「あの頃はよかった」
と現在を嘆き、懐古主義になるのは容易い。
ただし、そこから一歩踏み出し、現在に対してあたらしい提案をする人は、数えるほどしかいない。
TAKIBISMは、名実共に焚き火と生きる「焚火カフェ」主宰の寒川ーさんと、香川県・槙塚鉄工所の槙塚登さんが立ち上げた焚き火ブランド。共に香川県で育ち、あるとき意気投合して以来、異分野のプロである両者の目線であたらしい焚き火道具を開発している。
今回、TAKIBISMの道具が作られている槙塚鉄工所にお邪魔して、TAKIBISMの道具、そして根底に流れている哲学をうかがってきた。前編・後編にわたってお送りする。
焚き火の達人と鉄のアーティストの出会い
日本中の多くの人の人生観を変えることになった2011年の東日本大震災。神奈川に住む寒川さんは、震災や原発問題を受け地元香川に疎開していたときに、槙塚さんの作品も展示されていたある展示会にたまたま足を運んだ。
寒川さん(以下:寒):「槙塚くんは、鉄の職人でもあり、アーティストなんですよ。鉄で作ったドラムやギターを展示していて、 その場に一緒にいたバンドをやっている息子たちが釘付けでした。そのときの記憶がずっと残っていたんですよね。」
槙塚さん(以下:槙):「そのときは私は在廊していなかったので会わなかったんですが、寒川さんがハンモックのイベントを神奈川の三浦で行っていて、そこで実際にははじめてお会いしたんです。」
寒川さんが言うには、自身がかかわるアウトドアの世界と彼の作る鉄の世界は、出会った当時はそこまでぴったりハマっていたわけではなかったそう。
槙:「とにかく彼の焚火カフェのスタイル、その場に落ちている薪を拾って、火をおこし、豆を焙煎して淹れるという一見面倒なことをこだわって行っていることが衝撃的でした。彼の持っている道具もいちいちかっこよくて。火吹き棒は自分も薪ストーブを使うから便利だなぁと思ったので、自分でも作ってみて彼に見せたことがあったんです。」
寒:「そのあと、ヨセミテに旅をしたとき、持っていた火吹き棒が空港の税関に引っかかったり、そもそも長くて収納できなかったりで、すごく困ったんです。知らない人が見たら武器にしか見えないし(笑)。それで帰ってから槙塚くんに相談してみたんですよね、自作の火吹き棒を見せてもらっていたから。」
火吹き棒「ブレス・トゥ・ファイヤ」の開発
寒:「ぼくは以前からMONORALの焚き火台『ワイヤーフレーム』を愛用していて。布のうえで焚き火ができるのはエポックメイキングだし、それをアイデンティティとして曲げないところがすごいなと尊敬しているんです。理系的で賢いはずなのに不合理性を持っているというのが面白いんですよ。
ヨセミテの件もあったから、火吹き棒がコンパクトになるといいなと思っていて、このワイヤーフレームの袋に入る火吹き棒があればベストだと。この袋は、他にも愛用しているソロストーブのトライポッドも入るサイズだからそんな思いがあったんですが、槙塚くんにお願いして作ってもらった2分割されたものが、結果的にジャストサイズだったんです。」
そこから開発のはじまった火吹き棒の初期モデルは、2本が組み立て式の単にまっすぐに伸びた棒だった。寒川さんがそれを使っているうちに錆びついてしまい2本が取りはずしできなくなってしまったという。
二人はそれを解消する方法として、フックとなる火搔きを新たに設けた。
槙:「ただのまっすぐな棒から、先端にこのフックが付くことで指がかけやすくなって、締めるときも外すときもグッと力をかけやすくなるんです。あとはこのフックが火搔きの役割も果たすだろうと。」
寒:「この火搔きがぼくにとっては大きくて。と言うのも、トングは焚き火道具のなかでもあまり好きではなくて、ぼくはできるだけ持って行きたくないと思っていたんです。この火吹き棒に火搔きがついたことで、慣れてしまえばトングが必要なくなった。これは画期的だと思いました。」
確かに、トングを扱っているとどこかBBQ感があるし、キャンプをしていて薪用のトングと料理用のトングを間違えてしまうこともあったりと、色々もどかしい部分があるように思える。
素晴らしいアイディアにより、さらに機能的になった火吹き棒。けれどもすぐさま次なる課題にぶつかる。外したときにこのフックをどう収めるのか?となったのだ。
そこで採用されたのが、火吹き棒の下半分を棒から十手のような形にする方法。しかし、それでは火搔きのでっぱりの影響で2本が平行におさまらなかった。
槙:「この収まりを考えるのにはすごく時間がかかったんです。細いでしょう?そうするとどうしてもカタついたりしてしまうんですよね。
原型はできたので、あとはどう精度を上げていくか。錆びつくこと自体が問題なので素材をステンレスにしてみたり、カタつかないよう内径を調整したりと、細かな部分を直していって、組んだときも平行になるようにしました。」
