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“山をエンターテインメントに”。いい塩梅のゆるさがハイカーを惹きつけるガレージブランド『NRUC(ヌルク)』

栃木県真岡市。そこにひっそりと佇む、平屋のちいさな建物。正直なところ、山のついでに寄れる場所というわけでもないし、電車で来るにもちょいと面倒かも……な立地ですが、それであっても、遠方から足繁く通うハイカーがいるほど、評判のいいガレージブランドがここにあります。

その名も、『NRUC(ヌルク)』。

ヌルクのインスタグラムにはこう書いてあります。“無駄のその先へ。シンプルは素敵だが、無駄も素敵だー”。

そんな“素敵な無駄”の真相を深堀りするべく、ヌルクのアトリエ兼ショップを訪ねました。

“無駄のその先”にはなにがある? 作り手が込めるエンターテイメントとは

――ヌルクのコンセプトに、“無駄を楽しむハイカーへ”とありますよね。これを掲げた理由はなんでしょうか?

自分らしい登山を意識するようになった頃は、ちょうどウルトラライト(以下UL)思考の山行スタイルがワッと盛り上がりはじめたときでした。ULを突き詰めていくと、物事がどんどんシンプルになっていきますよね。もちろんそれはいいことだと思うし、自分もどっちかというとUL思考なんで、何かとシンプルにいきたいところ……なんですけど、僕が登山にのめり込んだときは、僕をはじめ、アウトドア道具のギミック好きな人が多かったんですよ。でも、無駄を削るとギミックがなくなる。それはちょっと寂しいな、という想いがあって。

ヌルクオーナーの「ウッドさん」こと、井上真さん。10代でキャンプにハマり、登山歴は16年

――ギミックがなくなる、というのは?

特にリュックがそうなんですけど、いわゆるフレームザックとか、キスリングザック(*1)みたいな系統が僕はすごく好きなんです。でもシンプルを突き詰めると、まず外付けのポケットとかなくなるじゃないですか。それがちょっと寂しくて。だから、ヌルクのリュックにはUL思考の生地は使うけど、昔のテイストはちょっと残していきたいな、という想いがありました。もっと無駄を楽しんでもいいんじゃない?って。
(*1)…両サイドにポケットをそなえた、横長のリュックのこと

ウッドさんが最初に手掛けたリュック「カーロフ」(現在は販売休止中で、来春より再開予定)

――その想いから“無駄を楽しむハイカーへ”というコンセプトが生まれたんですね。

シンプルもひとつの選択肢だけど、無駄を楽しむ心っていうのも、意外と大切なんじゃないかなって。そんな想いから生まれたのが「カーロフ」です。キスリングザックを彷彿させるポケットを配置しつつも、重心を身体よりにするため奥行を15cmと薄くしました。

――ヌルクが展開するリュックは3型ともサイドポケットが印象的ですよね。

うちのリュックのプロダクトでサイドポケットは外せないですね。わざわざサイドポケットにファスナーを付けて。手間が増えるし、今は誰もやらないですよね(笑)。今は3型だけですけど、今後はもっと増やしたいなと思ってます。

500デニールの丈夫なコーデュラナイロンを使った「ランカスター」。日帰りハイクからタウンユースまで使い勝手のいい15Lサイズ

――屋号の『ヌルク』にはどんな由来がありますか?

そのまんまなんですよ、“ヌルい”っていう(笑)。僕は昔から登頂することには興味がなくて、もっと肩肘張らずに山に登ってもいいんじゃないかって思っていて。山にいる時間を楽しめばいいよね、という“ヌルさ”が由来です。

毎年、山の事故が減らないじゃないですか。僕はみんな真面目すぎることも原因のひとつじゃないかと思っていて。真面目だからこそ、「予定通りにここまで行かなきゃ」と無理して、自分の体力とかスキルを考えずに行ってしまう。そういう背景も含めて、ときには“ヌルさ”も必要なんじゃないかと思うんです。その両方の意味を込めて、『ヌルク』とつけました。

――ウッドさん流の“ヌルさ”が際立つユニークなアイテム、お店に入ったときからちょいちょい気になってました。色々ツッコミたいところがありますが……やけにティッシュ専用ケース、多いですよね?

