【田口ランディさんのプロフィール】
1959年東京生まれ。作家。人間の心の問題をテーマに幅広く執筆活動を展開。代表作に『コンセント』『アンテナ』『モザイク』。2001年に『できればムカつかずに生きたい』で第1回婦人公論文芸賞を受賞。その他の著作に『富士山』『被爆のマリア』『サンカラー』など多数。

アウトドア経験を経て敏感になる身体と感受性

春山:
20代の頃からランディさんの著作を読ませていただいています。
最近出版された『いのちのエール - 初女おかあさんから娘たちへ - 』やランディさんが娘さんに贈った言葉をまとめた『ありがとうがエンドレス』も拝読しました。心に残る素敵な本でした。

アウトドアでの体験を経て、食や暮らしをテーマにした最近の著作があるのかな、という印象を持っています。

最近は頻繁にはアウトドアに出かけてはらっしゃらないようですが、ランディさんの本を拝読すると、以前より増して自然を身近に感じていらっしゃるように感じるのですが、いかがでしょう。

田口:
よく空を見ます。普通の人よりも頻繁に空を見ていると思います。若い頃に一級船舶免許を取ったんですけど、海図と天気図の試験があって、気象学の勉強をしたので、天気図が読めるようになったんです。自然の中にいると、風とか天気の状況をよく気にするじゃないですか。ちょっとした山登りだって、山に行こうと思ったら、まず天気でしょ。

春山:
そうですね。

田口:
自分の生活習慣の中に、天気を気にする癖があるんですよね。
家から歩いて3分のところが海なんですけど、大潮とか今日の潮の具合はどうなのかな、ということはいつも気にしてます。大潮のときは海から聞こえてくる波の音が違うとか。風はどれくらいなんだろうとか。無自覚にいつもそれを気にしている感じなんです。

天気を気にするのがすごく楽しんですね。夜だと、庭に出て月を見たりしてます。若い頃、山に登って見た月とか、メキシコを旅していたときに見た月と似てるなーとか、そんなことを思いながら、月を見ています。

空が高い。高い、高い、高い。空の彼方から、また、何かあたたかい、やさしい、なつかしいものの気配を感じた。なにかとてつもなく大きいものに守られてる・・・。そんな気がした。
(出典: 田口ランディ『ひかりのあめふるしま屋久島』幻冬舎文庫 80頁

春山:
ランディさんは若い頃から、空を見るとか、自然への関心が強かったんでしょうか。

田口:
ぜんぜん!(笑)
自然とか大嫌いだったの、田舎育ちだから。
都会に行きたくて、おしゃれな都会の生活がしたくて東京に出てきましたしね。だから「自然なんか絶対イヤ!」みたいな(笑)。
身近に山があるものだから、山に登るとか考えもしないんですよ。その当時は日本が高度成長期だったから、イケイケどんどんみたいな感じだったしね。「アメリカみたいな生活がカッコイイ!」っていうのをすり込まれてきてるから。「アメリカ風な暮らしをしたい、世界で一番カッコイイのはニューヨーク!」そういう頭で東京に出ててくるわけです。
都会のマンションで風呂付きに住むというのがとにかく夢でした。26歳くらいの頃に自分で会社をつくって、バリバリ働いていたんですよ。

30歳くらいになったときに、自然に目覚めました。きっかけは夏に仲間と海水浴に行ったときでした。
海水浴って暇じゃない?海で宴会やって、バーベキューやって、陽を浴びて肌を焼いて、海に入ってジャブジャブ泳いで…。これ以外にやりようはないんだろうかって、思ったんです。あまりにもくだらなくて(笑)。

春山:
あはは。

海に来てはみたものの、私と海との間にあるこの大きな隔たりに、自分ながら愕然としてしまった。私は海に来て、やることがなく途方に暮れていた。思えば、海が好きだと言いながら、海に来てもただ酒を飲むばかりだった。海に入ることなどほとんどなかった。泳げないから海に入っても恐ろしいだけである。海のことは何も知らなかった。教えてくれる人もいなかったのだ。私の田舎は関東平野のど真ん中で、ひどく海から遠かった。
(出典:同上15頁)

田口:
海に来て他にやることはないのかなー、と。この海の、このちっぽけな海水浴場が生け簀みたいだなって思ったの。せっかく海へ来たのに、陸で肉とか焼いて食べてるだけで…。

本当にくだらない!バーベキューはもう飽き飽き。海がすぐそばにあるんだから、自分で魚を獲ったり、もっと生産的なことができないかなーと思ったわけ、パッと。その感じわかるかな?

