春から新緑の頃、ぼくは決まって九州を訪れている。だからだろうか、花粉がうずうずしはじめるのを合図に、福岡までの飛行機をチェックしたり、大分にある定宿を拠点にした取材のスケジュールを組んだり、かねて資料調査していたあっちこっちの低山を再度洗い直して、フィールドワークの優先順をつけて、遠征計画を立てていく。この作業をしているときはとても楽しく、このときすでに登山がはじまってると言える。

福岡から車で小一時間の糸島は、ここ数年で起業家たちによるスタートアップの拠点になったり、理想の移住先として特集されたりと、よく耳にする地名になった。ちょっと前までは海辺に寄せるさざ波の音と山辺にそよぐ風の音に囲まれた長閑な半島といった風で、いまやあちこちに“暮らしの音”が賑わうようになった。

時代を遡ると、魏志倭人伝に登場する伊都国が存在していたという。王が統べるほどの大きな国だったようだ。ぼくはこの“王国”を見下ろす低山に夢中になって久しい。もう何人もの山仲間を東京から連れてきているほど、この地域には好きな山が多い。

中でも二丈岳はお気に入りの山だ。登山口にあたる加茂ゆらりんこ橋周辺は、春になると群生する菜の花と咲き乱れる桜の共演が楽しめて、花々の密集具合がハンパない。美しさ以上に“迫力”の方が上回るほどである。ここから二丈渓谷に沿った登山道を辿り、滝を愛で歩くのだ。その昔は山上の集落から学校に通うこどもたちの“通学路”でもあったという道。ぐんぐん、ぐんぐん登る。

渓谷道を越えて後半やや単調な道のりになるものの、この山頂からの壮大な展望で帳消しになるだろう。高台のようになっている頂には巨岩が乱立しており、ここにかつて二丈岳城という山城があったことも頷ける。というのも、この抜群の見晴らしのよさなら見張りとして欠かせない城だったはずで、遠く中国地方からの侵攻に備えることもできるし、海の向こうにだっていち早く目が届く。それほどの眺めのよさなのだ。

東には糸島の複雑な海岸線が美しい。真っ青な海に湾曲するように突き出す糸島半島の様子が手に取るようにわかる。これほど爽快な眺めの山というのもそうはない。やはり海が近い山はいいものだと、再認識した。

西には佐賀の唐津方面がはっきりと確認できる。折しも太陽が西に傾きつつある中で、海面に反射する強烈な陽光に水平線が霞んでしまっていた。唐津の向こうの海上へと落ちゆく太陽の軌道を目でなぞりながら、日没までわずかな時間しか残っていないことに気がつく。

もう長居はできないなと思いつつも、どこか落ち着きながら黄昏る糸島と玄界灘を目に焼き付けた。ここは本当に最高の眺めで、忘れがたい頂としてしっかりぼくの心に刻まれている。つぎはいつ登ろうか。
*

<アクセス>
JR筑肥線「大入駅」から徒歩で約40分。車の場合は福岡方面より深江インターから8分ほど。


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大内 征

低山トラベラーです。山旅は知的な大冒険!

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大内 征

物語の残る低山里山、ただならぬ気配を感じる山岳霊峰を歩き、日本のローカルの面白さを探究。文筆と写真と小話でその魅力を伝えている。NHKラジオ深夜便「旅の達人~低い山を目指せ!」レギュラー、著書に『低山トラベル』『とっておき!低山トラベル』(二見書房)がある。自由大学「東京・日帰り登山ライフ」教授、.HYAKKEIオフィシャルパートナー。

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