(※こちらは2019年9月9日に公開された記事になります)
「相方は今双六小屋の小屋番をしているので、もし2人一緒にお話ということであれば、双六小屋で待ち合わせましょうか?」
編集部からの取材依頼にそう答えたのは、『奥多摩駅から松本駅を10日間で繋ぐ 奥秩父主脈 八ヶ岳主脈 中央分水嶺 ロングトレイル』の投稿者「かなこ」こと山内奏子さん。“相方”とは、山内さんと一緒に縦走した松本唯花さん。
念のため、“双六小屋”は、どこかのカフェではありませんよ…そう、北アルプス双六岳の山頂直下にある山小屋です。“縦走ガールズ”のお話を聞けるなら、標高差などにためらってはいられません…(汗)
ということで、真夏の双六小屋にて実現した奇跡のインタビューをお届けします。
山内奏子さん 兵庫県出身(1993年生まれ)
大学4年の夏に友人に誘われて登った初めての山がなんと穂高岳。悪天候で期待していた景色が何も見えなかったことが次なる登山欲をかきたてた。大阪で就職後は山仲間を募って山行を企画すること多数。登山は景色を見られなくても楽しめるタイプ。
松本唯花さん 石川県出身(1993年生まれ)
山登りのきっかけは、学生時代。友達と里山ピクニックをした際、偶然出会った山好きのおじさんに山頂まで連れていってもらったこと。達成感が心地よく、保育士として就職してからは山歩きを続ける。趣味が高じて今シーズンからは双六小屋の小屋番に転職。のんびり、長く歩くのが好き。
ーーそもそも、どうして今回のコースを選んだんですか?
(山内)
今年の5月に、松本さん(以下、ゆいかちゃん)と、もう一人の友人と3人でニュージーランドのトレイルを2週間ほど歩いたんですけど、その時に何泊も旅をするように歩くロングトレイルの魅力に、すっかりはまりました。
帰ってきてから、「また歩きたいね」ってゆいかちゃんの方からメールが来たんです。それで奥秩父か、八ヶ岳を縦走したいなと考えていて…バラバラにならやっている人はいたんですけど、繋げている人の記録はあんまり出ていなくて。私が勝手に好奇心で、“繋げたらどうなるんだろう?”って思って、やってみようと思いました。
ーーそこに松本さんが乗ったという感じですね。松本さんは最初どんなトレイルを想定していたんですか?
(松本)
そうですね。もともと“歩きたいね”って提案したのは私だったんですけど。ニュージーランドのトレイルみたいに、のんびりゆっくり遠くまで歩くのが、自分には合ってると思って。だけど、山内さん(以下、かなちゃん)からの提案は予想をはるかに超えたところでしたね。
最初は、「長すぎるよ~、蓼科まではムリ~!」って言ったけど、“東京から長野を歩く”みたいな文言のブログを見せられて、その字面がいいなぁ~って釣られて、「途中で降りると思うけど、行ける所までならっ」て言ったら、「途中で降りてもいいから」って。まんまと奥多摩から蓼科山まで付いて行ってしまいました(笑)
(山内)
「行ける所まで行こう!途中で降りても大丈夫」って。半ば強引に(笑)
(松本)
それで、東京(奥多摩)から行くか、長野県側から行くかとか、いろいろ考えたんだよね。私は石川にいて、かなちゃんは姫路だから、集合場所までの交通手段とか費用とか、あれこれ…。
(山内)
そうそう、だけど5月末だと八ヶ岳あたりはまだ雪が残っていて、先に奥秩父のあったかい所を通ってからのルートにしよう、ってなって。石川からは下手に長野に出るよりも、東京に出ちゃった方が早いことがわかって。それで奥多摩集合にしました。
ーー投稿された写真を見て、10日間の縦走にしては意外と軽装備だと思ったんですが、どんな工夫があったんですか?
(山内)
とにかく、1グラムでも軽くしたいと思って、軽量化にこだわりました。まず、リュックはアメリカのULのメーカー、レイウェイのキット(The Ray-Way Backpack Kit)を個人輸入して、自分の身長に合うように生地をカットして作りました。
シュラフとか、レインウェアとかも専用の袋に入れるとかさ張るので、ビニール袋1枚に全部詰めて。手ぬぐいも1枚だけ。汚れたら水洗いしてリュックのメッシュのところにつけて乾かしながら歩いていました。
(松本)
食料は、5泊6日分を持ち歩いたんですが、アルファ米から行動食まで全部パッケージを剥がして、1食分を計量して、ジップロックなどに入れて、とにかく軽量化しました。パッケージも重いので、角を切って落としたり。
(山内)
以前の縦走で、食事の大切さを痛感したので、今回は、①お金をできるだけかけず、②軽くて、③美味しいをモットーに食料計画をしました。パウチの長期保存可能な魚介類や、ニューコンミート、あとはザバスのプロテインにもすごい助けられました。
個人的には、パレットというパスタがヒットでした。塩いらずでゆでられて、ゆで汁をそのまま、コーヒーやカフェオレを飲んだり、粉末のマッシュポテトを作るのに使ったりできるので。
ーー6日目以降の食料はどうしたんですか?
