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朝食ありマス。山に魅せられた料理人の店「山山食堂(さんさんしょくどう)」

旅先で 朝の時間を大事にしたい人、下山後の町で 山の余韻を楽しみたい人、登山はしないけれど 山の近くに行ってみたい人。
山裾の町に、そんな旅人たちをやさしく迎えてくれるお店がありました。

シンプルな朝ごはんを。

店名に山を連ねるなんて、店主はただならぬ山好きだろうと、訪れたのは山岳都市・松本。駅から20分ほど歩いた静かな路地に「山山食堂」はありました。

古建築を生かした空間にアンティークの机や椅子、アラジンストーブが絶妙にマッチした店内は、歴史さえ感じる趣きですが、2019年5月に開店したばかり。

築約150年の建物をリノベーションした山山食堂

もともと酒造の倉庫だったという建物は、1階の南側に山山食堂、北側に“古道具 燕”(2020年2月現在開店準備中)、2階に人気カフェ“栞日”の分室が入居する複合型店舗です。

2階の栞日分室では不定期で展示などが催される(提供写真)

壁を彩る山の絵、手拭い、書棚に置かれた山の本などから、そこはかとなく山小屋の空気感が感じられる山山食堂。

それもそのはず、店主の高橋英紀さんは、富山の剱御前小舎に長年勤めていたという、本気の山男だったのです。

山山食堂の店主 高橋英紀さん

3年ほど前に関西から松本に移住した高橋さんは、松本の町には朝からやってるお店が意外と少ないことに気づき、“シンプルな朝ごはんを出す店をやりたい”と思ったと言います。

「自分がどちらかというと朝型で、朝早く動けば、1日がもっと有効に使えるし、お客さんにも朝の時間を提供したいなと思って」

そんな発想から生まれた山山食堂は、朝7時から夕方6時までの通し営業。高橋さんこだわりの朝ごはんは、主食がごはんのAセット(ごはん・みそ汁・お漬物・海苔)とパンのBセット(トースト、コーヒー、ヨーグルト)の2種類、各500円。シンプルなセットに生卵や目玉焼きなどを別料金で追加できるスタイルです。

おすすめは、お店のすぐ横に湧き出す“女鳥羽の泉”の湧水を圧力鍋で炊いたごはんと、みそ汁。みそ汁の出汁は、料理人仲間からのアドバイスを受けて、様々な具とも相性が良く、一晩水に浸してアクを取るだけで手軽にいい出汁が取れる煮干しと昆布に決めました。
そんなごはんとみそ汁へのこだわりの裏には、高橋さんの山での経験が生かされていました。

山山食堂Aセットとベーコンエッグ。ベーコンは剱御前小舎のオヤジ直伝。

山好きの始まり。

「山小屋の厨房をやってたときに、“ごはんとみそ汁だけは、ちゃんと作りなさい”と言われていました。もちろん、メインもちゃんと作るんですけど、ご飯とみそ汁がおいしかった時の方がお客さんの反応がよかったんです」

剱御前小舎で10年近く厨房を切り盛りする中で、炊飯は鍋の容量、水加減、火加減によって、炊き上がりのおいしさが全然違うことを学んだという高橋さん。みそ汁は、出汁こそとれないにしても、ちょっといい味噌を使ったり、具だくさんにしたりと、お客さんの満足度を上げる努力を続けました。

剱御前小舎の厨房で(提供写真)

燃料や食材はもちろん、水も限られる山小屋での調理はさぞ大変だっただろうと尋ねると、「いや、むっちゃくちゃ楽しかったですよ。キッチンをやらせてくれるという前提で入って、最初から結構自由にやらせてもらえたので」と笑った高橋さん。
その答えからも、山小屋と料理への愛情が感じられ、山小屋で働くようになった訳を聞いてみたくなりました。

「親が山好きで、子供の頃、毎年家族でどこかの山に行ってたんですけど、当時はあんまり興味がなくて。ただ、大学生の頃、婆ちゃんと最後に登った山が尾瀬で、すごく印象に残っています。それから数年は山には行っていなかったんだけど、ふと、(家族に連れてってもらった)あの山をもう一度見たい、歩いてみたいなと思うようになりました」

大学卒業後、地元大阪で働いていた高橋さんは、“夏の間だけ山小屋で働きに行ってみよう”と思い立ち、職場に長期休みを申請して、インターネットでたまたま見つけた剱御前小舎の求人に応募。当時の支配人・豊田さんとの出会いが、後の人生を大きく変えることになりました。

「豊田さんは“自分で考えて仕事をしなさい”という人で、メインに温めものを使ったとしてもソースは手作りしたりとかもできるのでやりがいがありました。休みの日には、剱岳周辺の仙人池とかきれいな景色を見せに連れて行ってくれたのも楽しかったですね」

