「膝を壊して山に入れなくなったことで、よけい鬱が悪化してしまって。そんな時に妻のお母さんが1年をかけてレシピを追求し続けて完成したシフォンケーキを焼いてくれたんです。それがびっくりするくらいおいしかった。僕、甘いものは好きなのに、シフォンケーキだけは嫌いだったんです。そんな僕がおいしいと感じたんだから、これは絶対売れるし、みんなに食べてほしいと思った。「これ、売りましょう!」と、その場で義母に提案しました。それがちゃんちき堂のはじまりです。」
「最初は僕のブログで宣伝をしていたのですが、ブログを書いてオンラインで来る注文を家の中でじっと待っているのが鬱の僕には辛かった。お店を持つことも考えたのですが、お店にはどんな人が来るかわからない。多種多様な人が来るのを待つことも、当時の僕には負担が大きく感じたんですね。」
「じゃあ、僕にはどんな売り方があるんだろうと考えた時に、ある程度自由がきくし、有酸素運動や脚のリハビリにもなるし、リヤカーがいいんじゃないかと思ったんです。正直、始めたばかりの頃は、売れなかったですよ。普通の格好で歩いていたし。ちょっと目立つような格好で売り歩くようになったら、だんだんと青梅の人たちは受け入れて、足を止めてくれた。都心とは時間の流れ方が違うし、“面白いことやってるな”って関心を持ってくれたんです。自分に無理を強いて働いたり、頑張りすぎたりしなくても、自分にあったやり方を見つければいいんだって、今は思いますね。」
偶然ひらめいたアイディアは、青梅という地域だからこそさらに道が開けたと久保田さんは言う。同じ東京でありながら、都心とは、人と人とのかかわり方が大きく異なるようだ。
「青梅や奥多摩は、良い意味で変わった人が多いんですよ。リヤカーを引いて歩いていたら女性に突然声をかけられて、「空き家があるからなんとかしてくれないか?」と持ち掛けられたんです。取り壊す予定の建物だったんですけど、何か使い道はないのかという話になって。宣伝の意味も含めてクラウドファンディングで資金をためて、シフォンケーキを売るカフェをオープンすることになりました。それが“Caféころん”です。」
「僕の本分はあくまで“リヤカーのシフォンケーキ屋”なので、今は日替わりで店主が変わる、独立支援を行うカフェとしてオープンしています。賃料は1日でシフォンケーキ13個販売すること(笑)。これなら気軽にみんな小さく起業できるでしょ。」
「元々、自分を受け入れてくれた青梅を盛り上げるために地域通貨を始めたいという構想があって、それが「ころん」という名前なんです。カフェを始めたことで、構想から実際の導入に向けて動き始めました。Caféころんは、本格的に地域通貨が導入される際の基地にしようと思っています。」
「青梅や奥多摩の過疎化は進んでいるけれど、とがった人はまだまだ多いし、みんなこの地域を盛り上げたいと思っている。どうしても町は衰退していくけれど、とがった人は残っていく。僕はリヤカーで好きなところを自由に動けることが強みなので、そういう人たちをネットワークする役割を担いたい。面白い人もお店も多いから、遊びに来るのはもちろん、住んでみても面白いですよ。」
「奥多摩の自然の中で事業を始める人も増えていて、新しい遊び方もどんどん生まれています。昔は山、川、里が独立していたけれど、今は山に自転車で走りに行ったり、トレランの後に川でバーベキューをやったり。それぞれの良さを掛け合わせた遊びができるようになっている。まだ知られていないけど、“青梅・奥多摩にしかない遊び方”があることも、このエリアの魅力なんです。」
自身の病気や、膝のけがなどの局面、シフォンケーキとの出会い、青梅という場所。偶然の流れに乗っていそうで、すべてがひとつのストーリーとして、必然的につながっているようにも感じる。
青梅・奥多摩エリアを盛り上げるため、点と点をつなげるようにシフォンケーキを売り歩くちゃんちき堂、久保田さん。その姿はあくまで自由であり、神出鬼没だ。
奥多摩のキャンプや登山に出かけた時、あなたがもし“ちゃんちき堂”のリヤカーに出会えたなら、”幻のシフォンケーキ”をぜひ味わってほしい。
ちゃんちき堂
http://www.chanchikido.jp/
(写真:藤原慶)
※こちらは2019年3月11日に公開された記事です
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