(山内)
あらかじめ、6日目に宿泊予定だった清里中央オートキャンプ場に事前連絡をし、荷物を受け取る手配をしてありました。あと、今回6日目以降のルートで冬装備が必要と思われたので、私はチェーンスパイクを、ゆいかちゃんは軽アイゼンを清里行きの荷物に入れてたんですが、中山~高見石、北横岳~蓼科山は嫌らしく凍っている箇所があったので、ただの重りにならなくて済んでよかったです。
ーー今回の装備の中で、持って行って正解だったものは何ですか?
(山内)
ナンバーワンは、ユーロシルムの日傘ですね。5月末とはいえ、暑かったので、重宝しました。奥秩父は岩稜帯が少なくて、両手を使う登りがあんまりないので、片手にポール、片手に傘を持つ感じで、涼しくてよかったです。
(松本)
わたしは、テントですかね。今回、2人で使えるタイプのテントを新調したんですけど、これが軽くてよかったです。
ーー逆にもっとこうしておけばよかったと思ったものはありますか?
(山内)
そうですね…就寝着としてロンTとタイツを持って行ったんですけど、それだけだと完全にパジャマで…(笑)ゆいかちゃんがスパッツに短パンを重ねていたのがいいなと思ってこの縦走の後買い足しました。それと、化粧道具はちょっとだけ持って行ったんですけど、使わなかったのでいらなかったですね(笑)
(松本)
余分なものをなくしてよかった反面、食料はもうちょっと持っていけばよかったなと思いましたね。
歩いていて疲れてきて、これだけだとテンションが上がらないというか、飽きちゃって。朝食はグラノーラを、水で溶かしたスキムミルクで食べるというのを毎朝やってて、5日ぐらいはいけるんですけど、10日間だと飽きるし、後悔しましたね。
ーーどんなものが食べたくなりましたか?
(松本)
たんぱく質がめちゃくちゃ欲しかったですね、チーズとか。朝起きて歩き出す時に、もっとカロリーが欲しいって思いました。
トレイルミックス(ナッツ)はニュージーに行った時と同じで1日分100gで計算して持って行ったんですが、これも足りなかったですね。今回暑くて体力消耗したので、余分に食べないとならないので。。。
ーー10日間、2人だけで歩くのってどんな感じですか?話しながら歩くんですか?
(松本)
そうですね、こんな感じでずっと喋っちゃうんですよね。大概はしょうもな~い話ですね、女子2人だからね。トイレ事情とか。
(山内)
今日はよく出たとか(笑)
(松本)
ガスが止まらないとか(笑)靴下がどれだけ臭いとか…だんだん会話がカオスになっていったよね。
かと思えば、1時間ぐらい何も喋らず無言のこともあり。喋らないとだめとかそういうのもないし、それがいいから一緒にいられるんだと思います。
(山内)
同い年だから、子供の頃に見たアニメとかも同じで、好きなテーマソングを2人で大声で歌いながら歩いたりとかもあったよね。
(松本)
お互いのペースが合わなくなれば、「ごめん、もう先行ってて」と言って、離れて歩いてもらったりもしてました。私が疲労困憊の時に、「お願いだから待ってるんじゃなくて、見えなくなるまで先に行って」と言ったり…
ーーそういえば、トイレってどうしてたんですか?縦走だと持ち歩く訳にも行かないですよね?
(山内)
行程の中でトイレがある場所は事前に調べてあり、あとは本当にどうしても我慢できない!というときは、専用のスコップで穴を掘って埋めるやり方です。ある程度の深さの穴を掘れば、土中の有機物が分解してくれるということなので。
ーー当然、お風呂は入れないですよね?
(山内)お風呂はないですけど、6日目にキャンプ場に降りた時に、温水シャワーがあったので、1回はちゃんと洗ってますね。その前に一回人目につかない場所に小川が流れていたので、全部脱いで、水浴びしましたけど。
ーーえぇっ、素っ裸ですか?
(松本)
そうです、汗だくだったし、誰もいなそうだったし"見張ってて!”と言いながら交代で(笑)
6日ぶりの温水シャワーは、もう「うわ〜」って感じでしたね。
ーー10日間でケンカとかはしなかったですか?
