雨の夜だった。
梅田の店に並んだ椅子は、それでもほとんど埋まっていた。前に並ぶ4人は、スキーヤー、気象予報士、20代の原告、そしてテレビのプロデューサー。肩書きだけ並べると、何の集まりなのかよくわからないだろう。
登壇した3人には共通点があった。みんな外で遊ぶ人なのだ。スキーヤーが一人、サーファーが二人。その遊び場が、少しずつ変わってきている。
2026年9月26日、パタゴニア大阪・梅田で「守りたいのは、自然だけじゃない ー変わる気候、変えられる未来ー」が開かれた。世界で気候アクションを呼びかける「クライメート・ウィーク」に合わせて、パタゴニアが全国の直営店で開いているイベントのひとつだ。登壇したのは、パタゴニア・スキー・アンバサダーの大池拓磨さん、気象予報士の正木明さん、「明日を生きるための若者気候訴訟」原告の仲地賢作さん。進行は、NHKで20年近く気候変動の番組をつくってきた堅達京子さんが務めた。
最初に紹介されたのは、パタゴニアが製品提供プログラムに参加するアスリートやガイドに行った調査だ。対象はおよそ5000人で、その5分の1が答えた。過去5年で気候や自然環境の変化を感じると答えた人は96%。北海道では、かつて3月いっぱい楽しめたパウダースノーが、今は2月で終わってしまうという。
一番の不安として多く挙がったのは、自分の仕事を続けられなくなることではなかった。子どもたちが自然の中で体験する機会が減ることだった。
トップバッターの大池さん。
白馬でゲレンデサイドの宿を営みながらプロスキーヤーとして滑り、夏はキャンプ場や沢登りのガイドをしている。ずっと雪の上で滑り続けたい。その一心で暮らしを組み立ててきたら、今の形になったそうだ。
「斜面にちょうどいいスピードと、ちょうどいいターンがはまると、めちゃくちゃ気持ちいい。自然に生かされてるのが、体でわかるんです」
バックカントリーは、登りながら雪や天気を読み、リスクとワクワクのあいだで選択を重ねていく遊びだ。大池さんはそれを「一回山に行くと、一回人生をやりきった感覚になる」と表現した。
そう話したあと、大池さんはアルゼンチンでの映像を流した。北パタゴニアの山で3シーズン滑った。その最後に大きなクラッシュをしたときのものだ。同じ斜面に挑むのは3本目で、斜面にはもう慣れていた。頭の中は、どうかっこよく滑るかでいっぱいだった。そんな思いが、彼の気持ちを急かしたのか、無線を忘れたり、雪質の変化など、吉兆を感じながらも無視してしまっていた。
「窮地に追い込まれると、最後は自然に祈るしかない。僕の思いと自然は関係なくて、自然はただそこに佇んでるんです」
街の暮らしでは、自然のサインを見逃してもすぐに命には関わらない。山ではそれが、まっすぐ自分に返ってくる。気候の変化も、たぶん同じ構造をしている。自分に返ってくるまでの時間が、少し長いだけだ。
続く正木明さんは、関西の朝の情報番組で36年、天気を伝えてきた人だ。番組で伝えている「温暖化指数」は彼の発案である。その日の予想気温が温暖化の影響をどれだけ受けているかを、色で示すものだ。2022年からは「地球ラボ」と名づけて学校を回り、子どもたちに直接、地球の今を話している。
正木さんが紹介したのは、フランスの気象キャスターのたとえだった。毎日の気象は映画のワンフレームで、気候は映画のストーリーそのもの。ストーリーを知らなければ、猛暑や豪雨という1コマの意味は読み解けない。
そこで映されたのが、西暦1年から2020年までの地球の平均気温のグラフだ。線はほぼ横ばいのまま進み、産業革命のあたりで急に跳ね上がる。1時間に80ミリ以上の猛烈な雨は、産業革命以前の1.7倍。極端な高温は3倍から5倍に増えているという。ここ数年の夏が異常に感じるのは、このストーリーの中にいるからだ。
企業向けの防災講演でも、正木さんは必ず気候変動の話をするそうだ。気候変動対策は、未来の防災対策だから。
話の最後に、正木さんはこう話した。
「天気は変えられるんです。人の力で」
