「気持ちのいい暮らし」って、なんだろう。
居心地のいい場所で過ごすこと。
ごはんをおいしく食べられること。
自分の心に嘘をつかず、自然体でいられることかもしれない。
心と体が「感じる」ことを大切に暮らす人たちを、日本全国に訪ねる旅。
場所も、家族の歴史もそれぞれまるで違うのに、行く先々で、何度も同じ言葉を聞いた。
たとえば、台所道具の選びかた。あるいは、子どもと接するときの姿勢。
どの家におじゃましても、植物がのびのび、いきいきと茂っている。
気持ちよく暮らしている人たちには、どうやら共通点があるみたいだ。
「感じる」暮らしのヒントを探しに、今回は福井県鯖江市へ。いったいどんな出会いが待っているだろう。
今日お話をうかがうのは、山本祐輔(ゆうすけ)さん、かおりさんご夫婦。BESSの家「ワンダーデバイス」の玄関を開けて、まず目に入るのが大きなカウンターキッチンだ。かおりさんが、豆をひいてコーヒーを淹れてくれる。
香ばしいにおいが流れていくリビングへ目を移すと、大きな薪ストーブ。ストーブの前では、夫の祐輔さんが小学4年生の長女、はなさんと並んで座り、無垢材の床でのんびりくつろいでいる。大きな窓の外には、積み上がった大量の薪。
「一緒に薪割りをしたり、キッチンに並んで立っているときが、一番幸せです」と夫婦は顔を見合わせる。出会ってから20年、結婚してから12年が経つけれど、祐輔さんのことが「右肩上がりに好きなんです。今でもまだ、新しく好きなところを見つけて、びっくりする」とかおりさん。
明るい吹き抜けに、笑い声が絶えない山本家。絵に描いたような、幸せな家族に見える。けれどあらゆる家族がそうであるように、大変なことも、もちろんあった。
祐輔さんとかおりさんは、どうやって今の暮らしを創ってきたんだろう。家族の歴史を聞かせてもらった。
かおりさんが20歳、祐輔さんが18歳のとき、共通の趣味だったスケボーのサークルで、2人は出会った。自然に意気投合して、一緒に過ごすようになる。かおりさんは大好きな美容師の仕事を始め、祐輔さんは自動車関係の会社に就職した。
ところが、働きはじめて間もなく、祐輔さんは気がついた。
「自分が本当にやりたい仕事は、これじゃない」
毎朝、出勤前にため息をつく祐輔さんを見て、かおりさんも「苦しそうやなあ」と心配していたそうだ。
同じころ、祐輔さんは趣味で写真を始める。知人の結婚式で撮影の手伝いをしたら、とても楽しかった。「人を喜ばせる仕事がしたい」という夢を、写真でなら叶えられるかもしれない。
「カメラを仕事にしたい」と伝えると、かおりさんはすぐに賛成してくれた。
結婚を控えていたけれど、かおりさんに不安はなかったという。美容師の仕事が大好きで、ずっと続けるつもりだったから、いざとなったら「自分ががんばればいい」と思っていた。
祐輔さんはカメラマンの仕事を始め、2人は結婚。祐輔さんの仕事も軌道に乗り、3人の子どもが生まれる。1年前まで、かおりさんの実家で、9人の大家族暮らしをしていた。
「にぎやかで楽しかったですよ。毎回、すごい量のごはんを作るんです。野菜を切るだけでひと苦労でした」とかおりさんは笑いながらふり返る。
子どもたちが成長する中、「いずれは自分たちの家を持ちたい」という思いが、2人の間に芽生えていく。
趣味だったアウトドアの雑誌で見つけたBESSの展示場「LOGWAY」に、祐輔さんとかおりさんは足を運んだ。一般的な住宅展示場は「豪華すぎて、住むイメージがわかなかった」というかおりさん。でも、ワンダーデバイスの中に入ったとき、「自然と、ここで暮らすイメージがわいたんです」
新居を建てる場所は、かおりさんの実家のすぐそばに決めた。かおりさんの美容室は実家の敷地にあったから、仕事を続ける上でもちょうどいい。
2020年12月、完成したログハウスに住みはじめて「僕らの人生のすべてが変わりました」と祐輔さん。「口に入れるもの、肌にふれるもの、日々使うものを手にとったときの『気持ちよさ』を大切にするようになったんです」とかおりさんが言葉をつなぐ。