(松本)
円満じゃない時はなかったけど、お互いピリつく場面はあったよね。疲れてくると何もごまかせなくなっていくから。バケの皮がめちゃくちゃ剥がれるというか。
(山内)
でもそれが嫌だとかではなくて、ずっと2人だから相手を通して自分を見てる気持ちになって。
今回もいろいろあって…わたしが早く歩き過ぎて、ゆいかちゃんとだいぶ距離が離れてしまって、遠くから「かなちゃ~ん」って叫んでいる声が聞こえてきた時は、なんでもっとゆっくり歩けなかったのかと、後悔しました。
山では本性が出るというか、疲れた時こそ、お互いを思いやれるかとか、大事なことに気が付きますね。
(松本)
そうそう、自分がカッとなったり、もやもやしている時があって、別の時にかなちゃんがそうなっているのを見たときに、“あ、私もこうなってたんだとか、こう見られていたんだ”ってわかって。そうやって相手を通して自分を見せられている場面がいっぱいありましたね。
(山内)
めっちゃあったよね、“つらい時ってそうなるよね、わかるよ”みたいな。“ああ、だれも何も悪くないのに、なんでこんなになっちゃうんだろう”とか、勉強になったというか。結構自分が精神的に成長できた気がします。
(松本)
景色がきれいとかよりも、浮き沈みあり、葛藤ありの、2人でいろんな気持ちになったことの方が思い出深いですね。
ーー改めて、おふたりにとって、山歩きの楽しみは?
(山内)
2人で歩いていると、珍しいからか、おじさんとかに声をかけられて、“どこどこまで行くんです”って言うと、“すごいね!”とか、人との触れ合いがあるので楽しいです。ソロで歩いても、いつも誰かと話したくてウズウズしています。最近は山小屋に友達も増えているので、だれかに会いに行っているうちに、夏が終わっちゃいそうです(笑)
(松本)
昔からやればできるのに、やらない自分がいて、でも登山をしていると、無意識に頑張れるんですよ。好きなことだったらこんなに、苦にせずできることがわかって、それが嬉しくて、楽しいですね。山を歩いていると、自分と向き合えるというか、自分が疲れるとどうなるかとか、こういうことで自分って感動するんだなとか、自分が掘り下がるというか、そういう気持ちになれるところも好きですね。
ーー縦走の魅力は何でしょう?
(松本)
ニュージーランドのトレイルを歩いた時に、子供から80歳ぐらいのお婆ちゃんまで色々な人が、歩いていて、釣竿とか水着を持ってて、途中の湖とかで釣りしたり、泳いだり、楽しみながら歩いている感じがすごくいいなって思って。
もともと高所恐怖症なので、槍の穂先に立ちたいとか、キレットとか高いところの景色をみたいというのは全然なくて、なが~く、のんびりと歩くのが自分に合ってるなぁって思います。
(山内)
このリュックに衣食住の全てが詰まっていて、それを背中で背負って、生活を作っていくというのが、すごくよくて。普段自分たちがどれだけ余分なものに囲まれて生きているのがわかるというか、最低限のものだけで自分は幸せになれるんだというのがわかってきて。
山だけじゃなくて私生活でも持つものの量が減ったり、服とかも、昔は大好きだったけど、今は執着がなくなりましたし、いろんなものが削ぎ落とされていく感覚が好きですね。
ーー途中で嫌になったりしないんですか?
(山内)
歩き始めて数時間くらいはしんどいなーとか、なんでまた山に来てるんだろう、とか思いますけど、いつの間にかそういうのはなくなって、「この先にはどんな景色が広がってるんだろう。見たい!どこまでも歩きたい!」って気持ちになりますね。あと、友達がいると、かっこ悪い真似はできないって思うので頑張れたりもします(笑)1人だとくじけてしまうかもしれないです。
(松本)
わたしは、やらされているんじゃなくて、好きだからやってるので、嫌になったらやめればいいし、辛いことはやらなければいいっていうマイペースな感じで歩いてます。
だから、かなちゃんとそこは違うかな、かなちゃんは好奇心の固まりで、突き進むタイプなんですけど、私は“のんびり一番!”みたいな。逆にその辺で2人うまくバランスが取れているのかも知れませんね。
ーー今後挑戦したいコースはありますか?
(山内)
今回東京から松本駅まで行ったので、その後日本海まで行きたいですね。北アルプスから立山を通って。海外も興味あるので、またニュージーのロングトレイルもぜひ行きたいです。
(松本)
わたしも、ニュージーランドはすっごくよかったのでまた行きたいですね。あとはカナダやアメリカのロングトレイルにも行けたらいいなと思います。
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北アルプス縦走の途中で、インタビューのために双六小屋を経由してくれた山内さんと、忙しい受付業務の合間を縫って取材に協力してくれた松本さん。お互いの違いに気づき、思いやりながら歩くことが、自らの成長につながると語る2人の目は、キラキラと輝いていました。
取材を終えて、縦走を楽しむために不要なものを削ぎ落とす技を身につけたことで、日常生活もシンプルになったという山内さんの哲学がずっしりと心に響きました。
長く、遠くを楽しむ。“ロングトレイル”とは、アウトドアをもっと楽しみたいと願うわたしたちが目指すべきライフスタイルのそのものなのかもしれません。
写真:臼井亮哉(and craft)