ちゃんちき堂。
一風変わった印象的なその名前。私がその名を始めて聞いたのは、とあるイベント会場だった。“とにかくシフォンケーキがおいしい”という噂に惹かれ、店を探したが、すでにその姿はなくその風変わりな名前だけがずっと印象に残っていた。
噂によると、登山客で賑わう奥多摩駅前に現れたり、秋川渓谷の玄関口、武蔵五日市駅前に出没することもあるらしく、ハイカーにも少しずつその名前が知れ渡ってきたらしい。
神出鬼没の「ちゃんちき堂」に会える。「幻のおいしいシフォンケーキ」が食べられる。ほんの少しの下心と一緒にちゃんちき堂の拠点、青梅へ向かった。
午前8時、前日に仕込んだシフォンケーキをクーラーボックスに入れることからちゃんちき堂久保田さんの1日は始まる。
この日の味は「チョコ」「アールグレイ」「プレーン」「さくら」「ハニココ」「マンデリン」の6種類(季節によって種類が変わる場合あり)。値段は味によって250円~300円。気軽に買える価格設定も嬉しい。
取材当日は快晴。とは言え、青梅の朝は寒い。アウトドア好きで、寒さに慣れているはずの編集部メンバーも震えるような気温。
寒さをものともせず、久保田さんはあくまでマイペースに、リヤカーを引いて歩いていく。青梅・奥多摩を中心に、雨の日以外は日々淡々とリヤカーを引いてシフォンケーキを売り歩くという。
取材当日の目的地は、約9km先の御岳山登山口手前の鳥居。
毎日、目的地も歩く道も違う。久保田さんの気分次第。
神出鬼没のリヤカー販売。これが「幻のシフォンケーキ」と言われる由縁だ。
久保田さんの後を追いながら、現在のリヤカースタイルに至るまでの物語をお聞きした。
「元々、IT関連の会社に勤めていたんです。ある日社長から、「おいしいラーメンを食べに行こうよ」と言われて。なにも聞かずについていったら、いきなり奥多摩の雲取山に連れていかれたんです。普通は1泊2日するところをいきなり日帰りで。当時、特に運動していなかったので、ものすごくハードでした。でも、山頂で食べるカップラーメンはおいしいし、終わってみたら最高に楽しく思えた。無理して登ったので、下山後は高熱が出ましたけどね(笑)」
「それ以来、もうすっかり山にはまってしまって。体力をつけるために近くの山に登り始めたんですね。青梅の方から順番に、奥多摩を目指す感じで。毎朝、街を走って、毎週末、山に登りに行っていました。」
「そんな時期に、鬱病を発症し休職することに。街にいると僕は体の中にいつも重たい鉄の塊があるように感じてました。でも、山に行くと不思議なことにそれがふっと軽くなる。単純に楽しいということもあるし、山に入ることで、無意識のうちに心をケアできるんでしょうね。どんどんのめりこんで、最初は普通の登山から始まり、そのうち山を走るようになりました。できる限り高い山を目指したくて、将来的にはエベレストを目指そうと、トレーニングのつもりでトレランのレースに出たのですが、時期尚早だったのか、今度は膝を壊してしまったんです。」
次のページへ [ 体の不調や怪我とともにやってきた、人生を変える出会い。それが義母のシフォンケーキ。 ]
ページ: 1 2