その場所に足を踏み入れたとき、周りの空気が変わったのがわかった。
背の高い木々がさわさわと風に揺れて、飾らない佇まいのログハウスが何棟かたたずんでいる。代官山にある、ログハウスの会社BESSの展示場「BESS MAGMA」。都会の真ん中なのに、まるで林の中にいるみたいだ。
「この木は、BESSができる前から、ずっとここにあったんですよ」
さっき初めて会った広報の山本さんが、木を見上げてニコニコ笑っている。つられて見上げると、枝の間から見える空が青かった。
ログハウスの会社の人なのに、家よりも先に木の話をしてる。
それが可笑しくて、同時に何だかほっとした。
BESSでは、家は「道具」だと考えている。
家が、人を幸せにしてあげることはできない。
住む人が、家という道具を使って、幸せになるのだと。
そうやって暮らしているBESSの家のオーナーさんたちに会うと、「背すじが伸びる」感じがするらしい。
「一緒に、オーナーさんに会いに行きませんか?」
そんなわけで私たちは、日本全国、BESSの家に住むオーナーさんたちを訪ねる旅をすることになった。
これからお話するのは、その不思議な旅の記録。
「本当に、この道で合っているのかな…」
心ぼそくなって、あたりを見回した。
福岡県行橋市。小さな無人駅からバス通りを歩いていくと、ふいに視界がひらけて、田園風景が見えてきた。
青々とした稲が風にそよぎ、田んぼに張られた水がゆっくり流れる雲を映している。毎日暮らす場所に、こんな風景があったら幸せだろうなあ。
ところで、目指す家はどこ?
目をほそめて背のびをすると、遠くのほうに、ひときわ目立つ四角いフォルムの家が見えた。
あった、あった。あれは確かにBESSの家。「WONDER DEVICE」だ。
玄関に続くアプローチや庭先にも、あちこちに薪が積まれている。BESSのオーナーは、薪ストーブを使う人が多いらしい。でも、こんなにたくさんの薪、集めるの大変そうだなあ。
「はじめまして」
今日、お話をうかがうのは坂口優大さん、のどかさんご夫妻。お二人の笑顔に迎えられて玄関を入った途端、「うわあ」と声が出て、ぽかんと口を開けたまま立ち尽くしてしまった。
リビングの真ん中に置かれた、飴色の大きなテーブル。キッチンカウンターや窓辺に並んだ観葉植物。開け放った窓は田んぼに面していて、初夏の爽やかな風が吹き抜けるたび、台所に吊るした風鈴がチリンと涼しげな音を立てる。目を閉じて、深呼吸したくなるような心地よさだ。
「朝、光が入るように、一番大きな窓を東向きにしてもらったんです」とのどかさん。早起きして、窓に面した階段に夫婦並んで座り、朝日を眺めることから一日が始まるという。
「さあ、どうぞ」
使い込まれた風合いのテーブルに、のどかさんが色鮮やかな赤紫色の飲み物が入ったコップを置いた。昨夜、新鮮な赤しそを炊いて作ってくれたという自家製のしそジュースだ。一口飲むと爽やかな酸味に、旅の疲れが吹き飛ぶような気がした。
坂口さん夫婦がBESSの家に出会ったのは5年ほど前。優大さんの希望で、初めてBESSの展示場「LOGWAY」を訪れた。薪ストーブで暖をとり、メンテナンスにも手間がかかるログハウスを初めて見たのどかさんは「こんな便利な時代に、なぜわざわざ時代に逆行するような、不便な家に住むの?」と思ったそうだ。
それから2人は、いろいろな住宅メーカーの展示場を見学した。最新の住宅は断熱材が入っていて、冬暖かく夏は涼しい。でも、細かいデザインやオプションの差こそあれ「どの家も金太郎飴のように同じだ」とのどかさんには感じられた。
1年後、LOGWAYに戻ってきた2人を、BESSの担当者はこう言って出迎えた。
「お帰りなさい」
「そのとき思ったんです。『あ、この人に決めよう』って。ご縁を感じて。一生住む家だから、そういうことがすごく大事だと思いました」
その日のうちに、2人はBESSの家を建てることを決めた。
木の家は温もりや味わいがあって素敵だけれど、便利なことばかりじゃない。夏は2階が暑くなるし、湿気が多い日は木が膨張して、戸が開きにくくなることだってある。
「でも、私たちはそこが好きなんです。せっかく日本に住んでいるんだから、ちゃんと四季の変化を感じたい。不便さも含めてこの家が尊いし、何でもない当たり前の暮らしが、今は幸せです」
2人の話を聞きながら、私の頭の中には「?」マークがたくさん浮かんでいた。一年中快適な温度に保たれていて、小綺麗で手間がかからない。5年前ののどかさんと同じように、それこそが快適さだと今までずっと信じてきた。
不便さが幸せって、いったいどういうことなんだろう?
