ねっとり甘くて、とってもおいしい。腹持ちもよくて、なんだか無性に食べたくなる。焼きいもって、幼いこどもからオトナまで万人に愛される存在ですよね。
「い~しやぁ~きいもぉ~。おいもおいも~」って歌が聞こえてくると、母といっしょに走って家の前の道に出てあの甘~い匂いを心待ちにしたな。あれ、でもいつからあの歌聞いてないっけ……?
『焼き芋こむぎ』は、自然に魅力された夫婦が自分たちの暮らしを見つめるなかではじめた試み。少しずつ形を変えながら、自分たちのやりたいことを実現していくフットワークの軽いおふたりに、焼き芋屋さんをはじめた理由、将来の理想の暮らしについてお聞きしました。
2019年12月。神奈川県の佐島・葉山・逗子エリアに、アウトドア好きの夫婦が営む“移動販売店”がオープンしました。その名も『焼き芋こむぎ』。
焼き芋こむぎの店主は、竹田敦さん(31歳)と美里さん(33歳)ご夫妻。平日は日本初の試みとなる企業向けのコーポレートコンシェルジュとして働き、週末はSUPのガイドとしてプライベートレッスンを行っている敦さん。焼き芋屋をはじめたのは、とても急な展開だったそう。
「アウトドアの仕事って冬は暇になるので、冬にできるおもしろい仕事、自然とも関われる仕事ってなんだろう? という思いがずっとありました。それであるとき、“焼き芋いいな“と思いついたんです。その1週間後くらいに、たまたまネットで焼き芋販売用の中古車が掲載されていたので、あった、買っちゃおう!って。焼き芋屋をはじめたのは、ある意味衝動に近いかもしれません」(敦さん)
“今がそのときだ!”と思い、購入を即決。しかし、車をゲットしたのはいいものの、この時点で焼き芋のノウハウはゼロだったそう。
「まず、全国各地いろいろな種類のサツマイモを取り寄せて食べ比べました。ネット通販を使ったり、農協や八百屋に行って買ったり。品種によって香りも味もまったく違うし、そもそも生産者によっても全然違う。それに火の温度でも味が大きく変わるんだな、と。とにかく毎日何個も焼いて、食べまくるところからスタートしました」(敦さん)
日々トライ&エラーを繰り返しながら、自分たちの“理想の焼き芋”を追求しはじめたふたり。でも、なかなかしっくりくる焼き芋にはたどり着けません。
「つくり方を調べていくなかで、サツマイモは80~90度くらいで糖度が甘くなっていくことを知りました。それで火の温度をそれくらいにして焼いてみたけど、一向に焼きあがる気配がなくて。このままだと一生焼けないよなーって(笑)」(敦さん)
「のちに気が付くんですけど、サツマイモに伝わる温度が80~90度って意味だったんです。石焼き芋の場合は、石の温度でサツマイモに熱を通すから、そもそも石の温度が200度くらいにする必要があった。それなのに火の温度を80~90度にしていたわけだから、焼けるはずがないですよね(笑)」(美里さん)
右も左も分からないなかでの急発進。1ヵ月の試行錯誤を経て、おいしいサツマイモを育てている茨城県の農家さんとの出会いもあり、理想の焼き芋をつくることができたそう。
現在はその農家さんをはじめ、全国から厳選して選んだシルクスイート、紅はるか、紅あずまといった3種の焼き芋を販売。同じ地域のサツマイモでも、育て方や土によって、味の深みも香りも全然違うんだとか。う~ん、奥が深い!
