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「山小屋のようなゲストハウスにしたい」南アルプスの麓にある風通しの良い宿『赤石商店』

28歳で「地元にゲストハウスを作る」と決意した夫婦の想い

中央道・伊那ICを下りて、車で走ること20分。南アルプスの山々に囲まれた田畑のなかに、『赤石商店』はありました。ごらんの通り、外見は立派な古民家。辺りの風景になじんでいて、看板がなかったら、つい素通りしてしまいそうなほどです。

「もともとこの一軒家は、わたしのおばあちゃん家でした。ここで何かおもしろいことができないかなって思ったのが、赤石商店をはじめたそもそものキッカケです」と話すのは、埋橋幸希(うずはしさき)さん。赤石商店は、幸希さんとご主人の智徳(としのり)さんの夫婦ふたりで営んでいます。

お話をうかがった埋橋幸希さんと、智徳さん。そして、愛らしい拓次君

お話をうかがった埋橋幸希さんと、智徳さん。そして、愛らしい拓次君

28歳で空き家になっていたおばあちゃん家をゲストハウスにしようと決意し、30歳で東京から故郷にUターン。そこからコツコツと作業を重ね、2016年3月、おふたりが31歳のときに赤石商店をオープンしました。
20代後半なんて、まだまだ遊び盛り。10年以上住んだ東京を離れ、仕事も辞め、生活環境をがらりと変えて新しい道を選ぶという覚悟は、そう簡単にできるものではないはず。ふたりを突き動かしたものは、一体なんだったのでしょうか。

「専門学校に進学後、わたしにはやりたいことがなかなか見つからなかったのですが、「東京に出なさい」という父親のアドバイスもあり、なんとなく東京に上京して就職しました。10年くらい東京暮らしを続けて30歳を目前にしたとき、ここでの暮らしは楽しいし、思い出にも経験にもなる。けれど、自分のなかに残るものはあるんだろうか? この先の自分の人生、東京にいていいのだろうか? という疑問が沸々と湧いてきたんです」

そんな悩みを抱えている最中、旅行で訪れた沖縄。そこではじめてゲストハウスに泊まった幸希さんは、「こういう生活もあるんだ」と、新たな発見をしたといいます。そのときはゲストハウスにピンと来なかったそうですが、沖縄から東京に戻ったあと、自分の性格や得意とすること、続けられそうなことを真剣に考えた末、いきついたのが「宿」でした。
そこから幸希さんは、宿を営むために必要不可欠な料理を猛勉強。2年間料理店でのアルバイトを掛け持ちし、経験を積んでいったそうです。

家のなかには、旅好き、山好きを連想させるアイテムがちらほら

家のなかには、旅好き、山好きを連想させるアイテムがちらほら

食堂とシネマスタジオも営業。一風変わった、古民家ゲストハウスの誕生秘話

東京で暮らし、料理店で働きながら、空き家になってしまっていたおばあちゃん家に通うようになった幸希さん。そのあと完全移住し、東京で交流のあったデザイナーさんにアドバイスをもらいつつ、解体作業から天井や床などの張り替えなどは自らの手でコツコツとリノベ―ション。大掛かりな作業だけ地元の大工さんらに協力を依頼し、半年かけてゲストハウスにしていったといいます。

ドミトリーの様子。無垢で仕立てた二段ベッドは快眠できそう。個室とキャンプサイトもあり

ドミトリーの様子。無垢で仕立てた二段ベッドは快眠できそう。個室とキャンプサイトもあり

水回りも明るくキレイです

水回りも明るくキレイです

「技術面では床張りが大変でしたが、全体的な作業で考えると、住宅を簡易宿所にするための手続きがいちばん苦労しましたね。大工さんや水道屋さんの手配をはじめ、用途変更の確認申請など、一般民家を宿にするのはこんなにも書類提出が必要なのかって。でも、今振り返ってみると、それもいい経験になったなって思っています」。

幅広い用途で使えるようにこだわったという、リビング兼食堂スペース。ここにアーティストを招き、ライブ演奏会を開くこともあるそうです。

そして、赤石商店がちょっと変わっているところは、食堂(シェアキッチン)と、シネマスタジオの存在。

「山に登る人、ツーリングの人、観光の人、ビジネスで訪れる人。そういった人たちだけではなく、地元の人にも来てほしいという想いが強くあって。でも、宿泊だけだと地元の人にとっては需要がない。そこで、ランチ営業をはじめました。これからお店を持ちたいと思っている人にここのキッチンをシェアして、出店してもらっているんです。曜日によって出てくる料理やお店の雰囲気がガラッと変わるので、地元の人たちにも気軽に立ち寄ってもらえたら嬉しいな、と」

