忘れがたいあの道を、もう一度|#24 長野県・守屋山、太陽の似合う絶景山頂へと続く神体山のスノートレイル
諏訪によく訪れる山がある。東西にふたつのピークをもつ絶景の双耳峰、守屋山だ。四季を通じて展望の山歩きが楽しめる山で、特に初冬のスノートレイルは、チェーンスパイクなどで軽めの雪山ハイクにうってつけの山なのだ。道は歩きやすく、素晴らしい絶景が広がり、避難小屋でのんびり休憩もできるわけだから、ランチでも持って雪山体験するのに言うことなしだ。
いくつかある登山コースの中でも、杖突峠からはじめるのがスタンダードだろう。樹林と林道をザクザクと縫い歩きながら少しずつ標高を上げていき、キャンプ場の鳥居から先の急登を辿る。やや暗い樹林からのぞく明るい青空と、時おりさしこむ陽光に照らされる雪がことのほか眩しい。このコントラストがとてもよくて、冬山ならではの色彩に目が驚きもし、喜びもする。サングラスを忘れないよう。
「東峰」のピークは、八ヶ岳・南アルプス・中央アルプスの絶景が素晴らしい1631mの岩の頂である。特に八ヶ岳は、北の蓼科山から南の編笠山まで峰々の起伏をなぞりながら全景を見渡すことができる。主峰の赤岳や八ヶ岳の南北を分ける天狗岳あたりもよくわかるし、その麓に広がる原生林や町々の様子もばっちりだ。
風の強い八ヶ岳らしく、稜線に白く雪煙が舞う様子までよくわかる。あっちは風が強そうだなあ、なんて会話をしながら、こっちではおだやかな守屋山で山岳展望を楽しむわけだ。
岩の頂のそばには、古い石祠を鉄格子に守られている守屋神社の奥宮が鎮座している。日本各地の山には、山中や山頂の磐座で雨乞いを祈った痕跡を見かけることが多い。たとえば神奈川の大山で行われた雨乞いが、山頂の石を尊ぶ信仰として「石尊信仰」と呼ばれ関東一円に広がったように、ここ守屋山にもそうした祭祀の記録が東の諏訪盆地や西の伊那谷に残っているのだ。以前、ここで出会った“伊那谷の老子”に聞いた話では、鉄格子で囲い守っているのはそうした祭祀と何らかの関わりがあったという。
特に諏訪では、この山にかかる雲によって気象を予測する「観天望気」の徴にしていた。そんなことも手伝ってか、諏訪大社の現人神(大祝・おおほうり)の信仰と自然崇拝がつながり、この山を諏訪の神宿る神体山として大切にしてきた歴史があるという。とてもロマンのある山だと、だからぼくは守屋山に折に触れて登るのかもしれない。
東峰から先を眺めると、霧氷に覆われた美しい山稜が伸びゆく。その尾根を伝って西に15分ほどいくと1650mの「西峰」だ。守屋山の最高地点はこちらの頂で、ラビットハウスというハイカーによく知られた避難小屋から見上げる最後の坂道は、そのまま天に昇っていくような軌跡で山頂へと続いている。
東峰とは対照的に丸くなだらかな広場のような頂で、ベンチに腰掛けてみよう。眼前に迫るは霧ヶ峰、美ヶ原といった高原地帯。眼下に広がるは諏訪湖。そして振り返ったその向こうには木曽御嶽も確認できるだろう。こんなに展望のいい山に、これだけ手軽に登れるのだから、守屋山が人気を集めるのもよくわかる。
ところで、峠に関する考察が深い井出孫六氏の『日本百名峠』にも記されたこの杖突峠だが、さまざまな名称由来があって興味深いのだ。甲府盆地・諏訪盆地と伊那谷の高遠を結ぶ重要な道だったはずで、ここを越える人にとっては杖を突くほど急な難所だったとか、守屋山に降臨した神が里に下りる際に杖を突いたんだとか、まあいろいろある。
地質的には中央構造線とフォッサマグナの糸魚川静岡構造線が交わるポイントだし、文化的には秋葉街道、塩の道の交わるポイント。なんだか複雑に歴史文化が絡み合っていて、ゆえに自然崇拝や民俗学の研究の先端地でもあるのだろう。
面白いのは、古い地図や山名辞典などにこの一帯を“晴ヶ峰”として記しているものがあること。おそらく晴天率が高い地域で、だからこそ“雨乞い”が大切な儀式だったのだろう。守屋山の南に位置する入笠山のさらに南には“雨乞岳”という山があるし、その隣には山上のビーチで有名な“日向山”があるのだ。ぼくにはこの一帯が太陽に愛された山域だったように感じられて仕方がない。
それにしても興味深い地名山名が点在している。なにしろ、諏訪湖をはさんだ守屋山の対岸には“霧ヶ峰”まで存在しているのだから。晴ヶ峰、霧ヶ峰、日向、雨乞い。このあたり、もうちょっと深めて考察してみると面白そうだ。
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中央自動車道「諏訪IC」から国道152号に入り、「杖突峠」バス停そばの駐車場へ。
低山トラベラーです。山旅は知的な大冒険!
物語の残る低山里山、ただならぬ気配を感じる山岳霊峰を歩き、日本のローカルの面白さを探究。文筆と写真と小話でその魅力を伝えている。NHKラジオ深夜便「旅の達人~低い山を目指せ!」レギュラー、著書に『低山トラベル』『とっておき!低山トラベル』(二見書房)がある。自由大学「東京・日帰り登山ライフ」教授、.HYAKKEIオフィシャルパートナー。