春山:
はい。

田口:
海でバーベキューだけだと、暑いし、太るし。これっきゃないのー、っていう素朴な疑問だったね。

それで、あらためて海と向き合ってみると、海に来て何をやってるんだろう?海に来て何をやっていいかぜんぜんわかんない。あれー、みたいな感じになって。
海っていう存在ともっとお近づきになりたい!交際を申し込みたい!そんな気持ちになって、ダイビングのライセンスを取ったんです。

思えば、旅行で美しい自然の景色を前にしたときに、私はいつもイライラした。その景色は美しいけれど、自分と自然との間にあまりにも隔たりがあって、自然が私によそよそしいからだ。もっとダイレクトに自然を肌で感じたいのに、車窓や望遠鏡からまるで芸能人を崇めるみたいに覗き込むしかできなかった。これじゃあテレビを観るのとちっとも変わらない。よって私は自然などには目もくれず宴会をやって酒を飲む。つまんかいからだ。でも本当は自然に相手にされない自分にすねていたのだ。

そうか。私の人生に欠けていたのは、自然との触れ合いだったのだ。
(出典:同上17頁)

春山:
ダイビングがきっかけで、自然と関わるようになったのですね。

田口:
そう。潜ってしまえば海とお近づきになれるだろうと思ったわけです、単純に。
でね、ダイビングのライセンスを取りに行くんだけど、結構過酷でね。

私は伊豆の浮島でライセンスをとったんだけど、ライセンスを取るその日、天気が悪くて、ものすごく海が荒れてたんです。こんなコンディションが悪い中で、初めて潜るの?ドキドキドキドキ、みたいな。
そしたら、5mmのウェットスーツを着てたので、そのままでは沈まないから、インストラクターの人に、ウェイトを10kgくらい付けられて、ドーンと海底に落とされてさ。相手とエアーをやりとりしながら浮上するとか、緊急浮上の方法とか、いろいろな講習を受けて、本当に泣きそうになりました。とにかく天気が悪くって、海の中の視界もひどくて、味噌汁の中に入っているみたいでした。

春山:
あはは。

田口:
私よりも若いOLの女性2人組が一緒にライセンスを取りに来てたんだけど、エアーを与え合いながら、二人で緊急浮上するっていう講習のときに、パニックになって、エアーを相手に与えないんですよ。で、エアーの奪い合いになってて。本当に死にそうになってるのを見て、「あぁ、海の中は空気が吸えないから死ぬんだ」って実感しました。(笑)

まぁ、とにかくライセンスは取りました。でも「ダイビングは過酷でやだな」って思ったんです。そしたら友達が「あたたかい海に入ればダイビングの楽しさがわかるから沖縄に行こう!」って誘ってくれて。

今思うと、ライセンスを取った最初の頃に沖縄の座間味諸島に行ったのが良かったですね。天気の悪いときの伊豆と違って、別世界。座間味のサンゴ礁は本当にきれいでした。天国、浄土、極楽!?みたいな、そんな世界でした。

座間味のダイビングで、ちょっとカルチャーショックというか、世界観が変わりました。見えてない世界にこんな美しいものがあるんだ。エッー!みたいな。
それから自然っていうものにのめり込むようになったんです。もしかしたら私が知らないすごい世界がいっぱいあるのかも!と思うようになって、ダイビング三昧。ヨットも始めるし、シーカヤック、リバーカヌー、そして登山。アウトドアにのめりこむようになりました。

春山:
あらゆるアウトドアをご経験されてらっしゃるんですね。

田口:
はい。世界中のいろんなところへも行きました。印象に残っているのは、タスマニアのオーバーランドトレッキングです。タスマニアの国立公園の中にトレッキングコースがあって、4泊5日かけて歩くんです。ハードなんですけど、地球じゃない!っていうくらいの風景が広がっていて、氷河期の時代の地層や見たこともないような植物とかもあって。
夜中にキャンプをしてると、気配がするのでテントの外に出たら、ワラビーが30匹ほどピョンピョン跳び跳ねていたりもして、本当に楽しかったですね。

ギリシャのエーゲ海を回るヨットレースに出場したこともあります。

春山:
選手としてですか?

田口:
選手というか、ヨーロッパでいうヨットって、日本でいうマラソンみたいなものなんです。ギリシャの人たちやヨーロッパ在住の人たちが気軽に参加するんです。エーゲ海の島々をヨットで回りながら、着いた島々で宴会をして、レースを続けて行くという優雅なレースでした。すごい幸せな日々でした。

春山:
それはおいくつのときですか?

