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笑顔が灯るランプの山小屋『船窪小屋』のおいしい山ごはん/北アルプス・七倉岳
「お父さんお母さんを懐かしんで来るお客さんたちを大事にしながら、だんだんと若いお客さんにも泊まってもらえるように、頑張っています」
管理人の塩川さんは語りました。
高瀬渓谷の奥深く、北アルプス・七倉岳(2,509m)の山頂直下に小さな山小屋があります。
ある人は、その小屋を“天上のレストラン”と称し、またある人は“山のお母さんの家”と親しみを込めて呼びます。そこには、どんなメニューが待っているのでしょうか。
![船窪小屋管理人の塩川真武(まなぶ)さん(右)と小屋番の向井さん](https://hyakkei.me/wp-content/uploads/2020/09/1a4604c84fbe0a2a7aeb3e750062b39b.jpg)
がんばって登り切った人だけが味わえる
「カンカンカーーン」
急登に次ぐ急登、
降りしきる雨、
滑る丸太梯子、
眼前を襲うアブ…
7時間(コースタイムは6時間)の過酷なトレイルを経て、ふらつきながら小屋の前庭に足を踏み入れた瞬間、高らかな鐘の音が聴こえてきました。間髪入れず、「お疲れさまでした〜」と、小屋番さんが差し出してくれたのは、温かいお茶。
まさに、地獄の先に、天国を見た気がしました。
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船窪小屋は、定員36名のこじんまりとした小屋。電気が通っていない“ランプの山小屋”です。
![七倉岳山頂からの船窪小屋(提供写真)](https://hyakkei.me/wp-content/uploads/2020/09/e0728e65b9f12f53247b372737a495c0.jpg)
我々が到着したのは16時半ごろ。厨房では、既に1回目の夕食の準備が大詰めに差し掛かっていました。
驚いたのは、その品数の多さ。調理・盛り付け・配膳へと3人のスタッフの見事なチームワークに見とれていると、間もなく夕食の時間になりました。
お客さん全員が席に着くのを待って、塩川さんがメニューの説明を始めます。
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![メインディッシュは山菜の天ぷら(この日はアザミ、シラネ人参、ダケワラビ)](https://hyakkei.me/wp-content/uploads/2020/09/4c6347d790b8271727fe4ff0c8033166.jpg)
こだわりの食事は、まずお米。紫米と一緒に炊いたごはんは白馬産で、もちもちとした食感。噛むほどに甘さが感じられます。
![](https://hyakkei.me/wp-content/uploads/2020/09/467f091c5884356bfa82564e985b7186.jpg)
メインディッシュの天ぷらは、朝採りの新鮮な山菜が揚げられています。汁物は、お味噌汁ではなく、ビーフシチューというのも粋です。
「ごはんとビーフシチューはおかわり自由ですので、たくさんお召し上がりください」
締めくくりの一言に歓声が上がったところで、和やかに食事がスタートしました。
一品一品に愛情が感じられる料理のお味は、言うまでもありません。
2杯目のビーフシチューを完食する頃には、ハードな登山の疲れも、どこかへ吹き飛んでしまったような気がしました。
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それにしても、電気がなく、物資も行き届かないはずの山小屋で、こんなに豪華な夕食が用意されているなんて。船窪小屋のお料理にはどんな物語が隠されているのでしょうか。
“おばあちゃんの家”のような山小屋
船窪小屋の設立は、1954年。前オーナーの松沢寿子(としこ)さんが、雪崩で亡くなった実父・福島宗市さんの遺産となった小屋を継ぎ、後に結婚した松沢宗洋さんとともに60年以上の歴史を紡いできました。
![初期の船窪小屋は、現在のテン場付近に建てられていた](https://hyakkei.me/wp-content/uploads/2020/09/03b25fb4a5063fccb7c110125cf17cda.jpg)
とにかく山が好きで、人柄のよい松沢夫妻は“お父さん・お母さん”と慕われ、二人に会いたいからこの小屋に来るというお客さんが大勢いました。
![前オーナー夫妻の松沢宗洋さん・寿子さん](https://hyakkei.me/wp-content/uploads/2020/09/0c324d08ef51e75276a237e34e64a3e5.jpg)
現在、管理人を担っている塩川さんもそんなお客さんの一人。
「初めてここへ来た時は、囲炉裏を囲んで常連さんたちがくつろいでいて、田舎のお婆ちゃんの家に紛れ込んだような雰囲気でした。“こんなところがあるんだ”と衝撃を受けましたね」
![日が暮れれば、灯りはランプだけ。](https://hyakkei.me/wp-content/uploads/2020/09/cb2853afad364e93198a72348b2285ce.jpg)
