大の大人が(男が)思わず駆けだしてしまうような……、いやスキップだってしてしまうような。そんな、ひとたび歩き出すだけで空を舞うほどの爽快感を味わえる、ただ一本の道がずっと続いている。それが鷲ヶ峰の稜線の雰囲気だ。
ややこしいけど、鷲ヶ峰は霧ヶ峰にある。標高は1798mで、霧ヶ峰を構成する湿原のひとつ「八島ヶ原湿原」の登山口からほど近い、360度の展望の山である。登山道は一本だから、雪や濃霧でもなければ道に迷う心配はない(その名のごとく霧ヶ峰の一部だから注意が必要だが)。緑の山肌についた白い道筋を、登山口から往復2時間。手軽にこれだけの絶景を味わえるのだから、登山初心者にもオススメしたい。
ぼくは霧ヶ峰がとにかく好きで、毎年少なくても2、3回は足を運んでいる。気分が晴れやかになるのだ。いくつかの湿原とそれらを取り囲む山々に張り巡らされたたくさんの道が、毎回異なるコース設計を可能にしてくれる。歩く時間帯や季節、同行者が違えば、自然が魅せてくれる表情だって毎回異なる。それだから、何度歩いても飽きない。
霧ヶ峰を「歌でもうたいながら気ままに歩く」と表現した深田久弥は、ひとつの目標に固執しない山、つまりピークハントにこだわらずに「遊ぶ山」なんだと説明している。たしかにその通りで、達成感というものからはいささか遠い山だとは思う。
とはいえ、この鷲ヶ峰をはじめとした湿原を取り囲むいわば外輪山をぐるりとまわろうと思うと、それなりに歩くことにはなる。ここではそのコースに詳しく触れないけれど、個人的には、八島ヶ原湿原を起点に、鷲ヶ峰からゼブラ山、南北の耳を経て車山を登り、車山湿原に下って八島ヶ原へと戻る外輪山周回がことのほか気に入っている。この山はその一部に過ぎないものの、また行きたい!と思わせてくれるのだ。
山頂はまさしく360度の展望で、その大きすぎる空を見上げては、感嘆のため息しか出てこない。八ヶ岳を南北にとらえられるし、富士山に南アルプス、中央アルプス、木曽御嶽、乗鞍岳、北アルプス、浅間連峰……。眼下には八島ヶ原湿原と車山、そして諏訪湖まで見える。山岳展望が好きな人にとってはパラダイスに違いない。
いつも思うのだ。ここからの夕陽はさぞかしすごいだろうなーと。もう一度歩くなら、そういう時間帯を狙ってみようか。