カテゴリー: 体験レポート

忘れがたいあの道を、もう一度|#21 長野県・ガボッチョ、道なき山に広がる絶景の頂

ガボッチョ。
ずいぶん風変りな名前の山である。霧ヶ峰の地図を眺めて、同じことを思った人は多いはずだ。由来は諸説あるようだけれど、実は手がかりがほとんどない。近隣に高ボッチとかカシガリ山だとか、同じように気になる名前の山があって、それらと同類かと考えられる。ダイダラボッチが休憩してできた山……といった話がこのあたりに伝わるので、神話・民話が由来になっている可能性はありそうだ。あるいは、方言の転訛や消滅した言語なども考えられる。いずれにしても、興味をそそる山であることに変わりはない。

ガボッチョに初めて登ったのはずいぶん前のことだ。事前に地図、地形、レポートなどを調べたものの、明確な登山道はなく、道なき道を歩く山だということだった。ピンクのテープはひとつの目印になれども、過去の登山者たちの歩いた痕跡を辿りながら地形を読んで進む、そんな山だった。

とにかくカヤトが全山を覆うように生い茂っていて、それらはぼくの身長をゆうに超える高さ。それでいて強いため、かき分けて歩くだけでも骨が折れる。そんなわけで、歩くならカヤトの枯れる晩秋から初冬のころ、あるいは高原に訪れる遅い春、新緑を迎える季節が最高によい。

霧ヶ峰は大きな火山で、車山湿原、八島ヶ原湿原、踊場湿原で形成された広大な山域だ。ハイキングコースは多様で、レベルや気分にあわせて何パターンでも組み立てられる。短距離でぎゅっと楽しむコースもよし、長めのトレイルをのんびり味わうもよし。そんな中で整備された登山道がないガボッチョは異色の存在感を放っている。

スタートは踊場湿原から。またの名を「池のくるみ」とも呼ばれる踊場湿原には、小さくも美しい池塘が点在している。遠く正面には諏訪富士と呼ばれる美しい山容の蓼科山が聳えていて、その右手やや手前に芝生の盛り上がったような丸い山が見える。それがガボッチョだ。あそこを目指して、最初は湿原の遊歩道を歩く。

湿原の奥は樹林帯になっており、ところどころの木に巻かれたピンクのテープが道標となってハイカーを導いてくれているようだ。しかし、さまざまなルートで登ってみた中で、ぼくは上流から湿原に流れ込む小さな沢筋を辿って、山頂の真下からカヤトの山肌をジグザグに登っていくのが好みだ。

すっきり晴れた日なら、キラキラと輝く水辺が最高の癒しとなる。写真は新緑を迎えたころのもので、芽吹いた木々の溌剌とした緑が素晴らしく美しかった。チロチロと流れる水の音と小鳥のさえずりに癒されながら、のんびり歩く最高のひととき。

かつてここを冒険したハイカーたちの無数の踏み跡を辿る。地図を見ながら山頂の位置を把握しておき、かなり急登な道なき道を進んでいくのだ。すると、高度を上げるたびに周囲の風景が広がっていき、霧ヶ峰最高地点の車山もはっきりしてくる。

そうしてようやくたどり着いたガボッチョの山頂は、蓼科山から編笠山まで八ヶ岳全山の連なりと南アルプス、その間に富士山まで眺められる最高の山岳展望スポットになっている。背後にある車山ももちろん絶景の頂だけれど、こっちは眼前に遮る山などがないため、よりスペクタクルな眺めが楽しめる。

真冬は雪原となる山域だから、スノーシューで楽しむのが定番となる。しかしその雪が融けて清水となり、湿原に注ぐ晩春のころ、ガボッチョは最高の状態になる。さわやかな高原の空気に包まれて、清らかなせせらぎに身が清められるような純真な自然の力に、誰しもが癒されるだろう。

ようやく冬になったばかりだけれど、そんなガボッチョのワイルドでピュアな道のことを思うと、春が待ち遠しくて仕方なくなってしまうのだ。

<アクセス>
中央自動車道「諏訪IC」から踊り場湿原へ。県道に駐車スペース複数あり。
シェアする
ライター:
大内 征
タグ: 中部地方登山

最近の記事