剱御前小舎から剱岳を望む(提供写真)

一夏の仕事を終えて大阪へ帰る数日前に、“来年は7ヶ月通しで来て、キッチンをやってほしい”と支配人から請われた高橋さん。初めは断るつもりだったものの、山のことが頭から離れず、翌年の4月から本格的に山小屋生活をスタートしました。

「休暇の時に“一人で山を歩いて来なさい、小屋にも泊まって他の小屋も見て来なさい”と言われて、実際に一日歩いてくたくたになって小屋に泊まる、というのをやってみたら、小屋の人が優しくしてくれるのがむっちゃありがたくて。それから山歩きが楽しくなりましたね」

冬の剱岳にて。左が高橋さん、右端が豊田さん(提供写真)

豊田さんに導かれ、山小屋での仕事だけでなく、山歩きやテント泊も覚え、山がどんどん楽しくなったという高橋さん。
樹林帯から岩稜帯、雲の上へと景色が変化する高山に魅了され、国内にとどまらず、ネパールの山行にも挑戦するほどの山好きになりました。

ネパールにて(提供写真)

山の側で、食と人に寄り添って。

途中何度か町で働いた年もあったものの、合計10シーズンほどを剱御前小舎で過ごした高橋さん。山小屋の経営が変わるのをきっかけに2016年に山小屋生活にピリオドを打ちます。そして以前から持っていた、長野への移住と開業、“山の側に拠点を持ちたい”という思いを形へと変えてゆきます。

当初は知人がいた諏訪や茅野周辺を候補に考えていたものの、偶然立ち寄った松本の栞日で、現店舗に同居する’古道具燕“を紹介されたことが、松本へ移住するきっかけに。

燕の店主・北谷さんに開業の夢を語ったところ、“じゃあうちで月の半分ぐらい手伝ってよ。半年ぐらいこっちに住んでみて、いろんなところ見て、暮らしてく町を決めたらいいじゃん”と提案された高橋さん。その後、古道具燕で「まつもと古市」などの仕事を手伝ううちに人脈が広がり、町への愛着も深まり、念願だった“山の側での拠点”を構えるに至りました。

古道具燕の北谷さん(左)。松本で毎月開かれる骨董市「まつもと古市」にて(提供写真)

「なんで富山じゃなくて松本に来たの?ってよく聞かれるんですけど、松本って、山と町との距離がものすごく近いんです。富山の山は神々しくて、町から遠い存在だったけど、ここにいると、夜星が見えてたら、よし晴れるぞ、と思い立って登山口まで車走らせて、薄暗いうちから登り始める。そうすると昼過ぎにはもう下りてこれる。めちゃめちゃ贅沢な場所やなと思って」

お店の前を流れる女鳥羽川(提供写真)

「住んでみたら、山に近いだけじゃなくて、米も野菜も、いろんな食べ物がおいしくて感動しました」という高橋さん。
山々の雪解け水を伴った伏流水があちこちで湧き出す松本の大地は米・野菜・果物の生産も盛ん。近隣の直売所では朝採りの新鮮な農作物が仕入れられます。

また、無農薬栽培の農家とも繋がり、安全でおいしい野菜を定期的に入手できるようになったそう。“おいしい野菜を使ったぬか漬けや野沢菜漬けなどにも挑戦したい”と、夢が膨らみます。

定食だけでなく、喫茶メニューも充実の山山食堂。人気のガトーショコラはやさしい甘さで、京都のヨコシマ珈琲焙煎所から取り寄せているコーヒーとの相性も抜群。お気に入りの器とカップで提供しています。

ケーキセット。お皿とカップは店内で販売もしている松本のKancraft(提供写真)

さらに、“自分が好きなことを、お客さんにも楽しんでもらえたら”と、毎月まつもと古市に出展しているイラストレーター“Mako.pen&paper”を招いて「旅するアトリエ」を定期開催するなど、山山食堂は食堂の枠を越え、人が集う空間としても機能し始めています。

旅するアトリエ。手前がイラストレーターのMakoさん(提供写真)

「今までずっと、“食の側にいたい”という芯はあったけど、本当に行き当たりばったりでやって来て、いろんな人に助けてもらって、なんとかここまで来ました」と振り返った高橋さん。

山山食堂は、自分の“好き”という気持ちに真っ直ぐに、人との出会いに感謝しながら生きる高橋さんのエネルギーが“さんさん”と輝く、素敵な空間でした。

山山食堂(さんさんしょくどう)

住所:長野県松本市大手5-−4-25
TEL:0263-75-3508
営業時間:7:00〜18:00
朝食 7:00〜10:30
定食 11:00〜17:30
喫茶 7:00〜17:30
定休日:月曜日(月火連休の週あり)
詳細情報は instagram

(写真:andcraft 臼井亮哉)

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ライター:
and craft みやがわゆき