築100年の日本家屋で生まれ育ったのどかさん。お父さんが趣味で古美術を扱っていたことから、身の回りに古い道具や和楽器がたくさんあった。その影響でお囃子を習うようになり、8歳で初舞台を踏む。東京の藝術大学の音楽学部に進学して和楽器を学んだが、故郷への思いは断ち難く、卒業後九州に戻ってきた。自動車関連の会社で働く優大さんと結婚した後も、プロとして演奏活動や、地域の人に和楽器を教える活動を続けている。
そんなのどかさんの生い立ちもあって、坂口家には「古くて、良いもの」がたくさんある。ひいおばあさんの嫁入り道具だった、100年前の和箪笥。修理しながら大切に使ってきたせいろ。のどかさんが実家から持ってきた絨毯。ふつう、いろいろな場所からやってきた道具や家具を集めれば、統一感がなくなってしまう。でも、坂口家ではそれらの古いものたちが、和風ともアジアンテイストとも違う、「坂口風」としか言いようのない不思議な存在感で、しっくりとBESSの家に調和している。
「職人さんが心を込めて作ったものには、作り手の想いがこもっている。想いがこもったものを置くと、家に魂が宿る。父はいつも、そんなふうに話していました。細かいところまできちんと作られたBESSの家は、そんな想いのこもったものたちとの暮らしが『合う』家だと、住んでみて実感しています」
のどかさんにとって、優大さんと結婚した後も、たとえば大量生産されたプラスチック製のざるではなく、天然素材のざるを選ぶのは、ごく自然なことだった。
「何も特別なことをしているつもりはなくて、自分にとって違和感がないものを選んで、無理がないように暮らしているだけなんです」
食べるものも、同じ。小さいときから食べ慣れていて、自分が食べて落ち着くもの、本当に大切な人に食べてほしいものしか、のどかさんは食卓に並べない。
「近所に、とっても美味しい卵を分けてくれる農家があるんです。その卵を、ぜひ味わってほしくて」とのどかさんがせいろから取り出したのは、蒸しパン。あたたかくて、濃厚な卵の香りがして、子どものころ、私が母に作ってもらったおやつとよく似た味だった。
梅干し、味噌、果実酒。坂口家の台所には、手作りの保存食が並んでいる。のどかさんの料理の先生は、78歳になる優大さんのおばあちゃん。梅干しの作り方、味噌の仕込み、らっきょうの漬け方も、みんなおばあちゃんに教わった。毎週のように一緒に料理をしながら、おばあちゃんの若いころの話を聞くのも、のどかさんの大きな楽しみ。「結婚して、優大さんのおじいちゃん、おばあちゃんの孫になれたことが一番幸せなんです」と顔をほころばせる。
のどかさんがしその葉を揉んでいると、おばあちゃんが「塩が足りない」と教えてくれる。おばあちゃんの言う通りにすると、色鮮やかでカビが生えない、美味しい梅干しができるのだそうだ。計量カップも、はかりも使わないけれど、その年の気候や素材のコンディションに合わせた調理法を、おばあちゃんの「手」が知っている。
「先人の知恵や感覚を、私も体に刻み込みたいって思うんです。おばあちゃんが元気なうちに教えてもらえて、本当によかった」
手間ひまかけて作った大量の保存食を、おばあちゃんは、惜しげもなく家族や親戚に配ってしまう。だから、自分が食べる分はほとんど残らない。それでもおばあちゃんは嬉しそうだ。大切な人たちが「美味しい」と喜ぶ顔を見ることが、元気の源になっている。
「私がおばあちゃんから学んだのは『利他の心』です。目に見えるものだけが豊かさじゃない。その証拠に、おばあちゃんは内側から元気で、顔もつやつやしているんです。私たちも、おじいちゃん、おばあちゃんみたいに年を重ねたいね」