その家庭的な雰囲気と、お母さんの気持ちのいいおもてなしにすっかり魅了された塩川さんは、大阪から毎年のように通うようになりました。
![塩川さんが何度見ても感動するという船窪小屋からの朝日](https://hyakkei.me/wp-content/uploads/2020/09/d21c340616ae3919088e4d1d365694ab.jpg)
その後、高齢になり、身体が不自由になってきたお母さんをみんなで手伝おうと、常連客の間でボランティアの会が立ち上げられると、塩川さんもそのメンバーに仲間入り。
お母さんから「ありがとうね~、助かるわ~」と言われる度に必要とされている喜びを感じたと言います。
![](https://hyakkei.me/wp-content/uploads/2020/09/fba23e88e2d967f97163d7c338de6c23.jpg)
ご夫婦が80歳を超えた2016年、オーナーは息子の松沢宗志さんに代替わり。船窪小屋は、塩川さんと2名のアルバイトスタッフ(2019年8月現在)で運営するようになりました。
![窓の外には北アルプス表銀座の山並みが覗く](https://hyakkei.me/wp-content/uploads/2020/09/46c683e04915f930d62ee3f0910a2515.jpg)
笑顔とおもてなしの心を受け継いで
こうして、新たな時代を迎えた船窪小屋。味噌汁替わりのビーフシチューなど、現オーナー夫妻が考案した新しいメニューを取り入れつつ、メインディッシュの天ぷらを始め、“お母さんの味”も大事に受け継いでいます。
![](https://hyakkei.me/wp-content/uploads/2020/09/f1cc3ebd41a3ef2e177b74a896f73f30.jpg)
毎朝、水場周辺の環境保全を兼ねて採ってくる山菜は、“欲張らず、その日の人数分だけ採る”ことも、お母さんから教えてもらいました。
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![お母さんのお漬物は現役選手。お母さんと塩川さんはたまに電話でやり取りしているそう。](https://hyakkei.me/wp-content/uploads/2020/09/27212d60d676e34806dd6f8621e28425.jpg)
「3人だけでやるのは、大変じゃないですか?」という野暮な質問に、塩川さんは、きっぱりと答えました。
「ここには我々3人しかいませんが、下でいろいろと準備をしてくれる人たちがいて初めてやっていけているので、“3人だけ”という意識はありません」
“下”とは、松沢オーナーが経営している白馬ベルグハウスのこと。実際、我々が下山する日には、白馬のスタッフが用意した食材などを船窪小屋のスタッフが登山口まで受け取りに行くというシーンに出会いました。
![夕食後の“お茶会”も、お母さん時代から続く習慣。お客さん同士が交流できる貴重な時間。](https://hyakkei.me/wp-content/uploads/2020/09/f49167281a6b0677bad5993f18fdb57d.jpg)
「お客さまが、料理を残さず食べてくれて、おいしかったよと言ってもらえるのが何よりうれしくて、その声を聞くと、がんばってよかったなと思います。」
そう話す小屋番の向井さんも、もとはお母さんのファンの一人。管理人として頑張っている塩川さんを支えようと、なんと会社に1ヶ月の休暇を願い出て、繁忙期の小屋を手伝っているそうです。
かつて自分がしてもらったおもてなしを、今度は自分たちがお客さんにしてあげたい。お母さんへの感謝と船窪小屋への深い愛情を持って働いている人がいるからこそ、小屋の雰囲気はこんなにも温かく、そのごはんはおいしいのだと、感じました。
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お母さんの笑顔が、小屋で働く人たちの笑顔へ、そして、お客さんの笑顔へとつながっている船窪小屋。
笑顔がこだまする天上のレストランへ、あなたも出かけてみませんか?
道中のしんどさを補って余りあるよろこびが、そこに待っています。
<住所>
長野県北安曇郡小谷村大字千国乙12840−1
<TEL>
080-7893-7518(直通電話:営業期間中のみ)
0261-83-2014(白馬ベルグハウス)
https://funakubogoya.net
<宿泊概要>
参考価格:
【1泊2食付】¥9,500
【素泊まり】¥6,500
*カード利用 不可
定員・収容人数:36人
テント設営数:10
営業期間: 7月1日~10月の連休最終日
( 写真:臼井亮哉)
![](https://hyakkei.me/wp-content/uploads/2020/11/0401c763c027ff4b96dbe6d72a7a8e5c.jpg)
信州を拠点に山と暮らす人々のなりわいと温もりを伝えます。
野鳥好きな両親の影響で、幼い頃から奥多摩や秩父の野山で遊び、大学時代は、北アルプスの山々を眺められる松本市で、山登りの楽しみを覚える。出版社、編集プロダクション、観光協会勤務などを経て、ライター・編集業を生業に。
現在は、長野市戸隠在住。二児の母として、今後は親子で登山が楽しみ。