「説得しても、人は動かないんですよ」
僧衣のお坊さんが、マイクを握ってそう言った。場所は寺ではない。パタゴニア京都の、本棚に囲まれた一角である。
再生可能エネルギーが大事なことは、たぶん多くの人が知っている。それでも電気の話は、山や川の話ほど耳に入ってこない。自宅のスイッチの向こう側は見えないし、自分が何かを選んだところで変わる気もしない。そう思う人がほとんどだろう。
この夜の題材は、祇園祭の長刀鉾だった。
2026年9月25日、パタゴニア京都で「守りたいのは、自然だけじゃない ー祇園祭と再生可能エネルギーがつなぐ未来ー」が開かれた。世界で気候アクションを呼びかける「クライメート・ウィーク」に合わせて、パタゴニアが全国の直営店で開いているイベントのひとつだ。ゲストは、気候ネットワーク事務局長の田浦健朗さんと、TERA Energy代表で僧侶の竹本了悟さん。聞き手はパタゴニア京都のスタッフが務めた。
店の奥のアクティビズムコーナーには、「地域をつなぎ、未来をつくる」という言葉と一緒に、祇園祭の山鉾を飾る提灯の写真が掲示されていた。パタゴニアの店に、祭りの提灯の写真。この取り合わせが、そのまま夜のテーマだった。
先に話したのは田浦さんだ。1998年から気候ネットワークで活動を続けてきた人で、10年前には運動不足の解消にトライアスロンを始めた。自然の影響をまともに受ける競技なので、気候の変化はレースの現場でも感じるという。
田浦さんが映したデータは、「再エネはまだ先の話」という思い込みを静かに崩していった。2022年の時点で、世界で使われている電気のおよそ3割はすでに自然エネルギーだ。太陽光パネルは、つくって、運んで、設置して、いずれ廃棄するまでに使うエネルギーを、1年から1年半ほどの発電で取り戻せる。燃料を燃やし続ける火力発電には、そもそも取り戻すという考え方がない。
京都での実践の話も出た。市民がお金を出し合って公共の屋根に太陽光をつける「市民共同発電所」は、京都でこれまでに28基。宮津市では、ジャングルのように荒れていた土地に地元の事業者と銀行が関わってメガソーラーをつくり、住民説明会は拍手で終わったそうだ。山を切り開くメガソーラーには反対する。でも、地域に歓迎されるメガソーラーもある。田浦さんはそこを取り違えないでほしいと念を押した。
「省エネには我慢の面もあるけれど、再エネはつくと、自分たちが元気になるんです」
我慢ではなく、元気。環境の話でこの言葉を聞くのは、わりと珍しい。
続く竹本さんは、開口一番こう断った。
「気候変動の話をちゃんと聞いたのは、2017年の11月が初めてです。それまでは、陰謀論やろと言いかねない側でした」
生きる意味を考え続けた末に仏教に出会い、僧侶になった。2010年には京都自死・自殺相談センターSottoを立ち上げている。ところが、思いを持って非営利の活動をする人ほど、お金の面で暮らしが苦しくなっていく。それを変えたくて、2018年にTERA Energyをつくった。電気料金の一部を、利用者が選んだ団体に寄付する電力会社だ。竹本さんの言い方を借りれば、電気を使うだけで「推し団体」を応援できる仕組みである。
再エネへのこだわりは、仏教と環境を専門にする共同創業者の僧侶に「引きずられるようにして」強くなったという。竹本さんは元海上自衛官で、石油の輸送路を守るために多額の国費が使われている現場を知っている。そこに東日本大震災が重なった。
「どれだけ素晴らしいエネルギーだと言われても、誰かが傷つくものを、わざわざ使いたいですか」
誰かが傷ついたり嫌がったりする電気は使わない。それがTERA Energyの電源の選び方だそうだ。
長刀鉾のプロジェクトは、仕事の話をほとんどしない飲み仲間との雑談から始まった。地元の商店街が京都市の脱炭素の委員会に入ったものの、何もできていない。何かないか、と聞かれた竹本さんは、カウンター越しにこう返した。
