体験レポート

【忘れがたいあの道を、もう一度】 #28 長野県・木曽駒ヶ岳、アルプス入門コースにして天空の絶景ロード

はじめての3000m級の山としてハイカーに選ばれる乗鞍岳や木曽駒ヶ岳は、たしかに挑戦しやすい高峰だ。3026mの乗鞍岳に対して、木曽駒ヶ岳は2956mと厳密には3000mを超えないものの、ロープウェイに2600mの山上世界まで一気に連れて行ってもらえる上に、中央アルプスならではの絶景稜線が待っているのだ。その人気たるや、推して知るべし、である。

ここの山上世界は、まず千畳敷カールが広い。氷河期にできた地形で、氷に削られたワイドな岩壁。高山植物に恵まれ、夏は鮮やかな緑を発し、秋は黄金色の紅葉となる。真っ白な花崗閃緑岩によく映えるその季節の情景は、まるで浄土かと見紛うほど美しい。だからここまで上がってくるのはハイカーだけではなく、観光客も非常に多いのだ。バスとロープウェイを乗り継ぐ際、そのことを頭に入れておきたい。

千畳敷カールを登り上げる途中、ふと後ろを振り返ると、伊那谷に這う町なみが見えてくる。駒ヶ根市、飯島町、松川町あたりだろうか。その向こうには南アルプスが聳え立ち、視界がよければ富士山の山頂部分も見えてくる。

カールについた散策路の道筋を俯瞰的に眺めていると、ずいぶん登ってきたなぁと感慨深い。ほどなくここを乗り越えると乗越浄土に出る。一般に、山肌を登って峠へと乗り越えることを「のっこす」といい、その場所を「乗越(のっこし)」と呼ぶ。ここには“浄土”と名に付くだけあり、まさに極楽のような眺めの峠なのだ。

上級者は、この先の宝剣山荘で分岐する宝剣岳も立ち寄りたい。その名で想像する通り、剣のごとく切り立った岩場をクサリ、手掛かり、足掛かりを確かめながら登らなければならず、岩場の心得がない初心者には非常に危険。しかし、人ひとりしか立つことができない山頂の岩に立つと、特別な感情がこみあげてくる。登る場合は心して、三点支持を忘れずに。

宝剣山荘前の分岐に話を戻そう。ここから先は、雄大な稜線の眺めを楽しみながら歩くことになる。天気がよければ誰しもが心を躍らせる、天空の絶景道となる。東には南アルプスの長大な連なりと、その向こうに富士の山。西には木曽御嶽が巨大な裾野を広げて鎮座している。目の前に見えるは中岳で、木曽駒ヶ岳の山頂はその向こうにある。それと知らずに登ってくるハイカーは、あそこが山頂だと賑やかにするのだけれど、その先にさらなる大きな頂を認めてガックリするのが“お約束”。

中岳山頂から木曽駒ヶ岳を眺める眼下に真っ青な屋根の駒ヶ岳山頂山荘、その前にはテント場が広い。ぼくはここにテントを張ったことはないのだけれど、いつかきっとと、とても魅力を感じている。それを横目に、中央アルプス最高峰へと向かうのだ。

さあ、ここから先は、自らの目で確かめてほしい。自らの脚で歩いてみて欲しい。人生が変わるほどの絶佳があなたを待ち受けている。そして、ここでつけた自信と経験は、本格的な3000m世界の通行手形となるはずだ。

日本には、素晴らしい登山ガイド、山岳ガイドがたくさん活躍している。自分では行けないだろう憧れの山稜に連れて行ってくれるツアーも数えきれない。山のプロフェッショナルの門を叩く前に、自分なりのモノサシを作る入門的な山が、まさにここ木曽駒ヶ岳なのだ。

ぼくも、登山をはじめて間もない頃に登り、装備やペース配分などのモノサシを作った記憶がある。以来、折に触れてこの道を歩くたびに自分の成長を確かめもし、そして毎度こう思うのだ。

いい道は、何度歩いてもいい。
忘れがたいあの道を、また歩きに行こう、と。

<アクセス>
中央自動車道。駒ヶ根インターチェンジから県道75号を経て菅の台バスセンター駐車場へ。ここからバス、ロープウェイを乗り継いで千畳敷カールから登山となる。
シェアする
ライター:
大内 征