田口:
30代のときですね。

春山:
ということは、まだ作家としてご活躍される前の頃でしょうか。

田口:
そう。私は『コンセント』という小説でデビューするんですけど、38歳で子どもが生まれるんですよ。子どもができたっていうのが、マリンスポーツをやめる転換期になりました。
エーゲ海ヨットレースは子どもが1歳のときに行ったんだけど、子どもがすごい寂しがって…。やっぱり、これはまずい!と思いました。(笑)
で、子どもが生まれてから、山に移行しました。今住んでいる湯河原は、近くに箱根があるし、周りに山が多いから、自分の近所や手軽なところで自然を楽しもう!ってなりました。妊娠・出産がきっかけですね。

春山:
お子さんと一緒にマリンスポーツやアウトドアはされてらっしゃったのでしょうか。

田口:
はい。子どもをいろんなところへ連れて行きました。でも、あんまり連れて行き過ぎて、子どもがアウトドア嫌いになっちゃった!もうお腹いっぱい!みたいになっちゃって。(笑)

『ヤマケイジョイ』っていう雑誌の連載を始めたこともあって、40代から割と山にウェイトを移すようになりました。もともと屋久島にずっと通って、登山の経験は積んでいたので、山も好きでした。ただ、海の方がスリルがあるんで。

春山:
海と山では怖さの種類が全然違いますよね。

田口:
そうね、違う怖さだね。
で、山は好きなんだけど、登るのが苦手なんです。下りは結構得意なんですけど。登りがダメで…。もともと修験とか密教とかアニミズムとかに興味があったので、そういう山を中心に登るようになりました。

春山:
霊山とかご神体となっている山ですね。

田口:
そう。特にお神楽が好きなので、神楽が残っている山とかは大好きですね。

春山:
早池峰山とかですね。

田口:
そうそう。修験道に行ったりとか、聖地として崇められている出羽三山、湯殿山へ行ったりしました。あとは国東半島も好きですね。国東半島は本当に怪しい(笑)。

春山:
国東半島は異界の雰囲気がまだ残ってますよね。

田口:
国東半島では、頂上付近に岩座(いわくら)があったり、巨大なおチンチンみたいな石が置いてあったりとか、とても興味深いです。やっぱりそういうものを見たい。ストーンサークルとか大好き。目的がオカルトなんだね(笑)。

春山:
アニミズムというか。

田口:
そうね。そういうものに、昔から興味があったので。

「あの山は私の中に入る」

春山:
私にとって「山に登る」ことは、山を制覇するとか、所有するとかそんな感覚ではぜんぜんなくて、山とつながる感覚なんです。「山の存在が自分の命とつながる」と言えば伝わるでしょうか。

彫刻家の舟越桂さんが書かれていた文章にこんな一節があります。

あの山は、私の中に入る。そう思った日があった。

人は山ほどに大きな存在なのだという思いが、突然にやって来た。山を把握する人たちがいるのだろう。砂漠を捉える人や、水中を任された人もいる。スピードや42.195kmという距離、重さや傾斜、それらを把握するとは、人間とはなんと大きいのだろう。

人は、少なくとも人の想像力は、無限に拡がっているように思う。私は、山として人間をつくろうと思った。
(出典:舟越桂作品集『立ちつくす山(Mountain Standing Still)』40頁)

私が住んでる福岡市近郊だと、宝満山や脊振山が近くにあるんですが、その山の頂上から街を見下ろした経験があると、福岡の街中にいても街が立体的に見える感覚があります。広い世界の中での自分の立ち位置というか居場所が身体でわかる感覚です。その感覚は些細なことに思えるかもしれないけれど、暮らしている場所が立体的に見えるようになるだけで、世界観も生きていく馬力も違ってくると思っています。

 川の上に浮かんで、水鳥の視点で景色を見る。海中で魚の視点で海を見る。シーカヤックで波間から陸を見る。パラセーリングで鳥の視点で地上を見る。すると、ああ、私って今まで本当に1カ所からしか世界を見てこなかったんだなあって思う。
 自分の背の高さを超えた視点、自分が立てる場所でない視点、そいういう視点を経験できることってとても少ない。でも、違う視点で世界を見ると、なんだか第三の目が開く感じがする。脳を冷たい水にバシャッとつけて頭蓋骨に戻したような、そんな気分だ。
(出典:同上228頁)

田口:
私の場合、山に行ったら、まず食べ物を探しますね。海に行ってもそうだけど、そこで食べ物が取れるっていうことが、ものすごく幸せなことだと思うの。狩猟採集民族だったころの血が騒ぐ感じがするんです。で、食べ物が取れると、すごい得した気分になるのね。神様ありがとう、みたいな。

春山:
それは山菜に限らずでしょうか。

田口:
山菜に限らず何か食える物はないかと探してしまいますね。

どうして食い物を探したり、つかまえたりすることはこんなに心躍るのだろう。やはり、狩猟民族時代の太古の血が騒ぐからだろうか。
(出典:同上99頁)

