゃないかって、イメージが湧いてわくわくしてきました」と香織さんは振り返る。

2階の窓からは一面の柿畑が広がる

譲り受けた土地を大切にすることを、香織さんは心の中でおじいさんとおばあさんに約束した。おばあさんが好きだったふくろうの置きもの、そしておじいさんが使っていたカメラを引き継いで、家の中に飾っている。おじいさんとおばあさんが植えたみかんの木も、切らずにそのまま残している。今も毎年、たくさんの実をつけるというみかんの木は、山から吹いてくる風にさわさわとゆれて、孫たちの新しい暮らしを祝福しているみたいだった。

家を建てる前から合ったミカンの木 青々とした実が育っていた

子どもたちには、親が好きなことを楽しんでいる姿を見せたい

カントリーログに引っ越してきた松井家は、ログハウスの雰囲気に合った家具をそろえたり、庭を作ったりする作業に没頭した。啓介さんが得意のDIYで物置や薪小屋、作業台を次々とこしらえる。香織さんは庭にレンガを敷き、草花を植え、畑で野菜を育てる。ログハウスは、竣工が完成ではない。住み手にとっては、むしろそこからが始まりのようだ。

香織さんが作る家庭菜園 数種類の野菜が栽培されている
啓介さんがセルフビルドした薪棚 薪は近所の柿畑から譲り受けている

啓介さんも香織さんも、もともと、手を動かして何かを作るのが得意だ。社宅で暮らしているときから、啓介さんは自分で収納を増設したり、壁を修繕したりしていた。香織さんも、子どものころは部屋の模様替えをしたり、絵を描いたりすることが好きだった。でも、子どもが生まれてからは家事や育児に追われ、なかなかものづくりをする心の余裕がなかった。

「家を建ててから、庭づくりにどんどんはまっていって。育てた植物をドライフラワーにして、リースやスワッグを作ってプレゼントしたり、家の中に飾ったりしています。私は本来、こういうことが好きだったんだと、この家に住んで思い出すことができました」

家のところどころに飾られている香織さんのスワッグ

まだ手がかかる年齢の子どもたちがいるのに、いったいどうやって自分の時間を作っているんだろう。

「天気のいい休日は、夫も私も外に出て、薪作りや庭仕事に没頭しています。子どもたちも、虫や花を見つけたり、石でおままごとをしたり、それぞれやりたいことを見つけて庭で自由に遊んでいます」と香織さん。もちろん、最低限危なくないように気をつけているけれど、自然のままであることを大切にしているこの家には、子どもたちの好奇心を刺激するポイントがたくさんある。

「子どもたちには、親が好きなことを楽しんでいる姿を見せたいんです。子どもは全部見ているから、私自身がご機嫌で過ごすことが大切だと思っていて。いつか、子どもたち自身が迷ったり悩んだりしたときに、親が楽しんでいる姿を思い出して『私も自分の好きなことを大切にしよう』と思ってもらえたらうれしいですね」

石を集める環さん、クモを観察する奏さんを見守りながら、香織さんはおだやかにほほ笑んだ。

いいところだけじゃなく、自分をさらけ出して話したい

近所の農家から分けてもらった柿の枝を薪ストーブで燃やしてほかほかの焼き芋を作り、庭で育てた草花で、子どもたちと一緒にリース作りを楽しむ。クリスマスイブには奏さんが「ストーブの火を消さないと、サンタさん、煙突が熱くて入ってこられないかもしれない」と心配する。そんな話を聞くと、本当に絵本の世界のような「めでたし、めでたし」という幸せな暮らしを思い浮かべるかもしれない。だけど、もちろん、現実は楽しいことだけではない。

仕事の長期出張で、啓介さんが家を空けることもある。そんなときに子どもたちが熱を出したり、体調を崩したりしてしまったら、香織さんは孤軍奮闘、本当に大変だ。近くに住んでいる啓介さんのご両親に助けてもらってなんとか乗り切るけれど、不安で泣きたくなる夜も、イライラしてしまうときだってある。

そういう「かっこよくない」本音は、誰だって隠しておきたい。私自身だってそうだ。SNSに載せる写真は、家の中の「奇跡的に片付いた一画」を背景にするし、仕事のストレスで子どもに八つ当たりしてしまったことは、できれば友達にも内緒にしたい。

今回の取材をお願いしたとき、香織さんは「いいところだけじゃなくて、私の本音をお話したいです」と言ってくれた。啓介さんと香織さんが作り上げた庭はため息がもれるほど見事だし、インテリアもそのまま雑誌の特集を組めそうなくらい素敵だ。でも、それだけじゃなく、悩んでいること、迷っていることもふくめ、本当の気持ちを伝えたい。

「私が自分をさらけ出すことで、『実は私も同じ気持ちだった』というお母さんたちも本音を話せて、楽になるかもしれないから」

家族には、あたたかい春だけじゃなく、ときには冬のようにきびしい時期もある。そのことを知っている啓介さんと香織さんのまなざしは、強くてやさしい。家族みんなが自然体だから、この家を訪れる人も、つい童心に返る。子どものころ好きだったことを思い出す、ずっとやりたかったことと素直に向き合いたくなる力が、「カントリーログ」にはあるみたいだ。

家全体を大きな森みたいにしたい

取材の終わりに、カントリーログでこれからやってみたいことを、啓介さんと香織さんに聞いてみた。家の周りにはすでにいくつも薪小屋があるけれど、啓介さんはさらに薪小屋を増設したい。そうすれば、自分が留守の間も、家族が暖かく過ごせる量の薪をストックできるから。さらに、趣味のバイクを入れる小屋も建てたいという。松井邸は、この先もずっと未完成のまま、家族の成長に合わせてどんどん形を変えていくのかもしれない。

香織さんは、「いろんな木をいっぱい植えて、家全体を大きな森みたいにしたいんです」と三角の長折れ屋根を見上げた。このあたりはもともと自然豊かで眺めのいい土地だけれど、啓介さんと香織さんのまなざしは、もっと先の未来をとらえている。「自然の中での暮らし」は、待っていたら誰かが叶えてくれる夢じゃない。木を植えて、畑を耕し、かなづちをふるって、自分の手で育てていくことができるものなんだ。

おじいさん、おばあさんから受け継いだこの土地にカントリーログが根を下ろし、家族の毎日を包み込みながら空へ向かって伸びていくところが見えるような気がして、香織さんと一緒に天をあおいだ。庭のほうから、奏さんと環さんの笑い声が聞こえてくる。雲が切れて、明るい光が松井さんの家を照らした。

文:高橋三保子(言編み人)

写真:藤原翼(instagram)/ 町田直哉

問:BESS
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不便さも尊い。古いものたちの心が宿る家【「感じる」暮らし Vol.1】

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