ヌルクのフラッグシップモデルになればいいなと思って、初期の頃にポケットティッシュケースを作りました。バッグの底でクシャクシャになりがちなポケットティッシュを特別扱いすることで、見えてくる”無駄のその先”があると思って。……と言いつつ、僕はあんまりティッシュ使わないんですけどね(笑)。お客さんの意見を取り入れて、使いやすさを求めて大きさなどを調整していきました。

「PT-10+」の使用例。「ザックを下ろさずに、その一枚をすぐに誰かに差し出すことができます」(画像提供/ウッドさん)

――「PT-10+」のウェブページに書いてあった、とある映画のワンシーンになぞらえたくだりを読んで、これぞヌルクの真骨頂だと思いました。まさに、“無駄のその先”ってやつだなと。(詳しくはコチラで)

ボックスティッシュも、ショルダーハーネスに付けたらおもしろいかもと思って。「鼻セレブ」限定なんですけどね。トイレットペーパーも、そのままロールで。これもわざわざ、ショルダーハーネスに付けられるようにしてます。

左がボックスティッシュケースの「BT-63」、右がトイレットペーパーケースの「TP-109」

――これを登山中にショルダーハーネスに付ける人、いるんですかね?(笑)

いや~、見たことないです(笑)。実際にはキャンパーさんが使ってくれていますね。あと、まわりの同業者の方々。同業者はこんな作るのが面倒なものを製品化しないですからね。

試験的に両方のショルダーに「BT-63」を実装して山へ出かけることも(画像提供/ウッドさん)

――でも使っている素材しかり、使い勝手のよさもしかり、おちゃめな発想と機能面のよさのバランスがいいですよね。

ふざけすぎるとナメられちゃいそうなので、その辺はきちんと(笑)。あ、でもキャラクターの名前は全部ふざけてます。

――ケロ島しのぶに、クマ夫木サトシ。もーなんじゃこりゃと思ってクスッとしちゃいました。ネーミングはどのように?

単純に有名人の方の名前をモジらせてもらってます。怒られそうなのであまり大きな声では言えないんですけども(笑)。イラストも僕のお絵かきです。

ちなみに、ブタはトン藤マサヒコ、雷鳥はライチョネル・リッチー(アメリカの歌手)、羊はエドワード・ヒツジェラルド(イギリスの詩人)とのこと
“ギュン”としたポーズの男の子が描かれた「ギュンパーカー!」も隠れた人気アイテム。ユルさとあそびゴコロ、詰まってます

始動して3年半。独学で磨いた、技術とノウハウ

――ヌルクを立ち上げるまでの経緯もユニークだとお聞きしました。なんでも、いろいろな職業をやってこられたとか。

社会人になってからは、飲食店で働きながら友人たちとキャンプに行ったり、山に登ったりしていました。独学ですけど、当時から趣味でミシンはいじっていたので、サコッシュやカトラリーケースを自分で作って遊んでましたね。

26歳のとき、日本一周がしたかったので飲食店を辞めて、各地を回りながら色々な山に登ったんです。旅に出ていたのは70日間くらい。もともとストイックなものは好きじゃなかったので、移動は車です(笑)。それで、その頃はわりと真面目に写真をやっていたので、日本一周しているときに撮影したもので帰国してから写真展を2回やりました。

日本一周の途中で立ち寄った石川県の千里浜にて。当時はナビがなく、地図でルート確認しながら進んだそう(画像提供/ウッドさん)

――旅もお好きなんですね。

そうですね。でも、その旅から戻ってきてから燃え尽きちゃって、何していいか分からなくなって。そのときに友達が「アウトドアショップで働かない?」って誘ってくれて、1年だけ某アウトドアメーカーの直営店でアルバイトしました。その後、別のアウトドアメーカーに就職して7年勤めました。

――アウトドアメーカーでも働いていたんですか。

はい。それで、その次は山とカヤックのガイドですね。僕がアウトドアメーカーで働いていた頃、仲良くなったガイドさんが日光にいて、会社を辞めるって言ったら、「ウチで働いてくれ」って話になって。それでそのまま約2年間ほど日光の山や那須の湖を案内してました。そのガイド業をやりながら、ヌルクをはじめたんです。

――だいぶ多才! ヌルクの構想はどのタイミングで生まれていたんでしょう?

