春を待ちきれないハイカーは、瀬戸内を訪れるとよい。
ここには一足早い陽春がある。山も海もすでに新緑を待ちわびているかのようで、東北生まれのぼくからすると、季節が2、3ヶ月進んでしまったんじゃないかと勘違いしてしまうほど暖かいのだ。
瀬戸内といえば、尾道市と今治市を結ぶ「しまなみ海道」がサイクリストによく知られている。いまでは全国的にその名を知られた、誰もが憧れる道になった。広島県と愛媛県の県境に点在する島々を結ぶ起伏のある道路を走る途中に、大三島という神の島がある。
古くから山の神たる大山祇神が祀られる島だ。大三島、という地を起源とすることから“三島大明神”とも呼ばれ、静岡の三島大社や全国の三島と名の付く社には大山祇神がやはり祀られていて、元を辿るとすべてこの古社に繋がる。
大山祇神は不思議な神さまだ。全国の山を統べる神でありながら、島の安全を見守る海の神としても信仰を集めているのだから。この島の近くには源平の戦いの舞台があることや、全国の名だたる武将・大名から数多の武具が奉納されていることを思うと、海上での武運を祈る武士が多かったのだろう。いまは海運や漁業に携わる人にとって、そのご利益を願う聖地となっている。
海とともにある山、山とともにある海。そのふたつを一対として司る大山祇神の社の背後に、花崗岩の目立つ岩稜がたなびいている。大山祇神社のご神体でもある安神山と鷲ヶ頭山だ。神体山というと、その多くは入山に規制があったする場合があるけれど、ここ鷲ヶ頭山はいつでもハイカーを受け入れてくれるし、なんといっても眺めが抜群によいから、お天気の日に日帰りで遊ぶには最高の山だろう。
標高は、最初に通過する安神山が267m、その奥に目指す鷲ヶ頭山が436mとそれぞれ低い。けれども、トレイルは天空をゆく気分だ。安神山のピークまで来れば、あとはほぼ稜線となる。わかりやすい一本道が、巨岩を縫いながらずっとずっと続いている様子は、歩くととても気持ちがいい。
登り始めは「安神山わくわくパーク」の登山口から。道は舗装されている部分が多いため、うっかり軽装で来てしまいそうだけれど、後半に「入日の滝」に立ち寄る場合は、やや荒れた道を歩くことになるから注意が必要。悪路でも歩ける靴がベターだ。
岩に登ったり、陽だまりの展望ポイントでまったりしたり。ハードな山ではない分、山中で過ごす時間にはゆとりが作れる。せっかくだから、ピークを踏んですぐに下りるのではなく、山上世界を味わっていこう。道を歩いている間は瀬戸内海の鮮やかなブルーに圧倒される、よき眺めが待っている。
そうそう、前述の「入日の滝」は、ぼくのお気に入りスポットだ。急坂を滑り下りるようにして谷間へと入り、草木の密集地帯を分け入って滝まで進むと、そこに静かに水が落ちる場所がある。降水量のきわめて少ない島だから、水量はそう多くはない。そんな中で、山が、せいいっぱい受けたとめた“天水”を目の前にして、時をかけてここに集めるのかと思うと、奇跡のようなものを感じずにはいられなくなるだろう。
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