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  • 登山好きが贈る、登山の体験レポートです。日本、そして世界の山々にはたくさんの魅力にあふれています。春夏秋冬、その時々で異なる顔を見せてくれる素敵な山がたくさんあります。まさに百景。.HYAKKEIでは、そんな山に実際に登り、五感で楽しんだ自然体験記をお届けします。きっと山に登りたくなりますよ!

黒部源流の秘境に一番近い道、幻の伊藤新道 [後編]再開通への第一歩、そしてこれから

湯俣から三俣を繋ぎ、黒部源流の秘境・雲ノ平へと至る最短のルートでありながら、現在は廃道となってしまった伊藤新道。2022年の再開通を目前に、前回に続き、実際に歩いて橋の工事の様子に密着しその魅力に迫ります。

そして湯俣の2つの山小屋・晴嵐荘と湯俣山荘、そして麓の三俣山荘図書室での取材を通して、伊藤新道と湯俣のこれからについてお伺いしてきました。

2日目、完成間近に迫る橋

翌朝、湯俣から歩いて再び現場の第1吊り橋跡に到着。本日もここから工事が始まります。

昨日と様子が違うのは、川の流れに交じって聞こえる元気な声。圭さんと一緒に工事を見守る、長男のこうやくんです。

その傍らを、奥様のあつこさんと長女かやちゃんがガイドの水谷さんと一緒に先へ登って行きます。

伊藤新道を登り、三俣山荘のお仕事に戻られるとのこと。楽しそうな笑顔に、現場も明るくなります。

工事が始まりました。昨日張ったワイヤーを金具で固定し、その上に足場となる床板を設置していきます。

歩荷で床板の重さを体感していたので、こんな不安定な場所でバランスを取りながら作業をするのがどんなに難しいことかはすぐに想像が付きます・・・(もちろん、到底私にはできません)。

伊藤新道に架かる大きな橋のほんの一部ですが、少しでも出来ることを、とお手伝いをさせていただきました。硫黄の成分から鉄を守るため、橋の材料に特殊な塗料を塗っています。

工事が順調に進んだところで、今日は二手に分かれます。

来年橋を架ける予定の第三吊り橋跡の下見に同行させていただくことに。職人さんと一緒に、伊藤新道を登ります。

第一吊り橋跡から先は本格的な沢歩きとなるため、沢の経験やガイドの同行が必要とのこと。

ガイドや歩荷のプロ、マウンテンワークスの代表・三苫さんと、三俣山荘の皆さんに案内していただき、先へと進んでいきます。

渡渉、絶景、また渡渉

第一吊り橋跡を出発すると早速現れたのは、ガンダム岩と呼ばれる大岩。少し怖いですが、水面ギリギリで下をくぐり通過します。

水量の多さによっては通れる場所が変わってくるとのことですが、伊藤新道が開通する時には水量に関わらず歩けるよう、タラップを設置する予定とのこと。

余談ですが岩の名前の由来を尋ねると「飲んでる時に思いつきで名付けました」とのこと。確かに頭の部分に見えなくもない・・・かな?

適所を見つけては渡渉を何度も繰り返します。

この日の湯俣川の水量は少ないとのことでしたが、それでも深いところではひざ下程度の渡渉。流れが早いところでは、水流に足を取られないよう一歩一歩慎重に足を進めます。

時には激流のすぐ上をへつる箇所も。

つい足元ばかりに気を取られがちですが、陽が差しこみ始める時間帯の渓谷の景色は、山のそれとはまた違った神秘的な美しさが感じられます。

振り返ると青空に白い稜線を描く、北アルプスの女王・燕岳。

目線を落とすと、足元が透けて見えるほど綺麗な湯俣ブルー。

こんな素晴らしい道が廃道のままだなんて、ここを歩けば誰もが勿体ないと思うはず!

第三吊り橋跡に到着。

ここの橋は40年以上前に、鉄砲水や流木などによって流されてしまったとのこと。

岩壁には ”引き返す勇気を 雨天の時” というメッセージが。

川幅が狭く流れが急なこの箇所、増水時の渡渉はとても困難になりそうです。

激流のなか、ここまでなんと社長自ら下見に来られました。

現場を見れば、橋の構想が出来るのこと。長年の経験が活かされる、まさにベテランの仕事です。

帰りももちろん、渡渉の連続。

やっとひと息ついた頃、お昼ご飯を食べながら「橋がかかれば、何人もの人が怪我しないで安全に渡れるねぇ」と一人の職人さんが呟くのが聞こえました。

登山道というものは、たくさんの人の想いで出来ている。

当たり前のようで今まで気づかなかかったことを、私はここへ来て実感しました。


いよいよ完成を迎える、新しい橋

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正午過ぎ、下見を終えて第1吊り橋跡に戻ると、昨日まで何もなかったその谷には、もう遠目で見ても立派な橋が架かっていました。

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一連の工事は無事に終了したとのことで、職人さんたちが最終調整を行っています。

それは今まで見たことのないような、橋の構造そのものといった、無駄のないシンプルながらも綺麗な吊り橋。

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調整を終えて、1番にこの橋を渡るのはもちろんこのプロジェクトを進めてきた圭さんです。

「親父に一番見せたいですね。親父が一番望んでいたことだったから」と話す圭さん。

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長年親子一緒に夢見てきた、完成したばかりの橋。一歩一歩踏みしめながら渡るその表情には、笑顔がこぼれています。

「いつもは文句しか言わない親父だったけど、この橋を見たらよくやったって言ってくれるはず」

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皆がそれぞれの思いを胸に橋を渡る。さっそく私も出来たばかりの橋を渡らせていただきました。

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肩幅ほどの細い一本道の床板。その上を歩くのは、今までの吊り橋のイメージを完全に覆しました(決して大袈裟ではないはず)。

どういう感じかは・・・ぜひ実際に渡っていただきたいな、と思います!

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足元の激流を床板の両端に覗きながら手元のワイヤーを頼りに歩く、これぞまさにアドベンチャー。

きっとこの冒険的な感覚こそが、来年新しく生まれ変わる伊藤新道の楽しみ方なのだと思いました。

これが文字通り最初の”第一歩” となる、新しい橋。

以前のように再び多くの登山者がここを訪れる日は、もうすぐそこです。

次ページでは、湯俣の山小屋のご紹介と伊藤新道のこれからについてお伺いします。

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