初夏の晴れた日。燦々と差す陽の光と、時折吹く冷んやりとした風が心地よいこの場所は、かつてはペンション・ヴィレッジとして賑わいを見せた長野県の原村。長野と山梨を南北にまたがりそびえ立つ八ヶ岳連峰の山麓に位置し、豊かな自然と共存する町。
そんな原村に魅了された.HYAKKEIライターでもお馴染みの津田賀央さんが、地元のメンバーらと一緒に何やら面白いカフェをオープンさせるそうです。
長野県の南信州エリアに位置し、八ヶ岳の麓、標高1000mほどの高原にある原村。80~90年代には多くの若者が訪れたカルチャーの中心地であり、八ヶ岳ペンション・ヴィレッジの名で広く知られた場所でもあります。ところが、ペンションブームが去り、高齢化や過疎化が進むにつれて、その賑わいは徐々に失われていったそう。
このペンション・ヴィレッジからほど近くに、八ヶ岳自然文化園という緑豊かな自然公園があります。ここでは、原村の衰退を食い止めようと新しい世代が中心となり、「星空の映画祭」や「八ヶ岳クラフト市」、「山の日サミット」などのイベントが定期的に開催されているんだとか。
しかし、限定的なイベントだけでは以前のような賑わいを取り戻すのは難しい…。そうして立ち上がったのが、津田さんや原村でさまざまな活動をする「ヤツガタケシゴトニン」のメンバーたち。
「地元の人も県外の人も集まる新たな文化拠点を作って、原村の魅力をもっと伝えていきたい。」
そんな彼らの想いから生まれたのが、八ヶ岳自然文化園内に新設されたカフェ「K」です。
「K」を運営するメンバーのなかには、都内での仕事を辞め、地元の盛り上げに貢献したいと一念発起して原村へUターンしてきた方もいます。
都内で有名セレクトショップの店長を務めていたという伊藤拓也さん。さすがは出で立ちも洗練されていて、お洒落な雰囲気が漂っています。便利かつ華やかな世界から一転、真逆ともいえるこの原村に、仕事を辞めてまで戻ってきた理由は何だったのでしょうか。
伊藤さん「育ててくれた地元にいつか恩返しがしたいとずっと思っていたんです。もっと地元や地元の人と触れ合える仕事ができればなって。そんなとき、先に原村に戻って働き始めた友人と話す機会があって。両親の高齢化もありましたが、それをきっかけに地元へ戻ろうと決心しました。」
じつは伊藤さん、昔はそんなに地元が好きではなかったそう。早くここから出たいという一心で上京したはずが、徐々に故郷を懐かしく想う気持ちが強くなっていったんだとか。
伊藤さん「体は生まれ育った場所を覚えているんですよね。地元に帰省する度に、体に馴染む感覚というか、そういうものが段々と大きくなっていきました。」
昔は退屈でしかなかった地元が、今ではとてもしっくりくる。一周まわって好きになる、それでもいいんだと伊藤さんはいいます。
伊藤さん「便利なものに囲まれすぎると、人間は考えなくなるんです。足りないくらいがちょうどいい、東京で過ごしたことでそんな風に思えるようになりました。それに、ここは自然以外は何もないかもしれませんが、言い換えれば贅沢なほど自然に恵まれている。そしてその魅力を生かそうとする面白い人もたくさんいる。それが原村の魅力なんです。」
食事やお酒が楽しめるだけでなく、本、アート、ライブやイベントなど、新旧交えた多様なカルチャーに触れることができるのも「K」の魅力。それらをきっかけに、さらに新しい何かが生まれる手伝いができたらと伊藤さんは考えているようです。
伊藤さん「僕たちがここで原村の文化や魅力を発信することで、それを求めて来ていただいた内外の方が新たに出会い、そして思いもよらぬ化学変化が起こる。そんな好循環が生まれたらいいなって思っています。」
「でもまずは、こんなに眺めがよくて寛げる場所は他にはない、そう思ってもらえるだけでも嬉しいですね。」
そう笑顔で話す伊藤さんと「K」のこれからの挑戦が楽しみです。
八ヶ岳はもちろん、霧ヶ峰や北アルプスも望めるここ「K」には、山岳ガイド・石川高明さんのガイドカウンターが常設されています。石川さんは、山岳ガイドのほか、原村観光連盟の副会長を務めたり、八ヶ岳登山企画という登山ツアーを企画する会社を立ち上げるなどして、原村を盛り上げようと尽力している一人。でもじつは、東京都の赤坂で生まれ育った生粋のシティボーイ(笑)。それがなぜ、この原村に拠点を構え、活動するに至ったのでしょうか。
