アイスクライミングをご存知ですか?
言葉の通り、冬に氷の斜面を登るアウトドアスポーツです。もともと冬山登山に求められるスキルとして50年ほど前にヨーロッパから伝わり、現在ではロッククライミングの延長で楽しむ人が増えています。山岳ガイドの廣瀬憲文さんにその魅力を教えていただきました。
「やっぱり、“未知のことをやる面白さ”でしょうね。クライミングやアイスクライミング が他のスポーツと違うのは、自然を相手に誰もいないルートに挑戦するという冒険的な要素があることです」
日本にアイスクライミングの技術が入ってきて間もない1960年代後半からアイスクライミング をしているというベテラン山岳ガイドの廣瀬憲文さんは、アイスクライミングの面白さをそう語りました。
廣瀬さんは、クライミングの聖地と言われる山梨県の小川山で1979年に初めてフリールート(後に「廣瀬ダイレクト」と名付けられた)を登ったという、知る人ぞ知るクライマー。
若い頃は槍ヶ岳、北穂高岳などの冬期登攀にも挑戦し、現在もガイドとして多くの人々にその魅力を伝えています。
そんな廣瀬さんの情熱にふれたところで、論より証拠。アイスクライミングに挑戦です。
せっかくなら自然の氷瀑に登ってみようと、取材に訪れたのは、廣瀬さんのガイドツアーが行われていた夏沢鉱泉。
ここから徒歩で20分ほどの距離にある“アイスギャラリー”を目指します。出発前に、まずは装備の確認を。
初体験の取材班はウェア以外の道具をレンタル品で揃えました。アイゼンは前爪が縦に付いているモノポイント(1本爪)のワンタッチアイゼン。靴はワンタッチアイゼンが装着できる前後にコバがあるタイプの冬用登山靴。それぞれかなり高価なものなので、初めは冬山道具を扱うショップなどでレンタルするのがおすすめです(夏沢鉱泉でも一部の道具をレンタル可能、要問合せ)。
夏沢鉱泉から至近の「アイスギャラリー」は、沢沿いの北斜面にあります。主にG2、G3、G4(G はギャラリーの通称)という3つの大きな沢があり、それぞれに複数の滝があります。今回は比較的規模の大きいG4を目指し、10cmほどの新雪が積もった沢沿いの道をスタッフの乾さんと一緒に歩いていきました。
初めは緩やかな登りで、周囲の景色を楽しむ余裕があったものの、沢を越えた後は、傾斜がきつくなり、足取りもだんだん重くなっていきました。道なき道を、ゆっくりと登ること約30分。ようやくアイスギャラリーに到着しました。
アイスギャラリーG4では、既に廣瀬さん率いる5名のクライマーたちがクライミングを楽しんでしました。
高さ13mという巨大な氷の壁を前に立ちすくんでいる我々に、「今年は暖冬の影響で、アイスギャラリーも小さくて、氷が一部溶けて凸凹になってるから、初めての方には登りやすいと思いますよ」と廣瀬さんの励ましの声。
気を取り直し、まずはアイスアックス(ピッケル)の持ち方・打ち方とアイゼンの利かせ方を教わることに。
簡単なガイダンスを受けると、いよいよビレイ(安全確保)のロープとハーネスを繋いでもらい、いよいよ本番スタートです。
「右でアックスを打ったら左足を上げる。左で打ったら右足を上げる。腕に余計な力が入らないように、二等辺三角形を描くように動かすのがコツです」
一緒に登ってくれた廣瀬さんは、「脇をしめて、体と氷の間をもっと離して!」
と、次々とリードしてくれるのですが、最初は頭と四肢の動きがつながらず、必死で壁にしがみつくような醜態でした。
けれど、左右交互にアックスを打ち、アイゼンを刺すという動作を何度か繰り返していくうちに、自然と足が動き、次にどこに打ったらいいか、考えながら動けるようになってきました。
気がつけば中間地点。この辺りからアックスの重みが何倍にも感じられ、腕がプルプルに。めげそうになりつつも、廣瀬さんのリードに支えられ、ゴールが視界に入ってくると俄然テンションが上がります。