たとえば子どもの食器。以前は便利さを優先して、プラスチックのものを使っていた。でも、BESSの家で暮らしていたら、ふるさと鯖江に昔からある「いいもの」が自然と目に入るようになったそうだ。今、山本家では子どもたちも漆塗りの「マイ箸」を持っている。
一緒に過ごすことが「気持ちいい」と感じる人との出会いも増えた。引っ越してから出会った、コーヒーの焙煎所を営む同い年のご夫婦。おいしいコーヒーの淹れ方はもちろん、体にやさしい食材を選ぶこと、山菜をとって食べることも教わったという。
同じ街に住んでいるのに、家が変わることで体の感覚や、出会う人まで変わる。なんだか不思議だ。
気持ちいいものたちが並ぶ山本邸の中でも、主役級の存在感を放っているのが、大きな薪ストーブ。家を建てるとき、祐輔さんがこだわって選んだ。車でいうとマニュアル車のような、ちょっと手間のかかるストーブだけれど、「面倒くささがいいんです」と祐輔さんは目をほそめる。
1台で2階までぽかぽかに暖めてくれるだけでなく、ピザやパンを焼いたり、煮込み料理を作ったりと、料理も得意な働き者だ。気がつくと家族がみんな、ストーブの周りに集まってくつろいでいる、団らんの中心でもある。
「家の中で、一番好きなところを絵に描いてください」という学校の宿題で、はなさんはストーブの絵を描いた。「(ストーブを)入れてよかった!と思いましたね」と祐輔さんは顔をほころばせる。
ストーブが元気に働くためには、たくさんの薪が必要だ。街で木を切っている人に頼んで分けてもらったり、造園業の方に声をかけたりして、軽トラックでせっせと集める。集めた薪は、祐輔さんお手製の長い薪棚に収め、文字通り家族の糧になる。
「最近は、薪の割れ目を見ると、『おいしそう』って思うんです」と笑うかおりさん。「家族をあたためたり、料理を作ったり。暮らしを支える薪が、目に見えて増えていくのが本当に幸せで」と火を見つめる祐輔さんの表情からは、自分の手で暮らしを創る人の自信と、充実感が伝わってくる。
ストーブは、思わぬ豊かさも連れてきた。山本家のお隣に住む、農家のご夫婦。ストーブから出る灰が畑の肥料になるというのでお隣に分けたら、代わりに畑でとれた白菜をくれた。そのやりとりを経験したとき「これやー!と思った」とかおりさんは言う。もともとご近所だったけれど、以前はあまり行き来がなかったご夫婦とも、薪ストーブがご縁を結んでくれたのだ。
便利さよりも、手間をかける楽しさを大切にするようになった山本家に次の転機が訪れたのは、2021年の秋。
かおりさんは20年以上、大好きな美容師の仕事を夢中で続けてきた。かおりさんの人柄を慕い、長年通ってくれるお客さんたちもたくさんいて、感謝の気持ちはずっと変わらない。けれど暮らし方が変化したことで、仕事のほかにも大切にしたいことが増えた。たとえば、子どもたちと過ごす時間。大好きなキッチンで、家族のために料理をすること。
やりたいことはたくさんあるけれど、1日の時間が増えるわけではない。次第にゆとりがなくなり、コップの水があふれるように、かおりさんは苦しくなってしまった。
変化に気づいた祐輔さんは、「どうしたい?」とかおりさんにたずねる。
「仕事を休みたい」とかおりさん。
12年前、祐輔さんが苦しかった時期のかおりさんと同じように、祐輔さんは迷わなかった。
「休もう。今すぐ」
建てたばかりの家と、育ちざかりの子どもたち。もし自分が同じ立場だったら、お金のことが心配になってしまうかもしれない。祐輔さんに不安はなかったのだろうか。
「お金の不安はなかったです。僕らが今、幸せを感じているのはお金で買えることじゃないので。薪を集めて、火を焚いて、かおりちゃんがパンを焼いてくれる。この家に住んで、そうやって暮らしていけることがわかったから」
かおりさんが休みに入り、夫婦で過ごす時間も増えた。
「仕事をしているときは、体も気持ちも忙しくて余裕がなかったから。一緒に料理をしたり、近所の紅葉を見にいったり、何気ない時間が本当に幸せです」
顔を見合わせる2人は、新婚といっても違和感がないくらい仲良しだ。夫婦げんかをすることはない?