ようやく自分たちが納得できる焼き芋をつくることができた敦さんと美里さんですが、次なる課題“薪の確保”につまずいてしまいます。
「長い時間薪を燃やしてじっくりサツマイモに熱を通すので、たくさんの燃料が必要になります。でも、買えばコストが膨大になってしまうし、継続して廃材を入手するのも難しくて……」(敦さん)
なにかいい方法はないかと考えた結果、“あること”に気が付いたそう。
「カヌーをやるときにビーチクリーンを行っているんですが、そのときに流木を見て、あっ!って思ったんです。たまたま台風のあとでビーチに流木が溜まっていて、これ燃やしたらどうかな、と。たくさんあるし、ビーチもキレイにできるよねって」(美里さん)
海岸に流れ着いた流木を拾い、大きなものは使いやすいサイズにカット。流木を燃料に使うことで、焼き芋屋さんが“自然とも関われる”仕事に。
こうして、無事に薪の確保問題を解決したふたりは、2019年12月から『焼き芋こむぎ』をスタートさせたのです。
美里さんがアウトドアにめざめたのは、大学生の頃。幼いころ経験があったスキーを通じて、子ども向けの野外教育インストラクターをやるようになり、自発的にアウトドア遊びをするようになっていったんだとか。
「大学4年生のときに行った小笠原諸島がきっかけで海が大好きになって、大学卒業後はアウトドアメーカーに就職しました。そこでアウトリガーカヌーと出会い、ますます海遊びにのめり込んでいきました」(美里さん)
うってかわって敦さんは、キャンプ好きのお父さんの影響でアウトドア好きに。
「小学生の頃は毎年親父と兄弟でキャンプに行っていました。伊豆でキャンプするんですけど、“全員モリで魚をついて獲ってこい”って言われるんですよ、親父に。でも魚って逃げるのが早いから、僕はいつもじっとしているウツボをひたすら狙って(笑)。みんなで獲った魚をその場で焼いて食べた体験が自然を好きになったきっかけですね」(敦さん)
そんなふたりは、小笠原諸島で行われたアウトリガーカヌーのレースで偶然出会い、のちに結婚。現在は神奈川県の佐島に居を移し、海と密接した暮らしをおくっています。
「佐島での暮らしは、生活と遊びのバランスがいい。佐島の海は本当にきれいで、いま住んでいる家は裸足のまま海に行けるし、走ろうと思ったらすぐ裏に山があります。おいしい魚と野菜も売っているし、辺りも静か。東京にも出られる距離で、僕たちにとって生活と遊びのバランスが取れる場所です」(敦さん)
ふたりにとって佐島での暮らしは、好きなものに囲まれた生活そのもの。海に入ったり、日当りのいい縁側でまったりしたり、山を走りに行ったり……。居心地のいいスロウな時間が流れてゆきます。
「いずれは住まいを車にして、どこへでも自由に行ける環境をつくりたいと思ってます。もし各地を旅するなかで気に入った土地を見つけたら、そこにある木を切って自分たちで家を建てたい。2年後くらいには家が移動式になっている予定です」(敦さん)
美里さんも敦さんの想いに共感し、「猫たちといっしょに旅して暮らせたら」と考えているそう。行動力あるふたりのことだから、きっと実現の日は近いのかも。
現在、焼き芋の販売は毎週末15時頃に佐島を出発して、葉山、逗子方面へ車を走らせることが多いそうですが、「InstagramでDMをもらえたら、行ける範囲で出張販売もするので気軽に問い合わせしてほしいです」と、敦さん。
筆者もその場でほくほくの焼きたてをいただきましたが、しっとりとした食感のなかにサツマイモの甘みがぎゅぎゅーっと詰まっていて、もぐもぐしながらとってもシアワセな気分に包まれました。あぁ、求めていたのはこれよ、これ。
最近は“焼き芋クジ”なるお楽しみもやっているそうで、アタリが出たらプラス1個オマケしてくれるそう。なんて粋な計らい!
始動から早3ヵ月。徐々に焼き芋こむぎの存在は周知されるようになり、なかには「子どもがここの焼き芋しか食べないって言うの」「今までスーパーの焼き芋を買っていたけど今度からこむぎで買うわね」といった常連さんが増えているそう。
そういったファンの方がいるのは、ただ単に焼き芋が美味しいからだけじゃなく、きっとおふたりの人柄のよさも大きいと思いました。ファンになっちゃう気持ち、スゴくわかる。
寒い冬が過ぎ去り、太陽のぬくもりを肌で感じる今日この頃。佐島、葉山、逗子方面へお越しの際は、ぜひこの車を探してみてください。甘い匂いをただよわせながら、焼き芋こむぎは海沿いを走っているかもしれません。
<出没地>
おもに佐島、葉山、逗子エリア。場所によっては出張販売もOK
<営業日> おもに週末15時~
(今シーズンは4月末まで販売予定。詳細はInstagramにて)
<Instagram>
@komugi_imo
(写真・Hao Moda)