取材時に出店していたのは『にわとり食堂』さん。キーマカレーがめちゃくちゃ美味でした

取材時に出店していたのは『にわとり食堂』さん。キーマカレーがめちゃくちゃ美味でした

食堂をシェアして、ランチ営業をするという活動もなかなかおもしろいスタイルですが、シネマスタジオも赤石商店ならではの取り組み。

「蔵は壁が厚くて防音効果があるので、音楽スタジオやDJブースとして使えたらといいな~と思って蔵を改修していたんです。そんなとき、たまたま泊まりに来てくださった映画監督の方が、この蔵を見て「映画も上映できそうですね」って。それがきっかけで、シネマスタジオとしても使えるように手を加えていきました」

蔵のなかはひんやり。天井も高く、まるで秘密基地のような雰囲気

蔵のなかはひんやり。天井も高く、まるで秘密基地のような雰囲気

「ここで自主上映会を行ったり、DVDを持参してプライベート映画館として使ってもらったり。ときには、スタジオとして楽器やDJの練習場にしてもいいし、ワークショップやギャラリーとしても使えるんじゃないかなと思っています。田舎でカントリー調のテイストにしても田舎の人は反応しないし、かといって、コンクリート調のおしゃれな空間は、東京から来た人は見慣れているからおもしろくない。地元の人、東京から来た人、どちらにも非日常で過ごしてもらうにはどうしたらいいのか。その想いはずっと頭のなかにあります」

かつてタワーレコードに勤務していた経歴もある智徳さんは、大の音楽好きでもある

かつてタワーレコードに勤務していた経歴もある智徳さんは、大の音楽好きでもある

作品の上映権を買い、不定期で上映会を開催。次回は5月中旬に上映予定とのこと

作品の上映権を買い、不定期で上映会を開催。次回は5月中旬に上映予定とのこと

参考にしたのは、「山小屋の主人と、登山者の距離感」

東京住まいの頃から、登山に夢中だった智徳さん。あるとき泊まった山小屋での体験からヒントを得たといいます。

「以前、山小屋に泊まったとき、山小屋の主人と登山者の距離感がすごくいいなって思ったんです。基本的には、登山者に干渉せず、わりとほったらかしというか。でも、聞きたいことがあれば親身になって答えてくれる。そのつかず離れずの距離感がとても素敵だなって」

北岳に登ったときの様子(提供:智徳さん)

北岳に登ったときの様子(提供:智徳さん)

ゲストハウスのすぐ裏手には、広々としたキャンプサイトも。

「なかには、バイクパッキングで東京から京都へ向かっているという海外からのお客さんもいて。キャンプ場まで行くと遠回りになってしまったり、かといって橋の下だと宿泊がだめだったり、怖かったりもする。なので、トイレがあって、安全にテントを張れる場所があったらいいなと思い、キャンプサイトを作りました」。

山々の眺望がいいこのテント場は、山好き、旅好きにとってはなによりの特等席。それに、街中でテントを張れる場所というのも、これまた貴重な存在。これは、自身も山や旅を楽しむ智徳さんだからこその配慮かもしれません。

今後は、「蔵の隣にある倉庫を改装して、本屋や作家さんのギャラリースペースにする夢もある」と話し、これからもより一層、様々な人が交流できる場所になるであろう『赤石商店』。その屋号から、なんとなく古めかしいイメージが先行してしまったのですが、訪れてみるとそんなことはなく、古いものと新しいものが、それぞれの役割を果たすなかで素敵に融合している、そんな空間でした。

* * *

登山基地として泊まるもよし、おいしいランチで胃袋を満たすのもよし、自分だけの映画を上映するもよし。
とにかく居心地がいいので、南アルプスに登る予定のある人、のんびりとした時間を過ごしたい人は、ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか?(といいつつ、じつは自分だけのとっておきの場所にしておきたい気もするんですけどね)。

『赤石商店』

<住所>
長野県伊那市東春近22-5

<受付時間>
チェックイン16:00〜22:00、チェックアウト10:00 ※時間外についても相談可

<宿泊料金>
・個室(8畳)/大人4500円ほか
・ドミトリー(男女混合6床・女性専用4床)/大人3500円ほか
・キャンプ/大人1500円ほか

<設備>
無線LAN、ロッカー、キッチン、洗濯機、乾燥機、冷蔵庫、電子レンジ、シャワーユニット、自転車スタンド(500円/1日)など

<ウェブサイト>
http://akaishi-shouten.com

(写真:茂田羽生)

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