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黒部源流の秘境に一番近い道、幻の伊藤新道 [前編] 歴史とロマンのアドベンチャールートが復活

北アルプス黒部源流の秘境・雲ノ平と、その玄関口である三俣山荘。

簡単にはたどり着けないからこそ人々が憧れるその場所に、かつて最短で到達できたものの廃道となってしまった登山道「伊藤新道」があったことをご存じでしょうか?

そのルートが2022年に待望の再開通を迎えるということで、新しい橋を架ける工事に密着。その様子と、実際に歩いて感じた魅力をお伝えします。

黒部源流の開拓を支えた道、伊藤新道

三俣山荘図書室ギャラリーより

歴史上の廃道で、熟練者のみが通ることを許された幻の道。

実際に訪れるまでは、私の中で伊藤新道はそんなイメージでした。

三俣山荘図書室ギャラリーより

登山道の開拓エピソードが綴られた山岳書籍『黒部の山賊』は、山を愛する人ならば山小屋などで一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。もちろん、山が大好きな我が家の本棚にも並んでいます。

しかし冒頭に描かれた当時の地図を眺めては、あぁ昔はこんなすごい場所があったのか。と、どこか遠い歴史の出来事のように感じていて、とうとう足を運ぶ機会はありませんでした。

出典:kumonodaira.net

伊藤新道とは、この本の著者である故・伊藤正一さんが、三俣山荘と雲ノ平山荘の建設のために黒部の山賊とともに開拓したルートです。

黒部源流の美しさに見せられた伊藤さんの「雲の平の絶景を見せたい」という想いで作られたその道は、登山ブームが始まった昭和31年に開通。

1日に500人を超える登山客が訪れるほどの人気ルートとなりましたが、それはそう長くは続かなかったと言います。

原因は、道全体を覆う地盤である熱水性変質した花崗岩の脆さ、吊り橋ワイヤーを侵す硫化水素、高瀬ダムの建設により地下水圧の影響等でみるみる崩れていく登山道。同時に交通の制限もあり、登山客が激減。

手入れもままならず、ルート上の吊り橋は5本全てが落ちてしまい、昭和58年を境に通行困難な廃道となってしまいました。

こうして幻となった伊藤新道ですが、その歴史が再び動き始めています。

実は現在も整備が進められており、なんと来年2022年の開通を予定しているとのこと!

そこで今回は念願の伊藤新道を歩き、新しい橋を架ける工事に立ち会わせていただきました。

アドベンチャールートとしての復活

道の再建に尽力しているのは、伊藤正一さんの息子であり三俣山荘と水晶小屋のオーナー、伊藤圭さん。

圭さんと長男のこうやくん

伊藤新道の復活は父親が一番望んでいたことだ、と圭さんは話します。

「他に遺言らしい遺言が無い中で、『伊藤新道だけは直してくれ』と言い続けていましたね。

歳をとって歩けなくなっても、この道は俺たちの真髄でありアイデンティティだ、と話していました」

幼い頃から父親と一緒に歩いていたこの道を復活させることは、今は親子の同じ志。

「10代の頃、廃道になった伊藤新道を毎年親父と一緒に歩きながら、なんて楽しい所なんだろう、って。子供心にすごく好きな道だったんですよね」

道を復活させるにあたって、以前と同じコンセプトではなく、新しい登山道としての在り方を考えているという圭さん。

「近年の登山スタイルは多様化しているので、必ずしも”普通の登山道” である必要はないと思っています。

それよりも必要最低限なところに橋を架けて、あとは自分で道を選ぶ楽しさを味わって欲しい。

誰でも冒険を楽しめる。伊藤新道はアドベンチャーを体験できるルートとして復活させたい。」

決められた道を歩くのではなく、自ら道を切り拓く体験ができる。

これからの伊藤新道は、北アルプスの本来の姿を存分に感じられる冒険的なルートとなりそうです。

伊藤新道ってどんな所?

今も人々を惹きつけてやまない、魅力に溢れる伊藤新道。

実際に私が歩いて感じたその見どころをご紹介します。

湯俣ブルーと移り変わる絶景

温泉成分が流れ込んで織りなされる独特な湯俣川の色は ”湯俣ブルー” と例えられるほど美しく、ため息の出るようなセルリアンブルー。

手前の水俣川と奥の湯俣川、色が全く違う二本の川が合流して一つになるという珍しい光景。2本の川が合流する地点では、その色の違いがはっきりと見て取れます。

谷に陽が差し込む時間帯には、普通の登山ではなかなか味わえないこんな風景にも出会えました。

歩くうちに静かな渓谷はやがて生き生きとした原生林に変わり、最後は黒部源流の雄大な山々へと、様々な表情を見せてくれるとのこと。

出典:kumonodaira.net

沢を詰め、森を抜け、稜線へ出る。

たったの1日でさまざまな変化に富んだ景色を楽しめることは、伊藤新道の最大の魅力と言えるのではないでしょうか。

歴史とロマンのクラシックルート

橋が落ちてしまった今は通行に渡渉が必須となりましたが、昔の伊藤新道は高い場所に拓かれ、水に浸かることなく登れるルートでした。

上部を見上げると、以前の道の痕跡が所々に見られます。

朽ちかけの杭や、錆びて垂れ落ちたワイヤー。

時の流れに、登山道の歴史と開拓に携わった人々の努力が垣間見えます。

“道を作る” という一大プロジェクトを実現させた伊藤正一さんの情熱、そして夢を叶えることのロマンをも感じられるこのルート。

ぜひ、歩きながら当時の風景に思いを馳せてみて下さい。

沢の中のワイルドな野天温泉

沢の中に、突如現れる湯船。

湯船…!?と一瞬目を疑いますが、手を触れてみるとなんとも良いお湯加減。

沢の淵に湧き上がる温泉の熱気と硫黄の匂いで、目を閉じれば気分は温泉街。

ここは徒歩でしか辿り着けない、まさに秘境の野天風呂!

ひとたび腰を下ろせば、青空の下の開放的な野湯に浸かって川で冷やしたビールをプシュ、なんていう最高のシチュエーションが待っています。

上を目指してピークを踏むだけでなく、時間を忘れてのんびり過ごすのも贅沢な楽しみ方ですね。

天然記念物・噴湯丘

美術品のオブジェ?古代文明の遺跡?

いいえ、これは自然がつくる不思議な造形。

温泉の成分が長い時間をかけて凝固した、噴湯丘(ふんとうきゅう)です。

辺り一帯を湯気が立ち込め、ふつふつと湧き出る青白い川が流れていく様子はとても神秘的。

国の特別天然記念物に指定されている珍しいものですが、海外のようなスケール感のある風景は、一見の価値ありです!

次ページではいよいよ伊藤新道を歩き、工事の様子をお伝えしていきます。

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ライター:
Saki Aoyama