体験レポート

忘れがたいあの道を、もう一度| #10 東京都・大岳山、美富士と山岳信仰の道で新春歩き始め

東京には“いい山”がたくさんある。富士見ハイクを楽しめる尾根道があれば、気持ちのいい樹林歩きもあるし、磐座巨木滝巡りだってできる。山岳信仰の気配を感じる低山や、戦国期の山城などもあって、とにかく山の個性が多様でうれしくなる。

中でも、武蔵国の山岳信仰の中心地でもあった大岳山は大好きな山で、表情豊かな登山道は歩いて楽しく、花のよさでも知られている名山だ。東京から眺める富士山の中でも、ここからの景観は第一級の美しさ。そんなこともあって、新春山始めの舞台を大岳山にすることは、なかなか目出度い感じがするので、たびたびそうしている。

この山は、なんといっても山の形が特徴的だから、遠目に見て一発でわかる。東京都内から大岳山を見ると、向かって左側に小さくも明確な三角形のピークがあり、その右側になで肩のような小さな台地がつるんと落ちている。中央道を走っていると、立川とか八王子あたりからよく見える。江戸のころの船乗りは、この形を青梅や奥多摩の方角の目印としていたそうだ。

大岳山は、三頭山、御前山とともに奥多摩三山に数えらている。標高1266mの山頂からは、東京山梨神奈川の山並みの向こうに、末広がりの富士が絶妙な構図で聳え立つ。登山道は山の四方に存在するけれど、オオカミ信仰で知られる御岳山からの道がもっとも整備されていて歩きやすいだろう。日本武尊が祀られる男具那峰(別名を甲籠山とか奥の院ともいう)を経由する場合は、いくつかのピークを登って下りてを繰り返したり、四肢を駆使して岩場を乗り越えたりするので、歩き応えもなかなかである。

大岳山の山頂直下には、ふるくから信仰されてきた大岳神社(奥宮)がある。印象的な鳥居をくぐった石段の向こうにひっそり佇んでいて、両脇を護るかわいらしい狛オオカミが、ぼくらハイカーを出迎えてくれる。よき山旅を願って、静かに手を合わせよう。ここから旧な岩場を登ることおよそ10分、東京屈指の美富士の眺めが待っている。

ところで、多摩や秩父の低山には、オオカミが神格化した「大口真神」の鎮まる社や狛犬ならぬ狛オオカミがたくさん存在する。なにか目に見えないような悪いものを祓う神として、いまでも東京のあちこちで、門前などに貼られた護符を見かけるので、注意して見てみて欲しい。その昔、魔除けや憑き物を落とす祈祷にオオカミの頭蓋骨が使われたというから、そういう力がこの護符にもあるのだ。

御利益はそれだけじゃない。オオカミのいるところには、農作物を食い荒らす動物が寄り付かないといわれる。そのため、特に東京の西側では作物を護る農業の神さまとして、いまなお農家の方々に崇められているのだ。東京というところは本当に不思議だ。世界でも有数の大都会でありながら、こうした都会らしからぬオオカミ信仰の話があるのだから、知的好奇心が刺激されて楽しくなる。

冬の時期、雪が覆う山頂からの富士山も。新緑の頃、鮮やかな緑の海原に浮かぶ富士山も。朝陽もいいし、夕陽はなおのことよい。東京でもこれだけ素晴らしい景観が望める大岳山に、心から感謝感謝である。歩き始めの御岳山も含めて、オオカミ信仰や神話などの武蔵国の歴史文化に触れられる山域でもあるのだから、その懐の深さには感動すらしてしまうのだった。

たった2時間ほどの道のりに、東京登山シーンの中でも濃密にして手軽なトレイルが楽しめる大岳山。たくさんのハイカーにおすすめしたい、個人的にも忘れられない、たびたび歩く道。ちなみにぼくはすでに、2019年最初の大岳山詣でをしてきた。これまでと違っていたのは、雪がまったくなかったことと、立派な石の山頂碑が出来ていたことかな。ほんと、相変わらずいい山、いい道だったなぁ。

<アクセス>
JR奥多摩線・御嶽駅よりバス、ケーブルカーを利用して御岳山へ。ロックガーデン・長尾平分岐より芥場峠、鍋割山分岐を経て、大岳神社鳥居より山頂へ。車の場合は、ケーブルカー滝本駅に有料駐車場あり。営業時間などにご注意ください。
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ライター:
大内 征