「けんかはしないですね。けんかになる前に、思ったことを何でも言い合うので。私がイラッとしたことを伝えると、(祐輔さんが)すぐにあやまってくる。そうすると私も、イラッとしていることがばかばかしくなって」とかおりさん。
祐輔さんが席を外したとき、「祐輔さんのどんなところが好きですか?」とかおりさんに聞いてみた。
「めっちゃ広いうつわで、私を全部包み込んでくれるところかなあ」
戻ってきた祐輔さんにも、同じ質問。「かおりさんの、どこが好きですか?」
「僕を全部受け入れてくれるところ」と祐輔さん。本当に、心が通じあっているんだなあ。
「僕が突っ走ってしまうときにも、ダメなところはダメ、とはっきり言ってくれる、導いてくれる存在ですね。めちゃくちゃ信頼しています」
大切な人に、「あなたが大切だよ」と真っ直ぐに伝えること。周りに人がいても照れずに表現することは、簡単なようで案外むずかしい。
「子どもたちには、僕らが仲良く話したり、楽しんでいる姿を見てほしいと思っています。家族で遊びに行くときも、子どもに合わせて行き先を決めるというより、僕らがやりたいこと、行きたい場所にみんなで行く、という感じですね。大人が思い切り遊ぶから、結果、子どもも楽しんでいます」
両親が心から楽しむ姿を見て育った山本家の子どもたちは、自分で遊びを見つけるのがとても上手。以前は長い時間、テレビを見ていることもあったけれど、引っ越してきてからは折り紙やお絵描き、おままごとをして遊ぶことが増えた。思い切ってテレビをなくしたけれど、時間を持て余すこともない。
テレビが置いてあったスペースでは今、新たに迎えた観葉植物たちが、居心地よさそうにつやつやの葉っぱを広げている。
これからやってみたいことが、祐輔さん、かおりさんにはたくさんある。
庭に畑を作って野菜を育てたいし、テントを張って、焚き火ができるスペースも作りたい。
仕事の上でもパートナーとして、一緒にできることを増やしたい。かおりさんが着付けやヘアメイクを担当し、祐輔さんが撮影する。「言葉にしなくても、お互いの気持ちがわかるから、一緒に仕事するとめっちゃ楽しいんです」とかおりさんは目を輝かせる。
「写真って、撮る人の気持ちがダイレクトに現れるんです」と祐輔さんは言う。「暮らしが整って自分たちが満たされているから、撮られた相手も満たされるんだなって。祐輔さんの仕事を見ていると思います」とかおりさん。深い信頼で結ばれた2人に写真を撮ってもらったら、間違いなく幸せになれそうだ。
山本家にかぎらず、この旅で出会う大人たちは、楽しむことに妥協しない人ばかりだ。年齢も、仕事が忙しいことも、楽しみをあきらめる理由にはならない。使い心地のいいものを選び、体が喜ぶものを食べ、暮らしを創っていく過程そのものが、最高のアトラクションだから。
楽しいことが大好きな子どもは、きっと、みんなの心の中に棲んでいる。その小さな声に耳を澄ませて、よりワクワクするほう、心地よく感じる道を選んでいった先に「気持ちのいい暮らし」があるのかもしれない。
「さあ、パンが焼けましたよ」
2階の窓から光が差し込むキッチンで、みんなが見守る中、かおりさんがオーブンを開ける。幸せの香りが、あたたかい家のすみずみにまで広がっていった。
文:高橋 三保子(言編み人)
写真:石井 誠也 山本 健介(BESS)