頂点を制した瞬間は、辛さを乗り越えて成し遂げた達成感と、誇らしさに包まれ、しばらくじっとしていたいような気分でしたが、そんな快感に浸ったのも束の間、
「はい、じゃあこれで下りましょう。ビレイヤーに“テンション”って声をかけて」
という廣瀬さんの声でふと我に帰りました。
「テンション」と大声で叫ぶと、ビレイヤー(ロープを持つ人)がロープを張り、ロープに吊られるような格好で、一気に地上へ。
登る前はあんなに不安だったのに、一度登っただけで、“次は、もっとうまく登りたい!”という気持ちが芽生えて来るから不思議です。
最初は手取り足取り教えてくださった廣瀬さん。2回目以降は、下で見守りながら必要に応じて声をかけてくださり、そのアドバイスがあまりにも適切なので、スイスイと登ることができました。もしや、自分素質があるんじゃないかと、勘違いしてしまうほど(笑)。
「アイスクライミング は危険を伴うので、最初は一緒に登って、できるだけ疲れないようにコツを伝えるようにしています。最終的にはあくまで自分の体でバランスを掴むしかないので、自分でわかってもらえるように導くことが私の役目です」
初心者の場合、専門ガイドの同伴または講習会に参加することが安全に登る大前提。また、初めはうまく登れなかった人も、あきらめずに帰ってからジムなどで練習することで伸びると、廣瀬さんは教えてくれました。
クライミングの楽しさがわかり始め、腕がパンパンになったところで、体験は終了。夏沢鉱泉に戻ると、嬉しいご褒美が待っていました。
夏沢鉱泉は、日本高所温泉第5位の“秘湯の宿”。小屋のすぐ近くの沢の流れを利用した水力発電と、風力・太陽光発電も併せ3種の自然エネルギーを利用して電力の100%を自給する自然共生型の山小屋で、冬でも温かいお風呂に入ることができます。
湯上りには、八ヶ岳のクラフトビール“8Peaks(エイトピークス)”で喉を潤し、夕食にはアツアツ豆乳鍋でエネルギーチャージ。疲れも一気に吹き飛びます!
初心者の私にとってアイスクライミングはギアの準備やクライミング ゲレンデへの道のりも含め、ハードな体験でした。けれど、その分下山後の達成感と喜びはひとしお。廣瀬さん曰く、天然の氷瀑まで短距離でアクセスでき、温泉付きの山小屋がある夏沢鉱泉は、初心者にもおすすめ。まだ体験したことのない方は、ぜひ初めの一歩を踏み出してみてはいかがでしょう。
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<住所>
長野県茅野市豊平東嶽国有林内
<予約受付TEL>
0266-73-6673 硫黄岳山荘(夏沢鉱泉)事務所 山荘事務所)
<宿泊料金(1泊2食税込)>
12月〜4月末 13,500円/4月末〜11月 11,000円
日帰り入浴:10時〜16時 700円(税込:名入り記念タオル、湯上りのほうじ茶付き)
<アクセス>
中央道・諏訪南ICから50分 JR中央線「茅野駅」下車タクシーで50分
*宿泊客に限り、JR茅野駅~登山口の桜平ゲートまでの無料送迎あり。
冬期は凍結や積雪などにより、冬用タイヤの4WD車でも一般車両は容易に桜平まで入れないので要注意(2WD車不可)
*唐沢鉱泉と夏沢鉱泉の分岐点に駐車し、分岐点からゲートまでの無料送迎可能(要予約)
送迎車は、定時・定員制(午前と午後に各1回:先着順)要事前予約
<夏沢鉱泉アイスクライミング講習会>
最盛期の平日には、夏沢鉱泉が主催する講習会あり。詳しくは下記公式ホームページにて要確認
<WEB>
http://www004.upp.so-net.ne.jp/natsuzawa/
<廣瀬さんのガイド(廣瀬アルパインスクール)>
http://www.glafis.com/hirose/
<廣瀬さんに聞いたその他のアイスクライミング スポット(人工壁)>
・赤岳鉱泉アイスキャンディー
・岩根山荘 岩根アイスツリー
(写真:andcraft 臼井 亮哉)