阿仁マタギ。狩猟。人との出合いを通して自然の見方を学ぶ。

田口:
当然山の中のものって、食べられるかどうかっていうのは、その土地の人じゃないとわからないものもあるじゃないですか。

山に登るっていうことが、そんなに好きではないんですよ。登るの嫌いだし、疲れるし。でも山に住んでいる人や山で暮らしている人たちに何か教えてもらったりとかして、自分が知らなかったことを広げていく、っていうのが何より楽しい。たぶん私の登山における楽しみはそこなんだと思う。

前に秋田の阿仁(あに)っていうマタギの里に行きました。そこで、時橋さんというマタギに出会ったんです。阿仁マタギというのは、奥義があって、それが口伝で伝えられているそうなんです。時橋さんは、最後のマタギって言われている人で、「最後だったら話を聞いておかなきゃー」と思い、会いに行ったんです。

マタギの方と一緒に山に入って、特に何かあったわけではないんだけど、マタギの人たちの動きがとても静かだったのが印象的でした。動きに音がないの。音を立てない動き方なの。山の中ってとっても静かでしょ、特に雪があると、雪が音を吸いとっちゃうせいもあって。時橋さんは、雪の上を歩いていても、サクサクという音すら立ててなかったの。私なんかヤッケを着てたこともあって、ゴワゴワ、ガシャガシャ、ものすごい音を立てながら歩いちゃってました。どうやったら、あんなに静かに歩けるんだろうと思って。すごいなーって。

マタギの人たちは、動物を見つけるとか、動物の気配を感じるとか、めっちゃ早いんですよね。彼らから何かを直接に教わったというわけではないんだけれど、マタギの人たちと山に入って、彼らの身振りとか自然との向き合いかたを見ているだけで、学ぶものがありますね。

それは優れたヨットマンと一緒にヨットに乗ったときと似ているんだけど、相手の振る舞いからいろんなことを学ぶことができる。自然の中でやってることって、言語にうまく置き換えられないんですよ。自然環境は刻々と変わるし、その時その場でその人が何をやっているか、をちゃんと見ることが大事ですよね。自然に対する感受性が高い人と一緒にいると、すごく楽しいです。

春山:
わかります。その人を通して、その土地の自然が語りかけてくるというか、その土地の風土の特徴がよりわかってくるというか。

田口:
そうそう。その人を通して、その自然の世界がバーンっと開けてくるんですよね。それを自分の中に取り込むと、自分が別の場所にいったときに、そういう目で世界を見ることができて、世界を見る目の視線というか、フェーズっていうのかな、そういうのがどんどん増えていく。多層的に物事や自然を見ることができるようになっていく。もっと楽しくなっていく。

春山:
私の叔父は馬の蹄鉄打ちで、猟もやっているんです。今でも1年に1回は叔父と一緒に猟に行っています。叔父と猟に行くようになってから、獣道がわかるようになったし、ただの杉林にしか見えなかった場所に、実はイノシシがよく使っているヌタ場だったり、鹿が角を磨いた痕があるっていうのに気づくことができて…。叔父の視線を通して、野生動物の存在を感じることができるようになりました。

自然を深く見つめる人と一緒に自然に入ると、世界がグッと広がる。叔父は熊本の阿蘇に住んでいるんですけど、私にとって叔父は阿蘇そのもので、阿蘇の風土がそのまま叔父の中に入っている印象を持っています。土地に根付いた仕事をしているので、「風土を身体化」しているというか、風土を抱えて生きているというか。

屋久島に通い始めてからというもの、毎日の夢の中で「水」を感じることが逆に少なくなった。屋久島に行く以前、私はしょっちゅう「お風呂に入る」夢を見ていた。最近はめっきり夢でお風呂に入らなくなってしまった。
たぶん、屋久島という島が私の心の水辺として、いつも私の中に在るようになったからだと思う。あの、美しい島の水の冷たさ、心地よさ、おいしさ。それを私はいつだってありありと思い出すことができる。夢に見なくても、ただ静かにあの島について思い出せば、いつだって私は深い森の、清らかな流れの傍に立つことができるのだ。
(出典:同上167頁)

田口:
30代、40代の頃、私はそういう人たちに会ってすごいな、と思っていました。自分はまったくそういう人にはなれないな、って。なにしろ田舎もないし、都会暮らしも長いし、生半可な人間ですしね。自然は好きだけど、たまにそういう人たちに会って、話を聞いて楽しむ程度の人間なんだよな……って。浮ついていて、薄っぺらで、情けない。そういう気持ちをずっと持っていたんですよ。

