ギザギザのせまーい尾根に、ひと筋の踏み跡がずーっと先までついている。たくさんの人が歩いた証だが、なかなかスリルがある。いまから自分もここを歩くんだと思うだけでワクワクしてくるけれど、低山とはいえ山は山だ。鋭利なノコギリのような稜線を前に、気持ちを引き締める-
ここは大分県の豊後高田市。国東半島は夷耶馬にそびえる岩の山で、その名を中山仙境という。ギザギザの峰の最高峰は高城(標高317m)で、まるで戸隠山を彷彿させる、ものすごい存在感だ。すぐ真下に地元の営みが見えるほど里が近く、低山ながらも古の信仰を感じさせる厳しい尾根道。この道に、ぼくはすっかり魅了されてしまって久しい。
この夷谷は、西夷と東夷から成る大きな谷で、起伏の激しい地形が視界いっぱいに広がっている。すごくダイナミックな景観で、まるでどこかの星にでも来てしまったかのようだ。異世界を思わせる様相には、ただただ圧倒されるばかり。
国東半島にはこうした大きな谷がいくつか点在していて、地元宇佐の八幡信仰と外から入ってきた天台密教が融合して、国東半島独自の宗教文化が根付いた。そうした信仰の修行僧によって山谷が切りひらかれ、年月をかけて醸成されてきたのが「六郷満山」だ。ちょうど今年は開山1300年にあたる。これから訪れる紅葉の季節、六郷満山を巡る旅を計画するのもよさそう。
夷耶馬農村公園から登り始め、尾根に出てからは鎖を伝ってナイフエッジのような痩せ尾根を乗り越えていく。やがて中山仙境最大の見どころ(というか、難所!)の無明橋が目の前に現れる。長さ1.5m、幅50cmほどの石を2枚つないでいるだけ(に見える)石橋。これを渡るには、いささかの勇気がいる。だって、橋がポキっといったら、まさに奈落の底なのだから。
しばし悩んだけれど、果たしてぼくは、ちょうどつなぎ目をまたいだ写真を撮るべく3回往復することができた(3回という回数には意味はない)。あのワクワクとドキドキがない交ぜになった気持ちは、なんとも表現できない種類のもので、ときおり思い出しては、痩せ尾根と石橋に戻りたくなってしまうのだった。
ちなみに、無明橋の下には迂回ルートがある。苦手な人は、無理せず回避して山頂を目指そう。