3月に入ると、雪深い乗鞍高原でも陽ざしにどこか春の気配を感じられる。雪が降った後、日差しに恵まれた休日は、ハイキングが気分だ。スキーやスノーボードでバックカントリーを滑るのもいいけれど、スノーシューなら装備も手軽でスキルもいらず、夏にハイキングに行く感覚で冬の風景を楽しめるから仲間を募りやすい。

スノーシュー散策の醍醐味は、何と言っても夏には入れない場所へもアクセスできること。沢筋や地形にさえ気をつけておけば、たと例えば凍った水面や、深い笹薮の上、雪あるところすべてマイ・トレイル。寄り道も回り道もショートカットも気の向くまま。夏の山歩きに比べると信じられないくらい自由度が高くなる。サラサラのパウダースノーの上を歩き回れる機動力こそ、スノーシューの醍醐味。誰も踏み入っていないノートラックの雪原に踏み跡をつけるのが快感なのだ。

 グリーンシーズンのMTBからスノーシーズンの雪板まで、長野における私の “ホーム”ともいうべきスポットに、伊那のバイク&アウトドアショップCLAMPがある。たまたま立ち寄った際、CLAMP内で活動するアウトドア女子部が乗鞍高原へスノーシューハイキングに行くというので同行させてもらった。

 乗鞍高原が位置するのは標高1,400〜1,800mの高原地帯。一の瀬園地や氷瀑、シラビソの原生林にシラカバやダケカンバ、ブナやミズナラの樹林帯、バリエーション豊かな地形は雪と氷に閉ざされ、クロカンやネイチャースキー、スノーシューに格好のバックカントリーフィールドが広がっている。

CLAMPアウトドア女子部は、ここをスノーシューで散策しながらランチをしたり、ハンモックを張って雪上のコーヒーブレイクを楽しんだり、ビギナーに向けてゆるりとしたアウトドア遊びを提案しているんだとか。
今日は乗鞍高原でも最上部に位置する休暇村から出発し、牛留池を歩いて善五郎の滝、滝見台を巡るおよそ5kmのショートコース散策へ。

 歩く・立ち止まるという行動を繰り返すスノーシューでは、お腹が減る前にエネルギーを補給する、喉が乾く前に水分をチャージするという、山での原則が大切になる。というわけで、お腹が空く前にランチタイム。腰掛ける時は雪面から上がってくる寒さをシャットアウトすべく、スノーシューの上にザックを敷くのが雪上休憩時のポイント。

アウトドア女子部のガイド役、CLAMPスタッフの武村由紀子さんが用意してくれたのは、ボリュームのあるサンドイッチとコーヒー、ホットドリンク用の白湯を人数分。そのほか、参加メンバーがお手製のキャロットケーキや生チョコレートなど自慢のスイーツを持参する。
 私が提供したのは、食後酒として楽しめる「シャルトリューズ ヴェール」。鮮やかな緑色のリキュールだ。

  「シャルトリューズ ヴェール」はブランデーをベースにしたリキュールである。セイヨウトウキ、シナモン、ナツメグなどのハーブやスパイスをブランデーに浸漬、蒸留させたのちオーク樽で熟成させている。シャルトリューズが生まれたのは、今から300年近くも昔、1746年のこと。フランス東南部、スイスやイタリアの国境にほど近いグルノーブルの山の中にあるラ・グランド・シャルトリューズ修道院の修道士の手により完成した。

 そもそものオリジナルレシピは1600年代初頭、フランス王アンリ4世の軍司令官より同修道会支部に寄進された古文書に「不老不死の霊薬(エリクサー)」として記載されていたという。が、16世紀の錬金術師が書いたとされるレシピは難解で複雑すぎたうえ、材料である130種もの植物を集めることができず、長い間お蔵入りになっていた。その後、150年という月日を経てようやくレシピの一部が解き明かされ、緑色の薬草酒が完成する。それは滋養強壮効果に優れており、修道士や近隣の村人たちの薬として重宝された。

 18世紀になると錬金術師の製法が完全に解き明かされ、実用化に向けた新レシピが発表される。これは味わいがよかったため、薬というよりも飲み物として評判になり、グルノーブルの山を越えて国中にその存在が知れ渡るようになる(ちなみにこの原初の薬草酒も「エリクシル・ヴェジェタル」として復刻されている)。19世紀に入って生産体制が整うと、食後酒として上流階級にも愛された。現在は修道院に近いヴォアロンの森の中の蒸留所で造られているが、原料である薬草の配合や製法はいまもって門外不出。製造は二人の修道士だけに委ねられ、蒸留所への立ち入りも厳しく制限されている。

 シャルトリューズの中でも「ヴェール(フランス語で“緑”の意)」と呼ばれるこのリキュールは、アルコール度数55度。ミントやアニスを思わせる苦味を含んだハーブの香りと、スパイシーな甘み、清涼感のある後味のハーモニーがユニークだ。バーではトニックで割る、もしくはシャルトリューズ1:ジン2の割合でシェイクする「グリーンアラスカ」というカクテルが一般的だが、アウトドアで楽しむのならシンプルな飲み方がいい。ティースプーン一杯をそのまま舐めてもよし、グラスにお湯を注いでほんの少量を垂らすホットシャルトリューズでも。じっくりと香り、味わいを楽しめる。

  個人的には、このリキュールは春のはじめによく合うと実感する。新緑の季節よりもっと前、陽の光が次第に暖かさを増し、雪が溶け始め、その下で萌黄色の山菜が出番を待ち構えている、そんな時期だ。内臓から身体がじんわりと温まり、ハーブの香りで頭の奥がスッキリとするから、風の匂いや温度、陽がかげるスピード……、自然が送ってくれる何気ないサインをより深く読み取れそうな心持ちに。

  お腹が満ちたら、再びしんと静まり返った雪原に戻る。そこには夏とは全く別のフィールドが広がっていて、雪面にダイブしたり、交代でラッセルをしたり、童心に返ってパウダースノーを満喫する。雪上には狐や野うさぎなど野生動物がつけた足跡が。雪面に深く潜りこんだ二本爪はシカの、右足と左足の跡が微妙にずれているテン、尻尾を引きずった跡があるのはねずみなどの齧歯類。雪面に残された手がかりからこれは誰の足跡?なんて、子どものようにアニマルトラッキングをするのも楽しい。

 アイスクライマーにはおなじみの善五郎の滝が現れたらハイキングももう終盤。「春の気配が感じられる」なんて言っても、氷の彫刻のような滝の流れはまだまだ冬そのもの。スノーシューと最高のリキュールを携えて出かけるハイキングでは、雪のあるシーズン限定の、とびきりの風景が待っている。

倉石 綾子

お酒があれば、山行はもっと楽しくなる!

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この記事を書いた人

倉石 綾子

フリーライター。旅、お酒、アウトドアを主軸にした記事を雑誌やウェブメディアで執筆する。飲み友だちと共に、アウトドア×日本の四季×極上の酒をコンセプトに掲げる酒呑みユニット、SOTONOMOを主宰。現在の遊びは夏場のトレッキングとマウンテンバイク。冬はバックカントリースノーボードと最近始めた雪板、少しだけ雪山登山も。

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