でもね、人間って50代になってくると、それなりに「自然」になっていっちゃうんですよね。生きているだけで……。わからないなりに自然の中で経験を積んでいくと、モノを見る目も自ずと変わってきて、自然の中に馴染んでいくわけですよ。

しみじみと月を見るとか、天気をいつも気にしてるとか。そういう生活が根付いてきて、そこに心地よさを感じる。歳をとってきて、自ずとそういうふうになってきたんですね。
若いうちからちょっとずつでも、自然に接してきてよかったなって思ってます。ミーハーで自然好き!とか言って、軽いな私って、そう思っていたけど、いいんじゃないかと思う。軽かろうが、ディープたろうが、自然と接することができていれば。

山や海など自然の中での経験はどれもかけがえのないものです。素敵な案内役の人がいると、なおのこといいよね。若い人たちに向けて、私もよき案内人になりたいと思う。だから、『ひかりのあめふるしま屋久島』の本を書いたりしたんだけど。

春山:
はい、印象に残る素敵な本でした。

山と文化、その両方を経験することで見えてくる日本の風土の豊かさ

田口:
去年(2015年)は早池峰山に行きました。早池峰山は、高山植物がきれいなんです。ハヤチネウスユキソウっていう、固有種のエーデルワイスが生息してるんですよ。うっすらと雪を被ったような、産毛が生えている高山植物で、とってもきれいなんです。

その早池峰山の頂上に祀られているのが十一面観音で、そこに奉納するのが早池峰神楽なんです。毎年山開きには、早池峰山の麓に住んでいる神楽衆がいろいろなものを背負って、頂上まで登って奉納舞をするの。

おもしろいのは、早池峰登山をする人は、神楽にあまり興味がないんですよね。逆に、神楽を見に来る人は登山をしないんですよ。別の人種……って感じなんです。
だけど、早池峰山は山そのものがご神体で、山に奉納しているのが神楽でしょう。両方興味がある私としては、すごく残念だなと思って。

なんでこんな風に趣味が分かれちゃうんだろうな。登山をする人は神楽に興味はないだよなあ。もちろん全部の人が……ってわけではないけれどね。

神楽衆も同じことを言っていました。「登山客は神楽には興味ないからー」って。
団塊の世代あたりから上の人たちって、登ること自体を目的にしている人が多いじゃないですか。特に大学の登山部出身の人たちは、ガーっと登って、ガーっと帰っていくみたいな登山ですよね。

最近はエコツーリズムが根付いてきて、登山というものを一言では括れなくなってきましたね。今の若い人たちには、登ることを目的にしないで、山を全体的に楽しんでもらえたらいいし、そういうことを伝えていきたいなっていう気持ちがすごくあります。

春山:
登山に対する考え方や姿勢も、世代によって違っているかもしれませんね。最近の登山者は、山岳部や山岳団体などのグループで登山に行くというよりは、友達やソロで登山に行く人が増えているように思います。YAMAP内でアンケートをとると、山岳部や山岳団体に所属せず、一人で登るとか、友達と一緒に登るといったスタイルが大半を占めていました。あと、頂上を目指すのではなく、ロングトレイルのように長距離を歩いて旅する楽しみ方も広がっているように思います。

私の友達も、山に登るようになってから、神社だったり、地名だったり、神楽だったりに興味を持つうようになりました。登山という行為と神楽などの文化を切り分けている人は、周りにはそんなにいない気がしているのですが…。世代によって登山に対する考え方が違っているのかもしれませんね。

印象に残る修験の山

春山:
今まで登られた修験の山の中で、印象に残っている山ってどの山になりますか?

田口:
どの山もおもしろかったなあ。だけど、剣山(四国)は特に印象に残っています。ちょっと不思議な雰囲気で、頂上にUFOが降りて来そうな感じ。失われたアーク伝説も残っていて、楽しかった。あとは、出羽三山かな。三峰山(みつみねさん・東京都青梅市)もいいですね、低い山なんだけど、近場で誰でも登れるし。三峰神社は犬神様を祀っているんですよ。

春山:
犬なんですか。

田口:
犬です。犬神って霊力がすごく強いんですよ。
三峰山は初心者の方には特におすすめですね。都会から近い。ロープフェイで上がって、トレッキングができる。ちっちゃな滝なんかもあって、お手軽。宿坊もたくさんあるし、景観もいい。

海も山も楽しめる屋久島

田口:
あとは、やっぱり屋久島。おすすめです。

・・・屋久島の森、それは私たち日本人の宝物だと思う。あんな美しい森をもっていることを知ったら、感謝せずにはいられなくなる。私はそうだった。なにに感謝してるのか自分でもよくわからないけれど、ありがとう、って言いたくなった。ナチュラリストでもなんでもない、ただのミーハーな観光客だった私が、そう思った。
(出典:同上256頁)

春山:
最近も屋久島に行かれてます?

