「現役の建築家」によるアウトドアブランド『mikikurota』をご存知でしょうか。さらに主は山好きというわけですから、興味を持たずにはいられません。
緻密で、美しく、機能的。で、ときどきユニーク。『mikikurota』のアウトドアギアには、建築家ならではの視点と技術、アイデンティティーがずっしりと盛り込まれています。設計、図面、生地のカッティングからボンディングに至るまでもすべて二人の手作業。わたしたちユーザーのふるまいにフィットする空間を追及し、テントを設計している彼らがたどり着いたテントとは、一体どんなものなのでしょうか?
――お二人は現役の建築家なんですよね。
ミキ)はい。いまは設計住宅をメインに手掛けています。美知子(クロタさん)とは大学の建築学科が一緒で、卒業後にそれぞれ別の設計事務所を経て、2015年に「mikikurota一級建築設計事務所」として独立しました。
――建築士として住宅を設計する活動とは別に、「Mountain Gear Project」を立ち上げていますよね。これはどのような経緯で立ち上げたのでしょうか?
ミキ)端的に言うと、もともと山が好きだからです。建築は建築でおもしろいので満足しているんですけど、山にも行きたい。だけど、なかなか山に行く時間がなくて、じゃあテント作っちゃえばそれも仕事だな、と(笑)。言い方を変えれば、テントも“山の”建築だなぁと思ったりして。建築のジャンルを広げるようなイメージで、「Mountain Gear Project」をスタートさせました。
――アウトドア遍歴でいうと?
ミキ)メインは登山です。とくにアルプスなど標高の高い山が好きです。昔はスキーをやっていましたが、親に連れていかれる感じだったので、自分で山に登るようになったのはここ10年くらい。あとは釣りも好きですね。
クロタ)ミノー(ルアー)をずっと家で作ってたよね。自分で色塗ったり削ったりとかして。
ミキ)僕はもともと作って楽しむタイプで、当時はウルトラライトハイキングの流れでMYOG(*1)文化を知って、それにビビっときて。最初にテントを作ったんです。
(*1)MYOG:Make Your Own Gearの略。ミョグと読み、おもにアウトドア道具を自作することを意味する
――おお、最初からテントですか。
ミキ)0から作るのではなくて、自分の持っていたモンベルの「ステラリッジ」の骨組みや納まりを流用したんです。フライシートの素材はタイベックにしてまっ白に、加えてインナーもフルメッシュにして軽量化させました。これは自分の考えていることをまとめて、僕らのための作品として作った感じですね。なので製品化はしていません。
クロタ)1人用だったものを2人で使えるようにしたんです。ポールはそのままで、高さを抑えて広げるみたいな感じで。
――まっ白のテントって、なかなか珍しいですね。
ミキ)その頃はモンベルのテントって黄色しかなくて、建築を設計している人間がみんなと同じ黄色のテントに入ってるのもどうなんだろうなって想いがあって。でもいいテントだよなぁと思っていたので、それをタイベックに変えたらまっ白になるし、軽くもできると考えたんです。それが2013年。
最初は自分たちのためにやっていたんですが、インスタでの反響も後押しして、みんなに使ってもらえるように完成度を高めてみよう、と。それで、2016年の夏頃から今製品化しているテント(エレメンタル1の前身)を作りはじめました。
――どうしてサコッシュなどの小物ではなく、テントを選んだのでしょう? いち個人でテントを作って販売するのは、とてつもなく大変な作業だと思うのですが……。
ミキ)ガレージメーカーさんでやっているところは少ないというのもありますが、もともとの建築の活動に繋がる要素も大きいです。テントは人が入る空間ですから。
でも、作るはものすごく大変です。曲線なので、生地のカッティングや接着も大変ですし、正直、手間を惜しまずに作っているところはありますね。手間を考えたらデメリットだらけですし(笑)、ぜんぜん儲かりません。でも、そういうの関係なく作ってみようと思ってやっています。
――mikikurotaのフラッグシップとも言える「エレメンタル1」は、淡いターコイズグリーン色が目を惹きますね。
ミキ)キューベンファイバーは素材としての魅力もありますが、このグリーン色も好きなんですよね。ホワイトもきれいですけど、特にこのグリーンが好きなんです。
――円錐に近い六角錐をしていたり、シームリングが不要なボンディング技術を採用していたり、天頂部あたりにガイラインループを設けていたり。これまでのソロテントになかったデザインや機能が目につきます。こういったアイデアはどのようにして生まれているのですか?
