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標高1400メートル!信州の農家に嫁いだ都会女子の暮らし

JR茅野駅からバスに揺られること約50分。

色づき始めた木々を横目に山道を進むと、現れるのはリゾート地として名高い白樺湖。そこからさらに車で10分ほど走ったところに「鷹山ファミリー牧場」はあります。

標高約1400メートル。東京ドーム2つがすっぽり収まるほどの広さを誇る高原では、高原野菜の栽培や畜産、冬にはスキー教室も運営しています。

かつて東京で働いていた小林彩さんがこの地に来たのは、今から約1年半前のこと。運命的な出会いにも恵まれ、今年7月にはご主人の祐太さんと結婚。東京での暮らしから長野の農家に嫁ぐまで、そして今の生活について、お話を伺いました。

プロフィール:小林彩さん
神奈川県座間市出身。出版社や知的障がいを持つ方の就労支援団体に勤めた後、長野県に移住。実家が牧場を経営し、本人は農業を営むご主人と夏に入籍したばかり。

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「本当の自分」とはかけ離れていた東京での日々

ーー結婚おめでとうございます!

ありがとうございます。

彩さんが働く「鷹山ファミリー牧場」

ーー手際よく農作業をしていましたが、長野に来る前は東京で働いていたんですよね。

はい。東京の出版社で、医療系の雑誌や書籍の編集・記者をしていました。働きやすい環境ではあったのですが、本当に自分のやりたい仕事とは違うと感じていました。

当時は神奈川の実家に住んでいたので、毎日片道1時間半かけて電車通勤しなくてはいけないのも辛かったです。

ーー1時間半!それは大変ですね……

次第に自然を欲するようになって、電車を降りたところに花が咲いていたら頰に触れさせてみたり、ぼんやり山を眺めたりするようになっていきました。

ーーその後は、知的障がいを持つ方の就労支援をしていたそうですね。

はい。障がいを持つ方の就職面接に付き添ったり、通勤ルートを一緒に辿って覚えられるように手助けをしたりと、総合的な就労支援と職業訓練をしていました。

編集や出版の仕事は考えたことをアウトプットする仕事でしたが、もっと人と直接的に関われることがしたかったんです。実際、障がいのある方たちとの関わりは時にとてもピュアな体験をすることがあって、一緒に過ごす時間がすごく好きでした。

ーーやりがいがありそうですね。

そうですね。ただ、その後突然、想像し得ないようなことが立て続けに起こり、自分の仕事や暮らしを一から考え直すことになりました。

そこから半年は、ひたすら旅をしました。カンボジアに行ったり、アメリカのアリゾナ州でインディアンの居住地を巡ったり。国内は京都や奄美、沖縄の離島などですね。自然が豊かで、原初的な趣のある場所を訪れました。

ーー旅がきっかけで、長野への移住を考えるようになったのですか?

自分の核となる部分は生まれ育った神奈川にあると思っていたのですが、実際はもっともっと自然に寄ったところにあるのかもしれない、と思うようになったんです。

でも、そのことに気づいたからとはいえ、移住するには勇気が要りますよね。そんな時に「鷹山ファミリー牧場」の求人を見つけたんです。住居も全部ついていたので、とっかかりとして安心だなと思い応募しました。

牧場の目印は、こちらの看板

長野で始まった、大地の営みに合わせた働き方

ーー実際に長野に来てからは、どんな仕事をしているんですか?

最初は、自然体験のインストラクターです。牧場で採れた牛のお肉や牛乳を使って、ソーセージやバター、チーズを作る体験を担当していました。牧場は11月で閉まるので、冬はスキー教室の事務や動物の世話をして、今年の春からは農業をしています。

馬やヤギ、ウサギなどたくさんの動物たちが飼育されている

ーー季節によってやることが違うんですね。

そうです。さらに、作物に合わせて働く時間が変動するんですよ。例えば、レタスは朝早い時間に収穫しないといけないので、その日は4時から作業開始。その後は他の野菜の収穫や植え付けなどをして、17〜18時くらいに1日の仕事が終わるという流れになります。

収穫している彩さん。取材時は白菜とレタスが旬でした

夜に牛の見回り当番がある日は、怪我をしてしまった牛の面倒を見て回ることもあります。

搾乳のほか、育てた牛を実際に食べるという食育的な試みもしているそう

ーー会社員の頃とは全然違う生活ですね。

夏は野菜がたくさんできるので多く働いて、その代わり冬は農業をお休み。雨が降ったら、その日の作業が終わりになることもあります。自然に合わせて自分も動くことになりますね。

農家に嫁いだことで身についたもの

ーーご主人はずっとこちらで働いているとのことですが、生まれも育ちも長野なんですか?

そうです。農業と畜産をしながら、スキー教室の先生もしています。スキーは、全日本選手だからめちゃくちゃ上手ですよ。

向こうの山は、冬になるとスキー場に様変わり

ーーなんでもできちゃうんですね。

サバイバル能力が高いですね。ただ、主人に限らず、ここの人はみなさん生活能力が高いと感じます。都会なら、物が壊れても電話で専門家を呼べばすぐ直してもらえるけれど、ここではそうはいかない。だから、みんな水道管や車の構造を理解していて、自分で直すんです。

ほかにも「あっちの方向から雲が来たら雨が降る」とか、自然の摂理も身についているんですよ。

ーー彩さん自身も、そうした能力は高まりましたか?

そうですね。ここに来るまではペーパードライバーでしたが、今は毎日運転していますし、近々トラクターの免許も取ろうと考えているところです。
常に体を動かしているので、言葉や理屈よりも五感が優勢になっていくのを感じています。

この日も、愛車で畑から畑へと案内してくれました

ーー長野での暮らしには、あまり抵抗なく馴染めたんですね。

始めはもちろん大変なこともありましたが、その土地ならではの風習や価値観を理解して受け入れ、その上で自分の価値観も伝えていくようにしました。

それに、こちらで出会う人は素敵な方が多いんです。だから、人の輪を大切にしながら、個人的な生活の場も大切にしようと思っています。1年半経って、ようやくベストな関係性が築けてきたかな、という感じですね。

「我慢できることとできないこと」が暮らしを決める指標に

ーー都会と田舎とでは、大変さが異なるということですね。

そうだと思います。ここでは農業をする場合、朝が早いし体を酷使しなくてはいけない。都会に比べたら、文化的なものも少ない。それが耐えられないという人ももちろんいると思います。

でも、私は農業をやってみたらすごく熱中したので、毎日ハードですが主体性を持って働けています。ちゃんと地に足がついていると感じられる。この前は、早朝に山を眺めていたら、山全体が蒼く浮き出て見えるという魔法のような瞬間も味わいました。それって、ここでしかできない経験ですよね。

花豆のカーテンの下で。嬉しそうに話してくれる姿が印象的でした

ーー彩さんにとって自分のいるべき場所が見つかったんですね。

はい。主人と一緒に、農業は一生続けていくと思います。

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ライター:
竹川 春菜

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