田口:
ここのところずっと東北に行っているので、南にはあまり行けてないんです。でも、11年間くらい通ってましたから。ほとんど回りつくしてガイドができるくらいに(笑)なったんじゃないかな。屋久島に関する本も書いているしね。

春山:
そうですね。ランディさんの『ひかりのあめふるしま屋久島』は、屋久島を訪れる人のバイブル的な本になってますしね。

田口:
小さい島だけど、森も海も川も素晴らしく、景観も豊富なので、誰が行っても楽しめます。

春山:
私が自然に目覚めるきっかけになったのが、屋久島でした。学生時代、ランディさんも時々来られていた永田の「送陽邸」で働いていたんです。

田口:
えぇー!ホントですか?

春山:
はい、偶然なんですが。(笑)
送陽邸の若ご主人でもある岩川孝さんから、海の潜り方や、銛で魚を獲る方法を教えてもらったりしました。

先ほどのランディさんのお話に出てきた座間味諸島の経験と似ていて、屋久島の永田の海で「こんな美しい世界があるんだ」と知ることができたんです。今まで自然とは縁のない生活をしていた自分が、素潜りの漁を通して、自然の凄さに気づきました。

屋久島での経験がきっかけになって、自然に目覚め、その延長で星野道夫さんの本や写真集、彼の世界観に引き込まれていって、アラスカで2年半ほど過ごしたりするようになりました。

田口:
そうですか。いやー、偶然。

春山:
ネイティブインディアンやイヌイットの人たちのように、自分で動物を獲り、捌いて、食べ物にしたり、毛皮から服をつくったり、という人間の原始的な営みを自分の身体で経験しておきたいという思いもあって、アラスカに行きました。
自分で動物を殺め、捌くという経験をしておくと、食べ物に対する見方が変わります。“命の現場”を通して「きれいに捌くこと=いただいた命への感謝」ということも、肌でわかりました。
一生のうちに数回でいいから命の現場を経験しておくと、命に対する感受性も変わってくるのかなー、と。今の日本社会では、命の現場を経験する場所そのものが少なくなってきているので。

野生動物との遭遇は人生に影響を与える

田口:
ただ、こればっかりはいかに場所があっても、「そこに行きたい」「やりたい」って本人が思わないと、難しいよね。無理やり連れて行ってもただ怖いだけだしね。

最初のきっかけは小さなことからでいいと思うんです。人が、そこに行ってみたいと思ったり、なにかを知りたいと思うのは、些細なことから始まると思うの。ちっちゃな、ちっちゃな発見を積み重ねていって、だんだんと大きなものに導かれていく。たとえば、山に登ってるときに偶然、野生の鹿を見ちゃったとか、野生のうさぎみ見ちゃったとかね。そういう経験が大事だよね。

野生動物に出合ったときの感動って、動物園で動物を見るのとは全然違うからね。えっ!私のために出てきてくれた!?みたいな。(笑)人間って傲慢だからすぐに運命的なことを感じちゃったりして。だけど、そういうことがあると、わくわくして、気持ちがだんだんと自然の方に引き寄せられていくんだ。

野生動物と遭遇するのって、癖になるって知ってる?

春山:
動物の方がですか?

田口:
ちがうよー、人の方。
遭遇癖っていうのがつくんですよ。

春山:
人が動物を呼ぶっていうことですか?

田口:
うん。私、遭遇率がすごく高いんですよ。そういう人ってけっこういます。会いだすと、次から次へと、遭遇しちゃうの。きっと「会う」と思って歩いているから、見つけちゃうんだろうね。

去年の今頃の季節に、戸隠神社に行ったんです。戸隠神社の参道の間に杉林があるんですけど、そこを歩いていたときに、いきなりドサーッ!て木の上から何かが落ちてきたの。びっくりして。足もとを見たら、テンとリスだったの。テンが日本リスに喰いついていて、二匹でもがいていたの。きっと、リスの息の根を止めようとテンがあんまり夢中になってたもんだから、私に気がつかなかったのね。

で、私ね、ずーっと見てたの。

本当に綺麗だった。テンは金色で、リスはフサフサの尻尾を持っていて。二匹が命がけで暴れているわけ。しばらくすると、やっとリスが静かになって、そこで、テンは我に返ったわけ。

テンが「はっ!」って顔して、私と目が「バチンッ!」て合ったの。

ああいうときの野生動物ってすごいね、殺気がね。テンはあのとき考えたんだと思うのよ、「あっ!人間だ。どうしよう!目が合っちゃった!」って。動物ってさ、人間と目が合うのがすごく嫌なんですよ。

