長野県、浅間温泉。のどかな湯宿が連なるその一角に、「おんせんブックス」はありました。聞くところによると、オーナーは現役の女子大生で、ワンダーフォーゲル部。なんでもひとりで古本屋を営んでいるそう。いったいどんな女性なのだろう?と気になり、すぐにコンタクトを取りました。山との出会いから、本屋を立ち上げようと思った経緯、開店資金のことなど、お話をうかがってきました。
——はじめに、山と出会ったきっかけを教えてください。
小学生から大学二年生までボーイスカウトに入っていて、小さい頃からキャンプが好きでした。先に男兄弟のいとこが入っていたんですけど、「面白いよ」って誘われて、体験会に参加してみたらものすごく楽しくて。
大学進学をきっかけに、愛媛県から長野県に引っ越してきたんですけど、こっちでもボーイスカウトに近い活動というか、アウトドアなことがしたいなって思っていたんです。でも、この辺はキャンプ場より山そのものがとても近かったので、大学でワンゲル部に入ることにしました。これまで、地元の石鎚山と九重山に登ったことはありましたが、本格的な登山は大学に入ってからです。
——登山の魅力はどんなところですか?
単純に、歩くのが好きです。山を歩いていると、不思議と考えがまとまるんです。頭の中が整理されるというか。ピークを踏む登山はそんなに目的じゃないので、歩いている途中の景色も好きです。山を縦走していると幕営地に早めに着くので、テント場でぼーっとしたり、山頂の近くまで行って、そこで本を読んだりしています。
——どんな本を持っていきますか?
縦走するときは文庫本を1、2冊持って行くんですけど、わたしは山でミステリー読むのが好きで、森博嗣さんの本をよく持って行きます。
うちのワンゲル部には「差し入れ」という文化があって、登っている後輩たちに差し入れを用意するんです。4年生は、山でなにかあったときに連絡を取り合う役割で同行しなくなるので、中身が見えないようにして「山で開けてね」って渡すんですよ。2週間の縦走ともなると、多くの4年生からサプライズプレゼントがもらえるんですけど、わたしが1年生のとき、東野圭吾さんのミステリーが2冊包んであったんです。その先輩は東野圭吾さんが好きだったみたいなんですけど、読んでみたら面白いなって。
——なるほど。でも、自分だったらミステリーを読んだあとトイレに行けなくなるかも…。
それはあるかもしれませんね(笑)。でも歩きながら考察できるし、なかなか楽しいですよ。山に山の本を持っていくと、情景がリアルで暗くなっちゃうことがあるんですが、ミステリーは日常からかけ離れているので、現実逃避できる気がします。
——2016年4月にオープンした「おんせんブックス」は、いわゆる古本屋のスタイルですよね。どうしてはじめたのですか?
部活真っ盛りで山にハマっていたときは、アウトドアメーカーに就職しようと思ってたんです。でも、いざ4年生になって就活し始めたとき、山は登り尽くした気がして。自分と向き合って色々と考えて、やっぱり本が一番好きだから、本に携わる仕事がしたいなって思い直したんです。いつか自分の本屋さんを持ちたいなとは思っていたので、本屋になるために、まず出版社とか書店に就職しようと思いました。経験を積んだあとじゃなきゃ出来ないだろうという先入観があったんです。でも、そんなとき、大家さんが「本屋やりたいんだったら、部屋が空いてるからここでやったら?」って言ってくれて。
——大家さんとは日頃からプライベートな話をするんですか?
ここは下宿で大家さんも同じ家に住んでいるので、たまたまキッチンで会ったり、食事が同じ時間だったりしてよく話をしますね。ちょっと前まで、わたしもこの家屋の別の部屋に住んでいたんですよ。大家さんと色々な話をする中で、「いつか本屋をやりたい」って話をしたら、「いいじゃん、やりなよ、やりなよ」って背中を押してくれて。本屋をやるにはお金がすごくかかると思っていたけど、意外と低予算でできることが分かったので、それならやれるなって。それではじめました。
——どうして低予算でできると分かったんですか?
