埼玉県川口市にある、小さな町工場。そこに、国産にこだわってワカンやアイゼンを作り続けている会社がある。その名は、「エキスパート・オブ・ジャパン」。現在はオリジナルで登山用品を製造、販売しているが、前身は航空機部品を下請け製造する金属加工業の会社だった。
世の中の「自動化」が猛スピードで進む中、同メーカーは、熟練した職人による手作業にトコトンこだわっている。昨今、「国産」はブランディングするうえでひとつの強みになっているが、人件費や高効率を考えたとき、場合によっては企業にとって頭を抱える問題にもなる。
なぜ、下請け製造業から、登山用品を開発・製造するオリジナルメーカーへと転身したのか。平たく言うと、後者は在庫を抱えるリスクを伴う。それは社運を分ける、一大決心だったのではないのか。
今回、工場に足を運び、モノづくりの極意や職人の手作業にこだわる理由など、国産メーカーの行く道をうかがった。
――個人的な話になりますが、以前スノーシューを探していた時に、エキスパート・オブ・ジャパンのワカンに出会いました。これはいいなと思って。御社といえばワカンのイメージが強いですが、どんな山道具を作っているのでしょうか。
ワカンのほかに、アイゼン、ピッケル、ストック、クライミング用品などの山道具を手掛けています。当社の商品はすべてオリジナルで、企画から製造まですべて社内で行っています。
――立ち上げの経緯を教えていただけますか。
まず、エキスパート・オブ・ジャパンの前身となる「石井製作所」は、昭和2年に東京・池袋で創業しました。おもに航空機部品の製造を請け負う会社です。しかし、昭和20年に空襲のため工場が消失してしまい、その後は、医療や通信機器の部品などを製造するプレス金属加工業として、再スタートしました。それが昭和37年のことです。
――そこからアウトドアギアの開発・製造へは、どのようにして至ったのでしょうか。
石井製作所の三代目社長となる石井貞男が大の山好きで、最初は市販の道具を買っていましたが、自分の家に工作機械があるので、それを使って山道具を手直ししはじめたんです。彼は工学部を出ていたので、図面も引けるし、絵も上手でした。
そのうち、下請業の合間を縫って、自分が考えた図面をもとに余っていた端材でオリジナルの道具を作り、山へ持って行くようになりました。その道具を見た山仲間が、「これは売れるんじゃないか?」と。このようなきっかけで、少しずつ作りはじめ、昭和59年に石井製作所のなかにエキスパート・オブ・ジャパンを商標登録するという業態でスタートしました。
――最初から会社を立ち上げたのではなく、石井製作所の一部だったんですね。
そうです。高度成長期が過ぎてオイルショックが起こり、下請けの仕事が減っていった背景や、山道具の売り上げが伸びてきたこともあり、平成3年に石井製作所改め、株式会社エキスパート・オブ・ジャパンを設立することになりました。
しかし、当時、石井製作所の三代目社長であり、株式会社エキスパート・オブ・ジャパンの初代社長となった石井貞男は、周囲から「下請けはメーカーにはなれない」と、“下請け”から“メーカー”に変えることの難しさを散々言われました。
――難しさというのは?
生々しい話にはなりますが、メーカーにすると、在庫を抱えて様々なリスクを背負います。最近、OEM(※1)という言葉をよく耳にするようになりましたが、OEMなら発注された分だけ作る業態なので、極端な話、作った時点で売り上げが見込めることになります。下請けと変わらないので、その方が楽は楽なんです。
でも、メーカーの場合は、製品を作ってもお金に変わる保証がない。その状態から踏み切らなくてはなりません。しかし、石井貞男は人生の目標のひとつに「メーカーにしたい」という強い想いがあったので、周囲から何を言われようと、覚悟を決めて立ち上げたのです。
(※1)OEMとは、委託者のブランドの製品を製造すること。
――オリジナルに自信を持っていないとできない、とても大きな決断ですよね。
彼は金型から製造、営業まで、すべての工程を自分でできる力を持っていたので、それも後押ししたと思います。洋服で例えると、企画、デザイナー、パタンナー、縫製、営業に至るまで、全部をひとりで行うことができる人。それに、彼自身がプロの登山家なので、机上論の世界でモノは作らない。それがわたしたちメーカーとしての強みです。
――確かに、金型の多さには驚きました。金型って、発注になかなかの費用がかかると聞いたことがあります。
国産でこの価格帯を維持できているのは、自社で金型を作っていることが大きいです。石井貞男は、金型の設計製作もできたのですから。これを外にお願いしていたら、現状の価格維持はできません。
――製品を作るうえで、どんなところにこだわっていますか?