隣で静かに話を聞いていた優大さんと、のどかさんは顔を見合わせて笑った。
おばあちゃんの「利他の心」を受け継いだ優大さんとのどかさんは、自分たちが作った美味しいものを、周りの人にどんどん配る。手作りのものは、市販のものと違って保存料を使っていないから、美味しいうちにみんなに味わってほしい。
そんな2人を慕って、坂口家にはたくさんの人が集まるようになった。家族や友達、近所の人、BESSオーナーの仲間たち。海のものや山のもの、みんなが新鮮な食材をお土産に携えてくるから、ご馳走の素材には事欠かない。留守の間に、誰が持ってきたのかわからない野菜が玄関先に置かれていることもよくある。周りの人たちは知っているのだ。「坂口さんちに持っていけば、素材の良さを引き出して、きっと美味しくしてくれる」って。
BESSオーナーの仲間たちとは、優大さんの実家が所有する山へ、たびたび「薪活」に出かける。冬の間、薪ストーブで暖をとるには、1ヶ月で軽トラック1台ぶんもの薪が必要になる。だから、5〜6家族で一緒に出かけ、力を合わせて薪を集める。今では優大さんだけでなく、のどかさんもチェーンソーを使いこなせるようになった。
薪活が終わった後は、坂口家の庭に集まって、大人も子どももバーベキューを楽しむ。ふだんは物静かな優大さんも、「お酒が入るとよくしゃべるんですよ」とのどかさんがこっそり教えてくれた。今はコロナ禍でなかなか集まれないけれど、またみんなで美味しいものを分かち合える日を、仲間たちも心待ちにしている。
WONDER DEVICEは、決して大きな家じゃない。でも、坂口夫妻の話を聞いていると、間口の広い東向きの窓から外の世界に向かって、空間が無限に広がっていくように感じられる。家はきっと、住む人とよく似た顔をしている。お金では決して買えない、人とのつながりという豊かさをいっぱいに吸い込んで、ご縁の糸を紡ぎながら、坂口さんの家はどんどん成長し続けている。
取材の締めくくり、ふだんは別の場所で保管しているというのどかさんの楽器「小鼓」を、特別に触らせてもらった。400〜500年前、安土桃山時代から伝わる宝物だ。のどかさんが叩くと、よく響く澄み切った音がするのに、手ほどきを受けた私が真似をしても、まったく音に力がこもらない。
「5年、10年練習しても音が鳴らない人もいます。特に皮を新調した後は、100年、200年経ってようやくきちんと音が鳴ると言われているんですよ」
私たちがふだん生きている時間とは、まったくスケールが違う。「長く受け継がれてきたものは、残るべくして残ってきたんだと思います」と語るのどかさんのまなざしは、私たちが生まれるよりはるか昔、そして次の世代が生きていく遠い未来をも見つめている。たくさんの想いがこもった古い古い楽器とずっと一緒に過ごしてきたから、のどかさんは自分と違う時間、違う価値観を生きている人たちに対して、ごく自然に想像力を働かせることができるのかもしれない。
のどかさんは幼いころから「1枚の紙から、木こりの姿が見えるような大人になりなさい」とお母さんに言われて育った。木を切る人、紙を作る人、お店で売る人。たった1枚の紙にも、たくさんの「背景」がある。背景が見えるようになれば、おのずとものを大切にできるようになる。素朴な見た目でも、まごころを込めて作られたものは美しい。きらびやかに飾っても、そこに心がこもっていなければ、美しいとは言えない。