現実的になったのは、ガイドをはじめてからです。2016年の夏にヌルクを立ち上げました。アウトドアメーカーにいた頃は、頭のなかで考えていてもそれをどうしていいか分からなかったので。

――先ほど趣味でミシンをいじっていたと話していましたが、ミシンに親しむきっかけはなにかあったんですか?

身近な誰かが得意だったわけでもなく、単純に興味ですね。むしろ、自分が母にミシンを教えるっていう(笑)。いきなり家庭用の最上級のミシンを母が買ってきたんですよ。で、やり方を教えてくれって。10代の頃から、独学にしてはだいぶ得意な方だったと思います。それでヌルクをはじめてから、パターンも独学でひいて。

――そもそも、独学ってどういうことですか? ネットなのか、本なのか。

見よう見まね、ですかね。長い間アウトドアメーカーにいたので、アウトドア製品はたくさん見てきていたから、形にさえできればあとはなんとかなると思って。最初は型紙なしで作って、あ、ダメだってなったら、パターンを適当にひいて作って。その繰り返しです。

――独学で困ったことは……?

一番困ったのは、専門用語。最初の頃は“縫いしろ”も知らなかったので、業者さんとのやりとりで「何言ってるんだろう」って(笑)

――でも、それで製品が作れるってスゴイですよね。センスというか。誰かに教わることは考えはなかったんでしょうか?

うーん、なかったですね。全部自分でやりたいタイプの人間なので。習い事がキライっていうのも、あったかもしれませんね。

使い方は、楽しみながら考えてもらいたい

――製品を生み出すうえで、ウッドさんが特にこだわっている部分はありますか?

たとえば、リュックのサイドポケットのファスナー。これを付けたのは、考えるきっかけを与えてくれるから。よく「ここに何入れればいいですか?」って聞かれるんです。でも、それを考えるのがおもしろさのひとつでもあると思っているので、使い手が「どう使おうか」考えてほしいんです。

25Lサイズの「ストライサンド」。クラシカルなルックスのコーデュラナイロンと、軽量なX-PACのどちらかを選べるモデル

――確かに、ウェブサイトにも製品の最低限のスペックや説明はあるけれど、あまり多くは語られていませんよね。「PT-10+」しかり、ときどきオツなことも書いてありますし。

考えることも楽しんでほしい、そういう想いも込めて、じつはわざと手間なことをしてるんです。ファスナーをもうけることで、用途は広がる。まさにヌルクが掲げる“無駄のその先”です。

サコッシュの「カデル」にも、「ここに何入れよう?」とハイカーをわくわくさせるギミックが詰まっている

――今後、ヌルクをどんなふうにしていきたいですか?

もっとエンターテイメントにしていきたいですね!アパレルとか商品も幅広くやりたい。とはいえ、洋服作りもノウハウはないので、すぐには無理だと思うんですけど。

そして、登山そのものもエンターテイメントにしていきたい。スポーツのイメージから、もうちょっと娯楽としての方向に。その方が僕は山の事故が減ると思うんです。

ストイックを否定するつもりは一切ないんですけど、「山って山頂に行かなくちゃいけないもの」というイメージをもっている方ってまだなかにはいるんじゃないかな、と思うので。そういう人たちを解放してあげたい。山に行く目的は、ひとそれぞれ。なんでもいいんです!

『NRUC WEEKENDS』

栃木県真岡市荒町1040番地(アトリエ兼ショップ)

営業日:
日・月
※イベント等により変動あり

営業時間:
12:00〜19:00(冬季18:00)

Website:
https://www.nruc.net/
Instagram:
https://www.instagram.com/nruc_mountaingear/

(写真:茂田 羽生)

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ライター:
山畑 理絵