テンは自分の身を守るために、せっかく仕留めたリスを置き去りにして、後ずさって、ピョーン!ピョーン!ピョーン!って逃げていったのね。その跳躍がすごいんだ。全身筋肉みたいだった。素晴らしい跳躍で笹薮の中に消えていった。せっかく獲物を仕留めたのに、かわいそうなことしちゃった。でもリスは完全に死んでるみたいだったから、そっと離れてあげれば、また取りにくるだろうと思って。

テンとリスがいきなり目の前に落っこってくる、この確率ってどのくらいなんだろうって思いますよね。そういう光景に居合わせる私って何だろうって。

さっきの舟越さんの話ではないけど、遭遇すると、テンの持ってる俊敏さが自分の中に入ってくるんですね。その躍動感というか、命のエネルギーが、自分に憑依したような感じもあって。すごいプレゼントをもらった気持ちになった。力が漲ってくるのが、今でもありありと思い出せるわけ。

そういうことなんだよね、生きてるって。うまく言えないんだけど。

猿の方は私の態度に相当気分を害したらしかった。猿にとって金玉を見せるというのは、相手に対する威嚇である。それなのに、写真を撮るとは何ごとだ、というわけで、猿は私に向かって「キーッキッキキキキキ」と抗議の叫びをあげたのである。その「キキキキーっキッ」は、文字にすると間抜けなのだが、実際は深閑とした森にこだまする野獣の叫びだった。私たちはテレビやアニメや漫画でしか「野生の叫び」ってのを体験していない。でも、生の野生動物の叫びっていうのは、背筋がゾゾゾゾゾッとしてしまうくらい恐ろしく、眠っていた太古の記憶を呼び覚ますような響きである。
(出典:同上90頁)

春山:
アラスカに滞在しているときに、一度だけオオカミに出合ったことがあります。オオカミがいるだけで、風景がガラッと変わりました。オオカミが放つ神々しさは、今でもありありと思い出せます。

田口:
うわー、すごいな。オオカミって一度でいいから会ってみたい。野生動物と合った経験ってずっと忘れられないでしょ。羅臼岳に登っているとき、ヒグマにも遭遇したことがあるんですよ。クマの俊敏さもすごいんだよね。沖縄ではたたみ一畳ぐらいあるマンタ5,6枚が頭の上を通過していくとか、小笠原でシーカヤックしてて、目の前でクジラがブリーフィングしてカヤックがひっくり返りそうになるとか。そのときのクジラのデカさに脳のシナプスがブチブチって切れそうになったんだけど。

春山:
あっはっは。

田口:
えー!デカっ!って。あんな大きな生き物みたことなかったから。ショック!っていうのかな。生で見るってすごいことだと思います。しかもさ、偶然遭遇するって、印象が全然違う。人生に影響を与えちゃいますよね。

春山:
そうですね。

田口:
人生観とか宇宙観を一瞬に変えちゃう力を持ってる。こういう光景に出合うと、生まれてきてよかったなーと思えるよね。この人生悔いなし!みたいな。それって、人間社会の中で暮らしているだけだと、思わなかったかもね。

地球という星に生まれたことの奇跡

島を歩き回るうちに、私は自然だけではなく、人間とも不思議な出会いをするようになった。屋久島での出会いは、なぜかナチュラルで、心に触れる。たぶん、あの島の森の力が人間をピュアにさせてしまうのだろう。

 私は屋久島に行って実感した。
 美しい自然は、ただそこにあるというだけで、世界の位相を変えてしまう。
 そして、迷い込んだ人間を、魂の物語に誘うのだ、と。

(出典:同上24頁)

春山:
宇宙や地球の外にも興味があるんですが、この地球の中だけでもそうとうな不思議と未知に満ち溢れてますよね。

田口:
たぶん地球は特殊な星なので、ここに生まれたら、地球に生まれたことをもっと楽しまないともったいない。もう生まれられないかもしれないよ。次は土星なんかに生まれるかも…

春山:
あっはは。

田口:
つまんないと思う。火星とか。ちょっとやだなー。

春山:
想像するのは、たとえ宇宙飛行士になって宇宙に行ったとしても、すぐに地球が恋しくなるだろうなーって。それぐらいこの地球って、稀有な惑星だと思えます。

田口:
そうだね。海の中に入れば無重力みたいなもんだしね。もう海の中は宇宙なんだよ。空気が吸えなくってさ。海の中の浮遊感とか、やっぱり気持ちがいいよねー。23度以上の海水温のとき、と限定したいですけど。

ニッポン列島の自然の豊かさ

田口:
いろんな国のいろんな自然の中に入ったけど、ニッポンすごいですよ。

春山:
ですよね!