「ものの『背景』を見るためには、自分の心をきれいに保っておかなければならないんです。そんな私たちの生き方に、BESSの家はとても合っていると感じます。これからはこの家で、職人さんがまごころを込めて作った良いものを、背景を含め大切に扱ってくれる人につないでいくような活動もできたらと夢みています」
帰りぎわ、取材に同行していたスタッフ全員に、のどかさんが手作りのお土産を手渡してくれた。家に帰って包みを開けると、手作りの梅干し、味噌、らっきょう漬け、赤しそとごまのふりかけ、それに手書きの手紙が入っていて、心がじんわりあたたかくなった。
坂口さんの味噌を使って、さっそく味噌汁を作ってみる。袋を開けた瞬間に、ふわっと香ばしいにおい。体にじんわり染みる、やさしい味に出来上がった。お代わりして夢中で食べていた子どもが、よそ見をした拍子に手を引っかけて、味噌汁をちょっとこぼす。私は思わず言った。
「気をつけて。そのお味噌は、ただのお味噌じゃないんだから」
言いながら気がついた。そうか、これがのどかさんの言っていた「背景」だって。
この味噌は、私たちにとって、もうただの味噌じゃない。観葉植物に囲まれたあの台所で、のどかさんがスタッフ一人ひとりを思い浮かべながら、帰り道でこぼれたりしないよう、丁寧に包んでくれたもの。優大さんのおばあちゃんから習った秘伝のレシピで作った、大切な味噌なのだ。
慌ただしい毎日の中で、便利さや効率を優先するようになって、いつの間にかものに想いを込めることを忘れかけていた。今、すぐに細かいところまで手をかける暮らしができなくとも、できるだけ想いがこもったものを選び、作り手を思い浮かべながら大切に使うことなら、きっとできる。
「私たちも、小さいことから、ひとつずつ変えていったんですよ」
取材の合間、「坂口さんみたいに始末のいい暮らしは、私には到底できそうもないです」と思わず弱音をもらした私に、のどかさんは笑って教えてくれた。
「たとえばトイレットペーパーを再生紙に変えるだけでも、想像力を働かせることになるんです」
今は大切にできていないけれど、本当は大切にしたいと思っているもの。きっと、誰の心の中にもある。そのための一歩を踏み出すのは、「いつか」じゃなくて「今」、今日から始めることだってできるんだ。
目をつぶって味噌の香りを吸い込んだら、東向きの明るいリビングを吹き抜ける気持ちいい風、チリンと涼しい風鈴の音が、聴こえたような気がした。
“装置”まさにそんな言葉がぴったりの家。
「がらんどう空間」に詰め込まれるのは、住人十色の生き方。
自分でつくりこんで、自分らしい暮らしを生み出してゆく、まったく新しいタイプの家。
問:BESS
tel:03-3462-7000
公式HP:www.bess.jp
公式facebook:BESSの家
公式Instagram:@bess_slowlife
文:高橋三保子
言編み人/ライター/エッセイスト。出会った人のストーリーを言葉の糸で編むことがライフワーク。北海道で生まれ、日本全国を旅するように転々としながら、自分らしい暮らし方を探している。2人の男の子の母。
写真:藤原翼(instagram)
1992年5月生まれ。20歳で観光写真をはじめ、日常的にもっと人を撮りたいと感じるようになり、25歳でフリーに。現在は「ファッションインフルエンサー プチプラのあや」専属フォトグラファーとして活動しながら、多方面での活躍。趣味は古着屋巡りと、一人旅、アイドル観賞。特技は鳴子踊り。