「自分のためのもの」から製品化へ
寒:「火吹き棒って言ったらそれまでだけど、プラスもマイナスにも作用する、いわば’制御棒’。中途半端な燃焼ではなく灰にしてしまう力を持っているのが火吹き棒なんですよね。」
この火吹き棒の製品化において、忘れてはいけない出会いがあったという。スウェーデンのイエリバーレという北極圏で事業を行っているレンメルコーヒーの二人だ。
彼らに会いにスウェーデンに行ったとき、限られた30分のあいだに薪も使わず拾った木の枝で火をおこし、コーヒーを淹れて枝は灰にする、そんな寒川さんの姿に彼らは驚愕していたそうだ。
寒:「『炭は土に還らず腐らず残るものだけど、灰にまですると風に舞って次の植物を育てることになる。それがパーフェクトの焚き火だ。この火吹き棒はそれを実現するための素晴らしい道具だね』
そう彼らに言ってもらえたんです。彼らに気に入ってもらえたことで自信にもなったし、海外でも受け入れられることがわかりました。」
それまでは火吹き棒を製品化するプロジェクトではなく、寒川さんが欲しいものを槙塚さんに作ってもらっているだけだった。もちろんマーケットからニーズがあったから作ったわけでもなく、そもそもリサーチをしたわけでもない。
寒:「レンメルの二人の言葉を受けて『製品化するぞ』となってから一気にクオリティが上がったように思います。アウトドア道具としてはニッチだけど、火吹き棒は焚き火にとってはマスト。空気を送り込むものですからね。だから製品化にあたり、クオリティにはこだわりたかった。」
槙:「平行におさまるようにはなったけど、そのままでは十手部分から抜けてしまう可能性もあるので、固定用のベルトを設けようと思ったんです。質感的には革がいいけれど、使っているうちに伸びるからベルトとしての機能が落ちる。けど、マジックテープでは質感を損なう。
色々悩んで、埼玉の革の作家さんに相談したら、革を締める方法としてDリングを提案してもらったんです。こうすることで、たとえ革が伸びたとしてもしっかりとベルトを締めることができます。」
寒:「ひとつひとつが本当に手探りでした。アウトドア道具を作る、ということ自体は二人とも本業ではないし、火吹き棒についてはもとになるものがない。試行錯誤しながらの開発は2年近くかかりました。」
槙:「
人の出会いがこのプロダクトに集約されているんです。できたものを見るとなんでもないが、そのプロセスには本当に色々な人が関わってくれています。
先端のジョイントのネジ切りが自分では精度高くできなかったので、熟達した専門の職人が作ってくれたり。木製の柄の部分もそうです、80歳を超える職人にお願いをしました。最初はどれもこれも自分でやっていたんです、でもそうすると1本作るのに何本もロスをすることになって精度も落ちる。きちんと製品化するにはこれじゃダメだって。」
寒:「きちんと作れないと吹きの力も全く変わってきます。色々な人を巻き込んで改良を重ねるごとに、吹きの力も改善していきました。」
思わぬ製品同士の融合、そして完成
槙:「同時並行で、槙塚鐵工所オリジナルで作っていたフライパンディッシュの需要がどんどんあがってきて。これは鉄製の取手が取れるフライパン、取手をとれば直火OKな皿にもなる商品です。」
寒:「これを見たレンメルコーヒーのマルクスが、『この取手は火吹き棒に付かないのか?』と言ってきたんですよ。
これはまさかの展開でした。そのアイディアをもらって、あくまでオプションではありますが、ジョイントパーツとして作ったんです。ブッシュクラフト好きな人たちからも反応がよかったですね。ただ、この取手をつけている間は火が吹けないという(笑)」
槙:「できる限りのことまでした結果、もうこれ以上はないというところまで来ました。これで製品化だと。」
寒:「革ベルトで閉めたときの佇まい、たまらないですよね。道具は突き詰めていくと人の体の形状に近づいていくんです。”シンプリシティー”のように、目的がはっきりしているものはシンプルになっていく。最初からオプション展開を考えてたら、こういう形にはなってなかったはずだと思います。」
構想から約2年の開発期間を経て、世に送り出されたTAKIBISMの火吹き棒「ブレス・トゥ・ファイヤ」。
取材の時点では200本が売れ、300本目のオーダーが入っているという。
もう、うちわも、トングもいらない。
スマートで機能的なこの道具を携えれば、焚き火がもっと楽しくなるに違いない。
そしてTAKIBISMの話は、焚き火の本丸、焚き火台へと移っていく。
(後編に続く)
槙塚鉄工所 – Breath to fire
12,500円(税抜) ご購入はアンプラージュ インターナショナル WEBショップにて
写真:羽田 裕明