田口:
ダントツに自然が豊かな国だと思う。まだまだ自然が残っていて、海もいいし、山もいいし。

世界へ行って、「こんなものだったの!だったら日本のほうが全然いいじゃん!」ってこと、けっこうあるからなー。

日本は、海や森、温泉とかミニマムにいろんなものが揃っているので、狭いのに豊かに遊ぶことができますよね。遊び方はもちろん、人それぞれでしょうけれど、至れり尽くせりのツアーよりは、ちょっと困った方が楽しいですね。

なので私はだいたい個人旅行です。

春山:
山に行くときも、一人とか少人数ですか?

田口:
今は体力に自信がないので、山と海はひとりでは行かない。必ず現地で誰かと合流するか、友達と一緒に行くようにしています。若い頃はひとりで行っていたけど、今は荷物持ちしてくれる男子がいた方が絶対楽だわー。

屋久島くらいに慣れていると、のんびり森の中で過ごしたいので、ひとりでいきたいですね。

春山:
屋久島の場合、山頂まで行かなくても屋久島の森に入るだけで充実した時間を過ごせますしね。

ゆっくりとした時間の中で自然と向き合う

田口:
その土地の自然に慣れてくると、ひとりで行ってみたくなるんじゃないかな。最初は怖いと思うけど。私の場合、最初の頃に屋久島へひとりで行ったのが、すごくよかったのかもしれない。

屋久島は海も山もあるから、どっちも楽しめて、すごくお得なんですよね。珊瑚礁きれいだし、釣りもできるし、河もあるからカヤックもできるし。アウトドアには最高の場所です。

残念なのは、屋久島を訪れる人の多くが、すぐ帰っちゃうことかな。「何日いるんですか?」って聞くと、2泊3日とか。「えー、それじゃどこにも行けないじゃん!」って。最低10日は欲しいですね。(笑)

春山:
屋久島へ行くのに半日以上かかりますしね。

田口:
日本の場合、長期の休暇を取りにくいっていうのが、アウトドアとか自然で遊ぶ場合の最大のネックになっているかもしれないですね。

春山:
もうひとつはゴールデンウィークなどの休みが極端に集中してしまうのも、もったいないと思います。

田口:
そうそう。連休は、人ばっかりですもんね。

春山:
あれはよくないですよね。もっとバランス良く、それぞれに休暇が取れるようになれば、自然にも負荷をかけ過ぎずに、ゆっくり楽しむことができるんでしょうけど。
日本みたいに、ゴールデンウィークやシルバーウィークで宿泊料金が高騰したりするのも、変ですしね。

田口:
自然体験って、日数が必要なのよ。1日だと、まぁ戸隠神社あたりで偶然テンを見ることぐらいはできるかもしれないけれど。

私は自分で会社を経営していたので、自由に休みを調整して取れたからよかったんだ。その後はずっと自由業なんで、長期で旅行に行けるっていうのが、遊ぶ上では最大のメリットだったかもしれないね。勤め人はだいたい休みが取れない。

春山:
そうですね。私も会社勤めをしているときは全く休みが取れませんでした。(笑)取れたとしても、3泊4日とか4泊5日くらいですもんね。

田口:
それじゃ短過ぎるものね。

春山:
急ぎ足になりますしね。あと、あちこち行って10日よりも、一箇所に10日ぐらいいたいですね。

 普通に見ている目の前の景色って、なんとなく自分がいて、景色があって、景色は一枚の絵みたいな感じがする。ところが視点が変わると既成概念の枠がすっとんで、感覚が思考よりも優先される。そのとき、猛烈な景色との一体感が湧き起こってくるんだ。思考が停止して、感覚だけになったときの景色との一体感。これが忘れられないから、私は旅に出てしまうのかもしれない。
(出典:同上228頁)

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ゆっくりとした時間の中で自然と向き合う|「【著名人インタビュー01】田口ランディさんに聞く”アウトドアの楽しさと魅力”」の5枚目の画像

【内容紹介】
宇都宮から福島へ転校した小学校5年生の少年リク。引っ越した町には、人影がなかった。道路にも、校庭にも誰もいない。外で遊びたい。思いっきり自転車でかっ飛ばしたい。そんなリクが白の王国で出会ったのは、リクを対等な人間として扱ってくれる優しい大人たち、山で生きる野生の動物、そして謎の少年…。未来への光と希望に満ちた、少年リクの勇気と成長の物語。

この記事を書いた人

YAMAP 春山慶彦

登山・アウトドアアプリ「YAMAP」の代表です。

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YAMAP 春山慶彦

登山やロングトレイルなど歩いて旅することが大好きです。

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