所感

俳優・田村幸士の若旦那と山登り対談|#3 江戸小紋「廣瀬染工場」廣瀬雄一(前編)

日本の伝統工芸を次代に引き継ぐ若旦那を訪れ、彼らの視点から見える自然についてお話しいただく企画。第三弾は江戸小紋。

こんにちは、田村幸士です。「伝統工芸・産業×自然」第三弾(前編)です。

#2:「開化堂」八木隆裕&「金網つじ」辻徹
#1:「小澤酒造」23代目小澤幹夫

伝統工芸・産業はエアコンや断熱材で屋内の温度調整ができない頃から脈々と受け継がれています。

職人たちはその土地の気候や環境と向き合い、利として活かせるよう長年試行錯誤を繰り返しながら、伝統の技術を現代に継承しているのです。

“自然”と“街”を分け隔てる現代において、自然環境を活かしながら技術を磨いてきた職人たちの自然に対する視点や向き合い方を知れば、多くの方のヒントになることでしょう。

今回、取り上げるのは、名前は聞いたことがあるけど、意外と知られていない「江戸小紋」。

(左)俳優・田村幸士 (右)廣瀬染工場 四代目 廣瀬雄一

前編では、昨年100周年を迎えた廣瀬染工場を訪れ、四代目雄一さんと「江戸小紋」の魅力に迫ります。
後編では、雄一さんと共に山に上り、自然との関わりや伝統を「継ぐ」重みをお伝えします。

江戸小紋とは

着物を仕立てるには生地が必要です。その生地を染める技法の一つが「江戸小紋」。
着物は大きく“織物”と“染物”に分けられます。

・織物:糸自体に色を付けて、織りあげて布にするもの
・染物:白い糸を布にし、その後、染めたもの

染物のなかに、型紙を用いて柄を染める「型染め」という技法があり、そこに江戸小紋も属します。

江戸小紋の魅力:粋なデザイン

廣瀬:
「型紙は、創業当時から新しくデザインしたものまで合わせると約8,000枚あります。様々な文様がありますが、昔の型紙は身近なものや想いを描写したものが多く、柄にあわせて着ていく場所や場面を選んでいたのです。」

江戸時代から続く柄もあれば、現代風のスカル柄も

創業当時から守り続ける型紙の文様のアーカイブ。廣瀬さんがまだ使ったことない型紙もたくさん。

例えば、

・大根とおろし金の文様“大根おろし”は、歌舞伎を見に行く時や、厄に当たらないためのゲン担ぎとして
*『大根役者を降ろす(出演しない)』から、良い芝居が観られる。また、大根は薬(やく)味。厄(やく)を降ろす、厄(やく)に当たらない。

・南天の実の文様“南天”は“難を転ずる”

・帆掛け船の文様は“順風満帆”

というように、江戸っ子ならではのトンチが効いた、それでいて素朴な願いのつまった文様なのです。現代ファッションのように表面的なものとは違い、もっと深い部分で着物を着ること自体を楽しんでいたように思えますね。

江戸小紋の魅力:磨き続けられた、人の技による美

人間業とは思えないほどの細かさ

江戸小紋は小紋染の中でも特に柄が細かいのが特徴。細かい柄だと一寸(3cm)四方に小さい穴が800くらい空いています。また型紙を作る専門の職人がおり、なかでも三重県の白子は「伊勢型紙」として有名です。

工場の一角には江戸小紋の命とも言える型紙を保管する倉庫が

今回特別に染めの作業を見せていただきました。

作業を始めると廣瀬さんは一気に職人の目になり、緊張感がビリビリと伝わってくるほど。
それだけ繊細な集中力と技がないと「江戸小紋」は生まれないのです。

生地を固定する。洗練された一つ一つの動きが素人には辿り着けない境地

型紙の上から色を染めていく。ムラがでないよう一定の力加減で。

型紙の継ぎ目を確認し、型紙を次のエリアへと移動

継ぎ目をいかに綺麗にあわせられるかが腕の見せどころ。

型紙のサイズが決まっているので、何度も何度も継ぎ目が分からないように、ずらしながら白生地に糊を置く型付け作業をしていきます。また素人目では、いっけん単純に布を染めているようですが、日々変わる湿度や温度も感じながら作業します。気が遠くなる細かい作業が優美な江戸小紋を生むのです。