石川さん「大学時代に所属していた登山部で、毎年新人合宿で八ヶ岳に来ていたんです。それで初めて八ヶ岳を縦走したとき、最後に蓼科山の山頂から見えた北アルプスがとても綺麗で。そのときの印象がずっと自分のなかに残っているんです。」
大学卒業後、サラリーマン生活を経て世界一周登山の旅に出ていた石川さん。そうそうたる海外の名峰を知ってもなお、変わらず八ヶ岳に魅了され続けているんだそう。帰国してからほどなく、家庭の事情で東京から住まいを移すことになったときも、ならばと真っ先に原村が候補に挙がったのは想像に難くありません。
石川さん「このあたりは、とても晴天率が高いんです。冬は寒いけど雪はそこまで多くなくて、気候が安定している。ガイドの仕事をする上でこれは重要なポイントでした。それに、ヨーロッパの夏とも気候が似ているので、テクニカルなトレーニングを行うには最適な場所なんです。私も海外へ行く前のサラリーマン時代には、よくトレーニングに足を運んだものです。」
それに八ヶ岳はどこからでもアクセスしやすい、と石川さんは続ける。
石川さん「登山口としては美濃戸口がメインですが、山梨側や長野県の佐久や霧ヶ峰の方からも東西南北さまざまな場所からアクセスができるんです。」
日本一標高が高い位置に国道(299号線)が通るのも、この八ヶ岳なんだそう。
登山を楽しむうえで、気候や立地的な条件に優れている点はこれまでの通りですが、八ヶ岳自体の魅力は一体どのようなものなのでしょうか。
石川さん「まず、八ヶ岳が面白いのは、主峰の赤岳を含めた8つものピークがあるところ。富士山や槍ヶ岳のような一つのピークを目指すのももちろんありですが、僕は必ずしもゴールは一つでなくてもいいんじゃないかって思うんです。自分が決めたピークを目指してそれぞれの楽しみ方があっていい、そんなことを八ヶ岳は教えてくれているような気がします。」
八ヶ岳は夏沢峠を境に、いわゆる北八ヶ岳と南八ヶ岳と呼ばれる2つのエリアに分けられます。厳冬期にはテクニカルなトレーニングの場にもなる、南側の急峻でギザギザとした男性的な山に比べ、曲線的な美しさを魅せる北側の山はしばしば女神様と例えられ、美ヶ原を通るヴィーナスラインや、蓼科山の北にある女神湖などの名もそれに由来しているんだそう。山容の違いを視覚的に楽しめるのもまた、八ヶ岳ならではなのかもしれません。
石川さん「北八ヶ岳には森や池がたくさんあります。縞枯山や北横岳なんかに見られる縞枯は、日本ではここと東北の日本海側の一部でしか見られない希少な自然現象ですよ。」
子どもから初心者、ベテラン登山者まで誰もが堪能できる美しい場所、八ヶ岳。
さらに、その周縁には日本有数の湧水地があったり、武田信玄が作ったとされるかつての軍用道路「棒道」には多くの隠し湯があったりと、登山以外にもさまざまなアクティビティが楽しめるのだそう。
そのお膝元にあり、原村の自然を生かしたさまざまな遊びの、まさに中間地点に位置するのが「K」。ここにガイドの拠点を構えることは、ごく自然なことだったのだと石川さんはいいます。
石川さん「これまで、アクティビティの前後にゆっくりとブリーフィングする場所がありませんでした。でもここなら、コーヒーを飲みながら仲間と登山計画をして、それから山に向かうこともできます。さらに、夜は雲さえなければ天の川が見えるほど星が綺麗なんです。星空を鑑賞した後にコーヒーを一杯飲んで帰っていただく、そんな夜のプログラムも今後はやりたいですね。」
これから本格的な登山シーズンを迎えます。八ヶ岳の自然を楽しみがてら、「K」に立ち寄り、原村の人・文化に触れてみるのはいかがでしょうか。
6月30日(金)にグランドオープンを予定。現在、MOTION GALLERYにてクラウドファンディングを実施中。
八ヶ岳に新たなカルチャースペースを!
自然の中で食や本、音楽まで楽しめるカフェ・プロジェクト
<住所>
〒391-0115
長野県諏訪郡原村 原山17217-1613
<電話番号>
0266-74-2684
<営業時間>
月〜木:11時〜18時
金〜日・祝:11時〜21時
<定休日>
火曜日