まず、国産であることが大前提です。また、形状や重量など既製品では満足できなかった経緯もあり、たとえ小さなパーツであっても、使用する部品は可能な限り自社で作っています。一部、ベルトや六角レンチなどは購入していますが、購入する場合でも、国産であることを大切にしています。
――どうしてそこまで「国産」にこだわり続けるのでしょうか。
わたしは、変化をしていいコンセプトと、ブレてはいけないコンセプトがあると思っています。弊社に関して言えば、「国産」というのは、変化をしてはいけない、ブレてはいけない部分。石井貞男が、石井製作所からエキスパート・オブ・ジャパンと社名を変えたように、その意識は創業当初からかなり高い。けれど、他の部分では、時代のニーズに合わせて変えていかなければいけないところもある。それは感じています。
――約30年前の創業当初から、国産にこだわる理念があったのですね。当時はめずらしいことだったのでは?
そうですね。今の時代のように、「国産=品質の高さ」という時代ではありませんでした。でも、国産以外は考えていなかった。なぜかというと、そもそも石井貞男自身が、創業者という前に、ひとりの職人だったからです。自分がモノ作りに携わりたいと思う限り、国産にこだわることが必要だったんです。
海外工場なら、今より安くできるでしょう。でも、その代わりロットも増える。もちろん、過去には海外で作って会社を大きくする選択肢もあったと思います。ですが、やはり石井貞男は自分が携わっていたかった。だから国産にこだわり続けました。
――ところで、そもそもワカンとスノーシューの違いは何でしょう? なんとなくでしか分かっていない人も、なかにはいるのではないかと。
大きな違いは、「浮力」、「大きさ」、「値段」です。スノーシューに比べ、ワカンはコンパクトで軽く、安価な傾向があり、汎用性もあります。浮力においては、ワカンより接地面積の大きいスノーシューの方が浮力は高くなります。ただ、スノーシューズは歩行中に雪がフラット面に積もってしまいやすく、歩行にかなり脚力が必要になります。ワカンはパイプ状ですから、雪がつきにくく歩行時の負担はかなり少なくなります。
――エキスパート・オブ・ジャパンのワカンの特長は、どんなところですか?
靴につけやすい固定方式で、丈夫、そして軽量な点です。フレームはアルミで、爪はステンレス製。重量は両足で775~785gと持ち運びに優れ、他社と比べても軽くて丈夫に仕上げています。
また、弊社のワカンとアイゼンであれば併用して装着は可能です。他社のアイゼンでも装着できる場合がありますが、歯の形状次第ではベルトを切ってしまう可能性があるのでアイゼンの歯の形状を必ず確認していただきたい、と。
――他のアイテムも、これまでにはなかった個性的かつ利便性の高い構造になっていますよね。
やはりそれは、創業者である石井貞男に山の経験があったからに他なりませんね。
――最後に、今後の展望を聞かせてください。
石井貞男のいちばんの夢だった「メーカーになる」ということは、彼自身が叶えました。次の目標だったのが「国産の登山道具を世界に発信する」ということです。しかし、それは叶わずして彼は亡くなりました。海外輸出に関しては30年前からチャレンジしていて、2015年もドイツのリテーラーショーに足を運んでアプローチしていますが、なかなか実現に至っていないので、それをわたしが叶えたい。そう思っています。
工場をウロウロと見学させてもらったとき、ふとデスクに置かれていたあるモノが目に入りました。フォトフレームです。フレームには山並みや月が彫られていて、可愛いなぁ~、誰かが手彫りしたのかなぁ~?なんて思いながら手に取ると、ずっしり重い。なんか違和感があると思ったら、このフォトフレーム、じつはアイゼンの爪を型抜きしたあとのクロモリ鋼でした。
通常、型抜きされた材料は専門業者に回収してもらうそうですが、「何かおもしろいことができないか」と思って、試しに作ってみたのだそうです。彫りも遊び心で職人さんが彫ってみたのだとか。クロモリのフォトフレームだなんて、見たことも聞いたこともない。実にユニークで、素敵な発想です。
リアルに欲しいなと思ったのですが、製品化には至っていないそう。ただ、今後クラウドファンディングなどで出資者を募っての製品化も検討中、とのこと。
記事中で紹介したワカンやピッケル、アイゼンなども、かゆいところに手が届くというか、「あ、こういう発想があったか」という気付きが多かった今回の取材。そして、ひとつひとつ手作業で作られる山道具を目の当たりにして、見た目は無骨な道具かもしれませんが、手に取ったとき、そこに作り手の温かみを感じました。
(写真/茂田羽生)