初冬を迎えるころになると、渋沢丘陵のことを思い出す。“神奈川の屋根”と呼ばれる丹沢山地の南に位置する表丹沢を眺めながら歩ける、まさに丘陵ハイクの道だ。標高100m~300mほどのゆるやかな里山に集落が点在し、高低差は小さい。けれど、田畑と人の営みの織りなす風情がたっぷり残っていて、まさしく里山トレイルといった風。抜けのいい大きな展望と、陽だまりとからっ風に季節を感じながら歩く道は、初冬ならではの気持ちよさなのだ。
たとえ同じ山であっても、日ごろ暮らしている目線の高さから仰ぎ見る場合と、低山の稜線や頂から眺める場合とでは、角度が異なる分、ずいぶん印象が変わる。高さの違ういくつかのアングルから観察することによって、知っているはずだったその山の別の一面を、より立体的にとらえられるようになるのだ。実際の風景と地図とを見比べてみると、なおさら面白い。
たとえば小田急線から仰ぎ見る表丹沢は、標高1500mほどのミドル級の山稜が東西に連なっていて、山頂まで木々に覆われた山肌からは、岩がちの高山に比べて柔らかな印象を受ける。ところが、麓の町並みが見下ろせるほどの高さにある渋沢丘陵から眺めてみると、ガラッと印象が変わる。差し込む太陽が、表丹沢を幾筋にも刻む谷に影を落とす様子がよくわかるのだ。時間を追うごとにその影が変化するため、実はすいぶん複雑な地形をした山なのだとわかる。紅葉のシーズンが落ち着いて、葉を落とした木々の白い幹が目立ってくる頃、表丹沢はそのたくましい体躯をむき出しにする。実は筋骨隆々な山だったのだと、穏やかな里山から見惚れてしまうのだった。
関東大震災によって生まれた震生湖を起点に、太陽を追いかけながら丘陵地を西へ向かって歩き、頭高山までのんびりハイクを楽しむのがオススメだ。途中、畑仕事をする地元の方と会話を交わしたり、ハイカーとの情報交換を楽しんだり、突如現れる富士山や箱根の山々に驚いたり、矢倉沢往還などの古道や歴史の痕跡を発見したりと、長い距離に見どころがたくさんあるのもうれしい。登山とはいささか趣きの異なる“里山歩き”の楽しさに触れてみると、たまにはこういうハイクもいいもんだなぁと、あらためて思うのだ。