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元小屋番が作る魅惑の料理と心地よさ。1日1組限定の「小とりの宿」

「山」とひと言でいっても、3,000mを超えるアルプスから里山までさまざまな楽しみ方があります。

長野市善光寺近くで1日1組限定の「小とりの宿」を営む福田(旧姓 森)舞子さんは、北アルプスの4つの山小屋で小屋番を務めた経験を生かして宿泊業を営もうと、2015年に「小とりの宿」をオープン。山小屋のような雰囲気と、抜群の料理のおいしさが口コミで評判を呼び、リピーターが続出しています。

北アルプスから里山へ。新たな山の楽しみ方を発見した福田さんのお話です。

小とりの宿のランチ(提供写真)
小とりの宿のランチ(提供写真)

山小屋のような居心地のよさと料理の評判が人を呼ぶ

「最近、高い山には全然登っていないんです。登るのは近所の里山ばかり。目的は食材を採ることですね。山菜や三つ葉、ニラやあさつき、あけびの新芽…。山小屋とはまた違った山暮らしを満喫しています」

こう話す福田さんが北アルプスに夢中になったのは、出身地の大阪に住んでいた会社員時代。長期休みを利用しては、年に何度も登山に訪れていました。

その趣味が高じて退職し、北アルプスの山小屋の小屋番に。“ランプの山小屋”として知られる「船窪小屋」や、北アルプス裏銀座コースの起点である「烏帽子小屋」、料理がおいしいと評判の「仙人池ヒュッテ」、黒部峡谷の核心部・下ノ廊下にある「阿曽原温泉小屋」などいくつもの山小屋を渡り歩きながら働くなかで、料理の腕を磨きました。

小屋番時代の福田さん(提供写真)

小屋番時代の福田さん(提供写真)

30歳を目前に山小屋生活にひと区切りをつけ、大好きな料理と宿泊業に携われる自分の拠点を構えようと長野市へ移住。親しくなった地元の人たちとともに、2年ほどかけて長年空き家になっていた民家を丁寧にリノベーションし、「小とりの宿」を開業しました。

宿名は、小鳥が好きだったかつての家主が付けた建物名をそのまま使用

宿名は、小鳥が好きだったかつての家主が付けた建物名をそのまま使用

すると、宣伝せずともすぐに予約が相次ぐように。山小屋仲間の口コミのほか、お世話になっていた山小屋のオーナーたちが積極的に紹介してくれたことが大きかったそうです。

「北アルプスからの登山帰りの人や小屋番仲間、これから小屋番として働きたい女性も来ました。山小屋のネットワークは狭いですから(笑)。それに、長野市は北アルプスから下山して車で1時間ほどの距離なので、ちょっと立ち寄って1泊して帰ったり、再び山に登りに行くにはほどよい都会なんです。今は女性グループやファミリー層も多いのですが、やはり山好きな人が集まりますね」

登山好きとして知られる漫画家・鈴木みきさんとも共通の知り合いを通じて親しくなったことから、彼女の著書やブログでの紹介を見た人も泊まりにくるそう。

もちろん、その居心地のよさや料理の評判を聞いて訪れる人も少なくありません。また、一度宿泊したお客さんが再度訪れることも多く、棚に並ぶ小物は、山好きのリピーターからもらったものばかりだそう。福田さんの人徳がうかがえます。

こちらは山好きの男性客が持ってきたという自作の木彫り人形

こちらは山好きの男性客が持ってきたという自作の木彫り人形

じわじわと確実に認知度が高まっていった「小とりの宿」ですが、最近は宿としての稼働は月10~15泊ほどに抑えています。その分、力を入れて取り組んでいるのが、ランチの提供と料理教室です。

里山の恵みにひと手間加えた、しみじみとおいしい滋味深い料理

もともと、地元の人など宿泊しないお客さんでも「小とりの宿」を利用できるようにと、宿泊業と合わせて週1回、ランチ営業をしていた福田さん。
すると、旬の野菜をたっぷり使った肉や魚料理のおいしさが評判となり、今では週3日(火・水・木曜)、予約制でランチを提供するようになりました。

「食材は、山で採ってきた山菜やタケノコなど。農産物も以前は直売所やスーパーで買っていましたが、今はご近所さんからいただいたり、お願いしている契約農家さんのものを使っています。味噌などの調味料も自分で作るようになりました」

ランチプレートの前菜は野菜を中心とした数種類の盛り合わせ。彩りも豊か(提供写真)

ランチプレートの前菜は野菜を中心とした数種類の盛り合わせ。彩りも豊か(提供写真)

きっかけは、2016年に結婚した夫と暮らす長野市郊外の山の上にある自宅の隣に住む“おばちゃん”。彼女が山の恵みを教えてくれるのだそう。

「おばちゃんが『あの栗の木はいい』とか『こっちにはアケビが生えていて、あっちは松茸がとれる』とか教えてくれて。先日は野生のいちじくを教えてもらいました。食材が採れる喜びは圧倒的に大きいですね。ある意味では山小屋より山らしい暮らしといえるかもしれません」