温暖化は、人間が二酸化炭素を出してつくってきたものだ。人が天気を変えてしまったのなら、人は未来もつくれる。2100年は今から74年後。今の小学4年生は84歳でその年を迎える。どんな地球を残すかは、私たちが選べる。
天気を伝える仕事の人が、天気は変えられると言う。その一言で、この夜の話は「怖い話」から「選べる話」に変わった気がした。
3人目の仲地賢作さんは、堺で生まれ、今は箕面に住んでいる。ふだんはこの店で働き、休みの日はサーフィンをするか本を読む。ビッグウェーブに乗るのが目標だそうだ。
仲地さんは、10代から20代の若者たちが大手電力会社10社を訴えた「明日を生きるための若者気候訴訟」の原告だ。10社だけで、日本のエネルギー由来のCO2排出量の約3割を占める。提訴は2024年8月。求めているのは、パリ協定の1.5℃目標に沿った削減目標を立てて実行することだ。
「この人たちを困らせたいわけではないんです。一緒に社会をつくっていく中で、責任を問いたい」
仲地さんは今年28歳になった。2100年には102歳。正木さんが最後に見せた予測グラフの、いちばん右端を生きる当事者である。
未来のために何を選ぶか、と聞かれた仲地さんは「ロマンを選びたい」と答えた。そのためには二つの要素が大切だと語る。「感動できる瞬間」と「感動できる心の余裕」。サーフィンなら、乗れる波とそれに向き合える気持ちだ。守りたいものが、とても具体的だった。
後半、仲地さんが2人に問いかけた。どんな脱炭素社会を思い描いていますか。
大池さんが最初にぶつかったのは、自分の中の矛盾だったという。ヘリで山に上がり、CO2を出しながら滑る自分が、環境活動をしていいのか。ニュージーランドを旅したときは、仲間と野菜と魚中心の食事に挑戦した。一人が力を出せなくなり、山を登れなくなった(大好物を食べられないのも、なかなかこたえるらしい)。
「CO2は絶対に出る。だから、何のために出しているのかをちゃんと理解する。一人が超頑張っても何も変わらないけど、価値観を共有する仲間が増えれば、絶対に変われる」
白馬では雪が減り、雪崩が起きにくくなっているという。雪崩が起きないと雪が締まらず、山が水をためておけない。人工的に雪崩を起こさないといけないのでは、という議論まで出ているそうだ。それでも大池さんは、この夜のタイトルにある「変えられる未来」という言葉が素敵だと話した。デモで、赤ちゃんを抱いた母親から「この子の未来はない」と聞いたことがある。胸が痛すぎて、頑張れなくなった。それからは、なるべく前向きに、自分に合ったやり方を探している。
正木さんの答えは、メディアの中の話だった。気候の話が毎日当たり前に届く番組や報道が根づけば、社会はすごいスピードで変わる。そしてもう一つの大事な仕事は、自分のいるテレビ局の意識を変えることだという。
「局の中で、私はたぶん『意識の高い人間』なんですよ」
そう言いながら、少しずつ周りに伝えてきたそうだ。
堅達さんによると、社会が大きく変わるきっかけは3%ほどの人の行動から始まるという。最初に海へ飛び込むファーストペンギンには勇気がいる。堅達さんは、天気予報に温暖化の話を持ち込んだ正木さんを、そのファーストペンギンだと紹介した。
では、2羽目、3羽目は何をすればいいのか。正木さんが「一番効果がある」と挙げたのは、再生可能エネルギーの電力会社への切り替えだった。手続きはスマホでもできる。太陽光などでつくられた電気を選べば、猛暑の日にエアコンを我慢しなくても、温暖化を進めずに済む。地元で採れたものを食べること、身近な人と気候の話をすること、選挙で意思を示すことも挙がった。
締めくくりに、堅達さんはこう話した。動機は何でもいい。大好きなアウトドアスポーツを続けたい。子どもや孫のため。電気代を節約したい。同じやり方でなくていい。
最後に登壇者たちは、「気候危機から、あなたが守りたいものは何ですか?」というボードに答えを書いた。
天気は変えられないもの、と普通は思う。少なくとも明日の天気は、そうだ。けれど何十年か先の天気は、今日の選び方の先にあるらしい。まずは雪が減った、波が変わった、という小さな気づきを、隣の人に話してみることから始めてみてほしい。