「鉾に太陽光パネルをつけて、ためた電気で夜の鉾を照らせたら、めっちゃおもろいと思いますけど」
その話は一度、立ち消えになる。翌年また話題になり、今度は本気でやろうということになった。それが2022年ごろ。設置できたのは2025年で、足かけ4年かかった。
パネルをつけて、蓄電池を置いて、照らすだけ。竹本さん自身、最初はめっちゃ簡単そうだと思っていたらしい。実際は大変の連続だった。長刀鉾は巡行の先頭を行く鉾で、何年たっても誇れるものでなければならない。京都のパネル会社を4社ほど回ったが、一点ものはつくれないと断られた。関係者との合意形成では、TERA Energyのスタッフが何度も電話で怒鳴られたという。1年目は準備期間が2カ月ほどしかなく、間に合わなかった。
それでも最後は、鉾の側が「お前らが言うなら一肌脱いだるわ」と応えてくれた。理屈で説き伏せたのではない。何度も足を運んで、信頼が積み重なった先の一言だった。
ここで冒頭の一言に戻る。
竹本さんは痛風持ちだという。お酒は控えるように言われている。でも控えない。薬を飲めば大丈夫だと思っているからだ(痛風の話が気候変動にたどり着くとは、このときは思っていなかった)。頭ではわかっていても、心が動かなければ人はやらない。
「でも、林さんに長刀鉾でやりたいって言われたら、頑張れるんですよ」
理屈は大事だし、嘘は言いたくない。けれどその上にどんな関係を紡ぐのか。それこそが気候変動の本丸ではないか、と竹本さんは話した。
脱炭素という言葉は、どうしても電気の種類や排出量の話に聞こえる。でもこの夜に聞いた脱炭素は、ほとんど人と人の話だった。飲み仲間の頼みで動き、信頼に応えて鉾が動く。気候の話の本丸は、電気ではなく、人のあいだにあるらしい。
後半は、パタゴニア京都のスタッフが聞き手になって対話が続いた。人の行動を変えるにはどうすればいいか、という問いに、田浦さんは少し意外な答えを返した。
「人は変えられないと思っています。だから、押しつけない」
田浦さんが所属する太子山では、今年再生可能エネルギーへの切り替えが実現した。身近なコミュニティで何かを提案して断られたら、それは信頼がまだ足りないということ。今回の切り替えが実現できたのは、日頃の行いが信頼につながったからだと振り返る。
竹本さんは、自分も「変えられた側」だと言った。2017年に聞いた話の中に、気になる数字があったという。日本では、環境対策に取り組むと暮らしが不自由になると考える人が7割を超える。ヨーロッパでは、暮らしが豊かになると考える人が6割以上いる。同じ取り組みでも、受け止め方がこうも違う。
自宅のカーポートに太陽光をつけた竹本さんは、つけたばかりのころ、毎日パネルを眺めていたそうだ。電気そのものは同じなのに、気分がいい。TERA Energyに切り替えた人からも、よく「なんか気分ええわ」と言われるという。
「その実感は、切り替えた人にしかわからないんです」
最後に、100年後のまちの姿を聞かれた。
田浦さんは「七世代先のことを考えて決める」というネイティブアメリカンの言葉を引いた。そして30年後、50年後には、太陽光と蓄電池が今の冷蔵庫のように、どの家にも当たり前にあるだろうと話した。
竹本さんの答えは、もっと手元に近かった。今ここの自分が、50年後、500年後、5000年後をつくる。100年後に振り返ったとき、サボったりもしたけど、ちょっとは誇れるぐらいはやったと言える今を生きたい。
イベントのあと、ふたりは「気候危機から、あなたが守りたいものは何ですか?」というボードに、それぞれ答えを書いた。
山小屋の明かりも、テント場で充電するヘッドランプも、元をたどればどこかでつくられた電気だ。次にその明かりの下に座ったら、それがどこから来ているのか、少しだけ考えてみてほしい。