廣瀬:
「作業内容は誰がやっても変わりません。ですが、自分の作った反物は遠くから見ても分かりますし、父が染めたものも分かる。同じ柄でも“お父さんの色の方が良かった”“あなたの色の方が良い”と言われます。正解がないなかでも“この人が染めたものを着たい”と思われたいですね。

感性を大切にしたアーティスティックな感覚を持った職人になることがそれにつながるのかも。決して職人としてのアイデンティティは変えず、淡々とした作業を繰り返しながら技や感性を磨く。毎日、繰り返し作業をしていると“無駄”が生まれますが、それも感性に繋がっていくのだと思います。物つくりのなかには直接仕事に関係のない経験や体験も必要で、私には代え難いウィンドサーフィンの経験があるので、それもきっと役にたっていくはず(詳しくは後編で!)」

四代目として、極小美の世界を伝える廣瀬雄一さん

引き継ぐのは技術や建物だけではない。「思い」も。

新宿区の瀟灑な住宅街「中井」にある工場内に一歩踏み入れると、建てられた88年前の空気がまだ残っているかのよう。建物の設計も自然と調和するよう建てられています。

光の差し込み方によって同じ色も違って見えます。見える色を一定にするため、生地を染める板場は順行の光が入るように南側に大きな窓を配置。

光が南から差し込むように建てられた工場

また染めにおいて湿度も重要です。そのため板場の床は土間。その日の気候に合わせ、土間に水をまいて湿度を一定に保つのです。

廣瀬:
「先代は「江戸小紋」を染めるため自然と向き合い、染めるための環境から作っていました。

この工場は先代が37歳の若さで作りました。いまの時代よりも反物の需要が多かったとは思いますが、それだけの理由ではとても建てられなかったと思います。先代の頑張りと熱量が凄かったから建てられた。私も負けていられません!」

廣瀬:
「 この工場は、建て替える気はありません。江戸小紋を作るためには、最新設備にした方が良い環境ができるかもしれません。でも、僕が受け継いでいるのは、江戸小紋をつくる技だけでなく、先代の思いやDNAのようなもの。この工場に流れるそういうものも受け継がなくてはならないと感じています」

職人が着用する印半纏からは歴史とプライドがうかがえます

伝統工芸、そして職人の魅力をもっと多く人に知ってほしい

伝統工芸や江戸小紋というと敷居が高いイメージも。
廣瀬さんは江戸小紋をできるだけたくさんの人に身近に感じてもおうと、オリジナル商品も展開しています。

廣瀬:
「伝統工芸はもともと献上するもので、限られた人々のためのものでした。現在は民芸と工芸が一緒くたにまとめられ“伝統工芸”として扱われています。民芸品と比較され工芸品は価格が高いと評価されています。しかし、いま海外では工芸品の価値が認められつつあります。日本でもあらためて工芸品が根付き、広まればと思います。

気軽に江戸小紋に触れて欲しくて、ファクトリーブランド『comment?』(コモン)を立ち上げました。スカーフやネクタイをオリジナルで生産しています。布に色々な表現ができるので、他の商品も展開して、江戸小紋がもっと着物を着ない人の目にも触れるようになるといいな。」

スカーフや蝶ネクタイとして江戸小紋をコーデの一部として楽しめます

ネクタイなどはプレゼントにピッタリ

廣瀬:
「職人たちの仕事は本当に素晴らしいのに、自分自身では分からない。息子に“こんな仕事は継がなくて良い、違う仕事をしろ”という親方も多いようです。素晴らしい仕事なのに、未来がないからやらないという考えがすごく悲しい。職人の価値や素晴らしさも伝えていきたいです」

ときには頑固で、ときには時代に合わせた柔軟な考えを持つ廣瀬さんの今後が楽しみですね。

後編では、気持ちをオープンにしてくれる山に登って、

はたして廣瀬さんは、これまで、どう自然と向き合ってきたのか?
どのように家業を受け継いだのか?

赤裸々に語ってもらいました。

乞うご期待!

廣瀬染工場
http://www.komonhirose.co.jp
<コモンストールの販売>
・日本橋三越4階 華結び売場
・銀座三越7階 ジャパンエディション売場
<催事>
松屋銀座7階和の座ステージ 2月27日から3月5日まで

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(写真:村上岳)

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ライター:
田村 幸士