ヘリコプターで食材を運ぶ山小屋では、やらせてもらえることもやれることも限られていましたが、自分が主軸となった今は自らの選択でやりたいことができているという福田さん。

「自分の体調や取り巻く人も変わり、家族もできて、人生を長い目で見たときに、今までとは違う『里山』という山と密着した生活に落ち着いたのかもしれません。ところ変われば興味も変わる。山の楽しみ方もいろいろですね。こうした心境の変化により、里山の食材のおいしさや魅力をもっと追求したいと思うようになりました」

「桃と豚肉のシチュー」は長野産の桃にひと工夫加えた福田さんらしい夏の創作料理(提供写真)

「桃と豚肉のシチュー」は長野産の桃にひと工夫加えた福田さんらしい夏の創作料理(提供写真)

料理教室やワークショップの経験から広がる料理の可能性

そんな流れにより、昨年から月1回程度の頻度で始めたのが料理教室です。

発端は、知り合いの編集者。福田さんのあまりの腕前に「料理教室を開催したらどうか」と提案されたのだそう。確かに「小とりの宿」を訪れるとわかりますが、料理を食べて、つい「作り方を教えて」と話しかけてみたくなるほどの親しみやすさが福田さんにはあります。
“それなら希望する声を10人聞いたら始めよう”と考えた福田さんがちょうど10人目の要望を聞いたのが、提案から2年ほど経った昨年でした。

「開業して5年目に入り、料理教室も始めてようやく土台が広がったかな。料理教室はやっていて楽しいですね」

口コミで参加者が広がっている料理教室(提供写真)

口コミで参加者が広がっている料理教室(提供写真)

教室のテーマは毎月いろいろ。基本調味料を使う初心者向けのものから、フルーツやスパイスを使いこなす中級者向けのもの、発酵食や保存食を扱う応用編など、毎回、ターゲットにあわせてテーマを変え、食材の幅も広がってきたそう。

また、生徒のリクエストにも応じているのだとか。

「やはり、料理の腕をあげるためにもお客さんの希望に応えるのが正しいのかなと思います。私の地元である大阪の料理人から新たな知識を得ることもあるので、地域の人の暮らしの知恵と料理人の情報が合わさって生徒さんと一緒に考えるおもしろさを、一番表現できるのが料理教室です」

そして、そのレシピの広がりをランチや宿泊の料理にも生かし、「小とりの宿」を訪れる多くの方に伝えています。

料理教室は毎回、編集者とともに企画し、レシピを起こしている(提供写真)

料理教室は毎回、編集者とともに企画し、レシピを起こしている(提供写真)

さらに、善光寺界隈の個性的な店と連携し、宿の外での活動も展開しています。アウトドアセレクトショップが主催するワークショップ「sotoclass(ソトクラス)」では、福田さんは「そとでごはんをつくってみる」というクラスの講師を担当。コッヘルやバーナーを使って山ごはんの調理を教えています。こうした経験や参加者からのリクエストも、「小とりの宿」で提供する料理や接客に生かされているようです。

「そとでごはんをつくってみる」ワークショップ(sotoclassのパンフレットより)

「そとでごはんをつくってみる」ワークショップ(sotoclassのパンフレットより)

そして、そんな福田さんが営む「小とりの宿」は、やはり“山小屋らしさ”があります。

「この宿は特に刺激があるわけではないので、『おばあちゃんの家に遊びに来た』くらいの感覚でゆっくり休んでいってもらえればいいのかな。ゆったり過ごせるところは、山小屋も一緒ですね」

“街の山小屋”として善光寺近くにオープンし、居心地のよい雰囲気のなかで、今では里山の食材という新たな山の魅力も発信している「小とりの宿」。

山に登る人はもちろん、アウトドアに興味がある人も、山の魅力に少しでもふれたい人も、そしてなによりおいしいごはんが食べたい人も(福田さんが作るごはんは本当に滋味豊かで旬の素材と肉や魚のおいしさも味わえ、食材の使い方がユニークなうえ、ボリュームもたっぷりなんです!)。どんな人でも受け入れる懐の深さこそが、まさに山小屋感。

日本百名山の高妻山、雨飾山、火打山、妙高山、二百名山の戸隠山、飯縄山と名だたる山へのアクセスにも恵まれた善光寺エリア。長野の名山に登り、日常へ帰る前に、「小とりの宿」にちょっと寄り道してみませんか。

そこは、登山とはまた違った山の思い出をつくれる場所です。

写真:等々力心太朗(field design)

小鳥の宿
<住所>
〒380-0801
長野市箱清水2-23-22
<電話>
090-9994-1035
<ランチ営業>
火・水・木曜日12:00〜
<ウェブサイト>
http://cotorinoyado.com/

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