1万円でこの部屋を貸してくれると言ってくれたので、1万円だったらペイできるなと。それで、「たとえば、本棚を置くのにいくら出せるの?」って大家さんに聞かれて、アルバイトして貯めていた金額とかを計算して、「それだったら作れるよ」ってなって。
——大家さんが色々とアドバイスをくれたんですね。
そうなんです。本棚の作り方も教えてもらって、自分で作りました。打ち間違えて割れちゃってる部分もあるんですけどね。
——ほかに手を加えたところはありますか?
基本的には、本棚と電気工事くらい。開店資金は、実質8万円くらいです。
——8万円で!? ほかの家具はどうしたんですか?
ストーブは大家さんが寒いからっていって貸してくれて、ソファーは松本市にある「ガネーシャ」っていうカレー屋さんが譲ってくれたんです。「ソファーいらなくなった人いませんか?」っておんせんブックスのfacebookに投稿したら、「あげます」って連絡をくれて。知り合いではなかったのですが、よくしてくださって、ここまで届けてくれました。背の高いテーブルは、下宿に転がっていたものを大家さんが使っていいよって言ってくれて。本当、ありがたい話です。
——まさに協力者あっての「おんせんブックス」なんですね。本はどうやって集めていますか?
自分の蔵書や、知り合いの古本屋さんに行って買い付けることもあります。なかには頂きものもあって、「処分したいんだけど、古本屋に売るならあなたに差し上げたい」と言ってくださり、この辺に住んでいるおじちゃんとおばちゃんから頂いたこともあります。
——セレクトの基準は?
大学生、子ども連れのママさん、近所のおじいちゃんおばあちゃんなど色々な方が来てくださるのですが、みんな好きな本がバラバラなので、なるべくジャンルを分けています。といっても自分が選んでいるので、偏ってはしまうのですが。「これ欲しかった」とか「これ気になる」と言って手に取ってくださると、とても嬉しくなりますね。
——越智さんはどんな本が好きですか?
両親が本好きで、つねに本棚が溢れている家庭でした。おもちゃは渋って買ってくれないんですけど、本屋さんに行くのが習慣で、本なら買ってくれるんです。自分では覚えてなかったんですが、あとになって自分が好きだった本を親に聞いたら、きたやまようこさんの犬のシリーズでしたね。絵がすごく可愛くておもしろいんです。
——ところで、あちらこちらで「おんせんブックス」のロゴマークが目につきますね。自分で書いたキャラクターですか?
これはオチドリと命名した鳥で、もともとはわたしのサインなんです。よく見ると、鳥がわたしの名前、“風花”になってるんですよ。これは大家さんが書いてくれて、LINEスタンプも作りました。
——いざ本屋をやってみて、どんなところにやりがいを感じますか?
わたしが紹介した本を気に入ってくれたり、「探していた本があった!」と言われたりした時がやっぱりすごく嬉しいですね。大変だったことはあまりなくて、今はやっているだけで楽しいです。お客さんとの距離が近い感じが好きなので、この空間も気に入ってます。
——越智さんは古本イベントの出展や、主催もしていますよね。
はい。今年5月にアルピコ交通の方と企画して、「しましま本店」という、動いていない古い電車のなかをマーケットにしてブックカフェを開催しました。次は春にやろうという話になっていて、今度は動く電車のなかでやろう!とアルピコ交通の方々が企てています。ほかにも、古本屋のおやじさんを呼んでトークするイベントもやりました。
——今後の目標はありますか?
山と本のことを考えるイベントをやりたいなと思っています。あと、古本だけじゃなくて新刊も扱いたいですし、趣味のボードゲームを置いて新しいコミュニケーションの場にもしたい。いろいろ構想しているところですね。民家なので入りにくいとは思うんですが、もっといろいろな人に気軽に遊びにきてもらえたら嬉しいです。
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けっして広いスペースではないものの、越智さんのやわらかい雰囲気と、部屋の新旧がマッチしていて、腰をおろしてずっといたくなるような、そんな居心地のいい空間。それが「おんせんブックス」でした。最寄り駅は、上高地の玄関、松本駅。山の帰り道に、温泉とセットで立ち寄ってみるのもおすすめです。アルプス山脈を歩き尽くした山好きのオーナーと、きっと楽しい山トークができますよ。不定期営業のため、行くときは事前に営業時間を確認してから出かけてくださいね。
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