ミキ)突然ポンとアイデアが浮かぶのではなくて、僕の場合、けっこううんうん考えます。「これってどう思う?」みたいな感じで美知子に話してみて、日々の議論の中で戦わせながら、煮詰めていくというか。
クロタ)自分だけがいいなと思っても、他の人がいいと思うとは限らないので、自分以外の人も「あ、これいいな」と思う共有ポイントを見つけていきながら、生まれたアイデアを確信に変えていきます。
ミキ)僕らがいいと思うアイデアは、新しさよりも、みんなが安心できるかどうか。ちょっと新しければそれでいいと思っています。「エレメンタル1」も、パッと見はそんな新しい形ではないんですよ。でも、ポールが偏心していて、一人で座ってちょうどモノが置けるゆったりしている空間があって、しかも耐風性が高くて。『Six Moon Designs』のルナーソロっぽいけど、実際はそれとも違う。僕は好きなんですよね、この形が。
――本体にはシリアルナンバーが記されていますね。001から022(取材時)に至るまではどれくらいの年月がかかっているのでしょうか?
ミキ)だいたい1年半です。前に初期モデルを使っている方に、「今度こういったものを付けることにしました」ってバージョンアップの話をしたら、その方は「ない方がシンプルでいい」と。機能が増えればその分重くなるので、使う人によって好みも違うよな、とそのとき気が付きました。
僕らも日々製品をテストするなかで、機能の足し引きなど変更を繰り返しているので、それはそのときの良さとして、どんどん作り替えていこうと思っています。僕らが作るものは日々バージョンアップしているんだけれど、一個一個が作品でもあるんです。
――たとえばユーザーの人が022のスペックでほしいと思って購入を検討しているうちに、023になって何かが変わっている可能性も?
ミキ)その可能性はありますね。なので変更点があるときはインスタで告知するようにしています。
――ウェブサイトの商品説明には、ときおりミニチュアの人物やギアが登場しますよね。今までにない見せ方だなぁと思いました。テントの模型にしても、とてもユニークですし。
ミキ)こういうのがあったら分かりやすいよなぁ~と思って作りました。見ただけで感覚的に分かるじゃないですか。僕は文章を長々書いちゃうタイプなんですけど(笑)、写真なら感覚的に分かるので。
クロタ)ミシンで縫ったり、模型を作ったりして。細かい作業が結構好きなんです。
――ユニークと言えば、「フルーツサック」。テントがとても緻密に設計されているだけあって、こういった洒落の効いたアイテムはちょっと意外でした。
ミキ)山で友達に食べさせてもらったリンゴが超おいしくて。それで、じゃあ次のMYOG交換会はリンゴケース作るか、みたいなノリで(笑)。これに込めている想いは、サイズを全部フルーツにしちゃうっていうのが、ひとつのユーモアでおもしろいんじゃないかなと。
ミキ)山に行く人たちって、「どうしたら安全か」とか考える力がついていると思うんですね。だから、「リンゴになに入れる?」とか「スイカはどんなふうに使う?」とか、使い方はその人次第。こちらからの質問でもあるんですよね。
――今後の展望についても聞かせてください。
ミキ)今考えているのは、アウトドア業界と建築業界をミックスさせること。家は都市で暮らす空間で、山は、山で時間を過ごしたい人が行く場所ですよね。そこのボーダーレスな関係を作りたいと思うんです。たとえば、テントの模型を照明のかさにして、山に行けないときは家でテントを眺めて、とかね(笑)。ストーリーを立てて、インテリアとか建築の話と、山の話をミックスできるんじゃないかと。テントをどうしたい、建築をどうしたい、というよりかは、建築と山の接点があるんじゃないかなって。そこを模索していきたいです。
――なるほど。すでに建築の領域で取り組んでいることはあるんですか?
ミキ)山の生地を住宅で使ったらどうなるんだろう?って思って、じつは今設計している住宅のバルコニー部分にキューベンファイバーを取り入れようと思っているんです。キューベンは透け感がおもしろいので、視線は遮りたいけど、光は入ってきてほしいという場所にピッタリなんですよ。
――おお、キューベンを住宅に……! でもそういう考え方もアリかもしれません。
ミキ)自分たちのふだんの表現活動のなかで、「山ってこうじゃない?」「家ってこうじゃない?」みたいな提案ができるといいなと思っています。
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大変だし、儲かるわけでもない。だけど、作る。そのモチベーションはどこからくるのか、わたしは不思議でした。すると、クロタさんはこう言います。「建築物の設計はできても、実際に作るのは大工さん。建築士が自分の手で作ることはできません。でも、テントは自分で設計して、自分の手で作って完成させることができる。想いを100%込められるので、やりがいがあるんです」。
建築とテント。街と山。ミキとクロタ。
ふたつの円が手を取り合うようにして連なるロゴのように、相反する双方を歩みよせ、ひとつのモノとして落とし込む。『mikikurota』は自分たちの価値観で、これからも別世界のモノ同士を共存させていくのでしょう。そんな気がしました。
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